第58話 直接交渉

「お待たせしました。どうぞお降りください」

「はい、ありがと……う!?」


 高級車の座り心地の良さに驚きながら車に揺られた俺は、一緒に乗っていた使用人の人に促されて車を降りると、俺の前にはゲームや漫画でしか見た事がないような、大豪邸が鎮座していた。


 後ろにはめっちゃ綺麗な噴水があるし、少し遠くにはバラ園みたいなのも見えるし……なにこれ、現実にこんなのがあるのか!? って、ここギャルゲー世界だった!


「ははっ……驚くのも無理は無いだろう。一般家庭の人間には縁が無いような環境だからな」

「で、ですね……」

「ゆっくり家の中を案内したい所だが……生憎お父様は多忙な方でな。すまないが、少し急いでもいいか?」

「勿論です。どこに行けばいいですか?」

「私がご案内いたしましょう」


 一緒に車に乗っていた使用人に連れられて、俺は豪邸の中に入って廊下を歩いて行く。


 凄いな、廊下だけでも俺の家の一部屋分くらいの横幅があるぞ。所々に高級そうな絵画やツボもあるし、まさに金持ちの家って感じだ。


 ……どうでもいいけど、掃除するのメッチャ大変そうだな。お掃除ロボットみたいなのにやらせるのだろうか?


「こちらのお部屋でお待ちください。旦那様はもう間もなくお越しになります」

「わかりました。案内、ありがとうございました」

「では失礼します」


 使用人の方が部屋を出ていくと、入れ替わるように別の人が入って来て、俺と西園寺先輩に紅茶を差し出してくれた。


 とりあえず、これを飲んで一息入れるか……あ、うまい……めっちゃ落ち着く優しい味だ。


「我が家でブレンドした特別な茶葉で入れたものだ。口に合えばいいが……」

「家で!? 凄いですね……とてもおいしいです! 今度、これでみんなでゆっくりお茶でもしましょう」

「……そうだな。機会があれば、な」


 機会――か。それを得るためにも、今日のこの話し合いを成功させないといけないよな。


 そんな事を思っていると、部屋のノックと共に部屋の扉が開かれる。すると、使用人に連れられた、一人の男性が部屋に入ってきた。


 スーツをバッチリと着こなした、やや恰幅のある男性だ。そこまでは普通なんだが、なんていうか……目力が半端ない。睨まれただけで心臓が止まるんじゃないかと錯覚するくらいだ。


 ……大げさじゃないかって? そんな事は無いぞ。なんだったら隣で一緒に見てもらいたいくらいだ。


「君が磯山 陽翔君……だね?」

「は、はい。はじめまして。西園寺先輩にはいつもお世話になっております! それと、この前のお電話では申し訳ございませんでした!」

「なに、気にするな。そうそう、娘が随分と世話になっているようだね。君と話をした後に娘に聞いたんだが、随分と生徒会を手伝ってくれたり、仲良くしてくれているとか」

「えっと、はい」


 西園寺先輩、俺の事をお父さんに話していたのか。一体どんな風に話したのかちょっと気になるな……この感じだと、悪い事は言って無さそうだけど。


 仮に、パンツに顔を突っ込んだ事や、おっぱいに埋もれた事を話されてたら……多分ここで俺の人生終わってるぞ……そう思うと怖くなってきた。


「話が逸れてしまったな。本題に入ろうか」

「はい」


 俺は署名活動に至るまでの経緯と、結果をまとめたデータをお父さんに渡した。


「なるほど、まあ概ね合格の回答だ。だがこれを見た限りでは、全員ではないだろう?」

「はい。どうしてわかったんですか?」

「娘の通う学園の人数くらい把握済みだ。全員の署名じゃなければ、全校の総意とはならんな」


 やっぱりお父さんとしては、全員分の署名が前提だったようだな。


「ですが、その署名をしなかった者は、俺達に直接妨害をする女と、その取り巻き……そして、その女の報復を恐れて自衛に走った生徒です」

「妨害、とは?」

「集めた署名を直接処分しようとしてきました。幸いにもバックアップがあったので、事なきを得ましたが」


 俺は事前に西園寺先輩と作ったデータをお父さんに見せる。それは、署名をしなかった生徒をまとめた書類だ。


「ふむ、なるほどな。やはりそういう事か。だが、反発する人間を取り込んでこそ、世界に名を連ねる西園寺として相応しいと思うんだが?」

「絶対的な王者として振舞うなら、そうでしょう。ですが、俺達はなるべくもめ事にならないようにして、沢山の署名を集めるようにしました。もめ事に時間を割く程、俺達に時間は無かったので」

「ふむ……」


 データとして渡したノートパソコンの画面をジッと見ていたお父さんは、おもむろに顔を上げ、俺に視線を向けた。


「君の玲桜奈への気持ちはわかった。この短期間にめげずに行った努力も認めよう」

「なら……!」

「だが、私は玲桜奈が残る事は認めない」

「そんな!? どうしてですか! 誠意が足りないと言うなら、俺が何でもやります! だから西園寺先輩を退学させないでください!」


 俺は勢いよく立ち上がると、そのままの勢いで頭を下げる。


 認めてもらえるなら、頭を下げるくらいいくらでもやってやる! なんなら土下座だってやるし、靴を舐めろって言われたら舐めてやる!


「……情けないな玲桜奈。お前は後輩にここまでさせているのに、いまだになにも私に言えないのか」

「…………」

「玲桜奈。お前はこの父に逆らってでも、学園に残りたいのか?」

「っ!? わた……私は……」

「この先どうなってもいいのか? 父を敵にしてでも……学園に残りたいか?」


 今までで一番鋭い目つきを西園寺先輩に向けながら、静かに問うお父さん。まるで娘を試しているように感じた。


 ……もしかして、この人は……。


「……私は……学園に残りたい!」


 怯えるように顔を伏せていた西園寺先輩だったが、意を決したように真剣な表情で口を開いた。


「彼や友人達と楽しく生活したいし、生徒会の仕事も最後までやり遂げたい! それ以外にも、まだまだやりたい事があります! これは私の糧になると信じています! お父様、お願いします! 私……学園に残りたいんです!」

「お願いします! 西園寺先輩は……俺や他の人達にも必要な人なんです!」


 頭を下げながら震える西園寺先輩を支えるために、一緒になって頭を下げた。


 頼む……頼む! 西園寺先輩を学園に残してやってくれ……!

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