第21話 密室に先輩と二人きり

「困ったな。もしかしたら、私達がいるのに気づかないで、誰かが鍵をしてしまったのかもしれないな」

「そ、そうですね」


 西園寺先輩、凄いな……閉じ込められたら焦ってもおかしくないのに、冷静に分析をしている。


 俺なんか、こんなイベントは無かったから内心かなり焦っているというのに。情けないぞ俺! もっとしっかりしろ!


 そうだ、今のうちにソフィアに帰りが遅くなるって連絡を入れておかなきゃ――あっ、スマホ無い……生徒会室に置いてある荷物の中だ……やっちまった。


「仕方ないな。イサミに連絡して、開けてもらうとしよう……む?」

「どうかしましたか?」

「電話に出ない。書類仕事に集中して気づかないのか……? まあ帰るのが遅くなったら、心配して見に来てくれるだろう。暇つぶしに掃除でもしようか」

「了解です」


 俺としては、西園寺先輩とゆっくり話をしたい所ではあるが……まあいいや。ここで変に反論しても、何もいい事は無いだろうし。


「すまないな、こんな事に巻き込んでしまって」

「何言ってるんですか。元はといえば、原因は俺ですから」

「ふっ……やはり君は真面目な男だよ」

「何か言いましたか?」

「いや、なにも」


 小声すぎて、何を言ってるか聞き取れなかったけど、怒ってる感じはしないし、気にする必要は無さそうだ。それよりも、さっさと掃除掃除っと。



 ****



「終わっちゃいましたね」

「そうだな」


 掃除を始めてから数十分後。倉庫の中の汚れは大体無くなり、備品もきちんと整えられて、とても綺麗になった。


 ……本格的にする事が無くなったな。金剛先輩から折り返しの連絡も来ないし。


「とりあえず、少しのんびりしていようか」

「ですね」


 手持ち無沙汰になった俺達は、とりあえず壁に寄りかかってボーっとし始める。すると、屋根に近い所にある小さな窓に、雨粒が当たる音が聞こえてきた。


「雨? 今日降るなんて言ってたか……?」

「言っていたぞ。ちゃんと天気予報くらい確認しておけ」

「面目ないです」

「確か通り雨と言っていたから、すぐに止むだろう」


 完全に天気予報見るの忘れてたな……洗濯干しっぱなしだった気がするぞ。ソフィアが取り込んでてくれると良いんだが……。


「む、そこの段ボールを戻してなかったな」

「本当だ。俺やりますよ」

「大丈夫だ」


 西園寺先輩は段ボールを持つと、近くの棚の上に置いた。


 うーん、西園寺先輩は横顔もめっちゃ美人だな――そんな事を思った瞬間、窓の外から強い光と共に、轟音が鳴り響いた。


「きゃああああああ!?」

「西園寺先輩!?」


 轟音に負けないくらいの悲鳴を上げながら、西園寺先輩はその場で後ろに倒れそうになった。


 このままでは床に衝突して怪我してしまう。それを防ぐために、俺は咄嗟に西園寺先輩の手を取って強く引っ張った。


 だが……あまりにも突発的な行動だったせいで西園寺先輩を受け止めきることが出来ず、一緒に倒れてしまった。


「いってぇ……」

「うぅ……」


 昨日に続いて、今日も頭を打った……これで前世の更に前世の記憶が戻ったらどうするんだよ……。


 ……そんな冗談を考えてる場合じゃないな。西園寺先輩が無事かの確認をしないと……って、俺の顔に乗っかってる、この柔らかい物は何だ?


「な、ななな……!!」

「ふがっ……」


 おい、これって……もしかしなくても、西園寺先輩のおっぱいが乗っかってるんじゃないか!?


 この全てを包み込んでくれそうな、柔らかくも弾力のある感じ、溢れ出る母性に酔いしれそうになる……って、それよりもだ。西園寺先輩が怒ったような声――マズい!!


「き、貴様ー!!」

「ふべぇ!?」


 西園寺先輩の怒号と共に、俺の頬に凄まじいビンタがお見舞いされた。


 うん、こうなるのは当然だよな。むしろグーパンじゃなくて感謝しないといけないくらいだろう。


「す、すみませんでしたぁ!!」


 俺は爆速の早さで西園寺先輩から離れると、そのままの勢いで土下座をする。


 前世を思い出してから、短期間で土下座しすぎだろ俺。どんだけ謝ってるんだよ。


「……ま、まあ今のは私を助けるためだったのだろう……?」

「仰る通りでございます!!」

「……た、助けてくれた事に免じて許す。だが! 三回目は説教だからな!!」

「はい! ありがとうございます!」


 胸を押さえながら照れ顔を浮かべる西園寺先輩と見た感じ、怪我はしていなさそうだ。でも、ちゃんと本人に確認しておいた方が良いよな。


「あ、あと……叩いてすまなかった。つい動転して……」

「いえ、いいんです。それよりも西園寺先輩、どこか怪我してませんか?」

「私は大丈夫だ。君は?」

「ちょっと頭を打ちましたが、大丈夫です」

「なにっ!? 見せてみろ!」


 別に大袈裟にしなくてもと言う前に、西園寺先輩は俺の後頭部を優しく触る。ちょっと痛みとくすぐったさを感じるけど、不思議と気持ちが良い。


「かなり大きなたんこぶになってるぞ。本当に大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。昨日もぶつけたので、その影響だと思います」

「昨日もって……ちょっと待ってろ」


 西園寺先輩はそう言うと、備品として置いてあった冷凍庫から、氷をいくつか取り出して、それをタオルで包んで渡してくれた。


 凄いな、倉庫に冷凍庫が常備されてるのか……さすがお嬢様学園。それともギャルゲー世界だからか?


「この場で出来る応急処置だ。少しは痛みが引くだろう」

「はい。いろいろとありがとうございます」

「いろいろ?」

「初めて会った日に助けてくれて、俺が変な事をしても許してくれて。本当にありがとうございます」

「なんだそんな事か。生徒会長として、当然の事をしたまでだ。まあ私としては、今後はあまり騒ぎを起こさないでもらえるとありがた――」


 ありがたい、と言い終わる前に、再び雷鳴が辺りに響き渡った。かなり近かったし、音も光も凄かったな。


 とりあえず俺は大丈夫なんだけど……。


「ひぃぃ……!」


 ついさっきまで近くにいた西園寺先輩は物陰に隠れてしまい、体を丸くして震えている。その姿は、いつもの凛とした時とは違い、雨の中に捨てられている子ネコみたいに弱々しい。


 これが西園寺先輩のギャップの一つである、雷恐怖症だ。いつもカッコいい西園寺先輩だけど、雷が鳴っている時だけ子供の様になってしまうと、キャラ説明文にあった。


 でも、バッドエンドルートでは雷に怯える展開は無かった。それがここで出るという事は、やはり展開が変わっているという事だろう。そもそも、閉じ込められる事もないし。


「大丈夫ですよ! 雷なんてへっちゃらです!」

「ほ、本当に……?」


 俺は急いで西園寺先輩の元に行って声をかけると、涙を流している西園寺先輩は、俺にすがるように声を絞り出した。


 雷が怖いのは知っていたが、ここまで怯えるとは……よっぽど怖いんだな。


「きゃあ!!」

「西園寺先輩!」


 またしても鳴り響く落雷の恐怖から逃げるように、西園寺先輩は俺の胸に飛び込み、絶対に離れないように背中に両手を力強く回した。


 これ、めっちゃ恥ずかしいんですが? ソフィアやゆいとは違う柑橘系の香りに加えて、弾力は一番じゃないかってくらいのおっぱいは、ぶにゅんぶにゅんと当たっております。


 一応これ、不可抗力だよな? これでハレンチな事をしたから退学なんてされたら、それこそ一巻の終わりだ。


 いや、今は自分の保身なんかどうでもいい。あくまで俺の目的は、三人をバッドエンドから救う事。


 それを達成するためにも、目の前で怯えている推しキャラを落ち着かせる方が先だよな。


 そう思った俺は、西園寺先輩を守るため、そして安心してもらうために、彼女を強く抱きしめた――

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