第9話 自虐癖のある少女
「どうしてって……」
桜羽さんがどうしてそんな事をいうのか、それがわからないソフィアは、人差し指をほっぺに当てて何かを考えている。
一方の俺は、先程も言ったように、彼女の性格は知っているから、特に驚いたり言及したりはしない。あくまで桜羽さんのペースに合わせるだけだ。
「君が路地裏に連れていかれるのを、ソフィアが見つけたんだ。それで危なさそうだと思ったから助けたんだ」
「ゆいのような……落ちこぼれを助けても……なにも、良い事なんて……」
「目の前で危険な目に合ってる人を助けるのに、利益や理由なんて必要か?」
「っ……!」
俺の事をジッと見つめながら、ポカンと口を開ける桜羽さん。
や、やべぇぇぇぇ!! 桜羽さんを元気づけようと思って、柄にもない事を言ってしまったぁぁぁぁ!! さっきも変にイキっちゃったし……穴があったらそこに永住したいくらい恥ずかしい……。
「お気持ちは……嬉しいです。でも……ゆいのような人間は、あの人達のストレス発散道具になるのが……お似合いなんです……」
「どうしてそんな悲しい事を言うの……? そんな事ないよ……」
ソフィアが桜羽さんの肩に優しく手を置いて諭そうとするが、桜羽さんは肩を大きく跳ねさせて怯えてしまった。
「ソフィア、気持ちはわかるが、ここは任せてくれ」
「……うん、ごめんね」
「謝る事はないさ。ソフィアも桜羽さんが心配で、元気づけたかったんだろ?」
「うん……」
「その気持ちがわかれば、それで十分だよ」
しょんぼりしてしまったソフィアの頭を撫でて慰めてから、再度桜羽さんの方に向き直す。
「桜羽さん。あまり自分をいじめちゃ駄目だ。自虐は君が思っている以上に、君を傷つける」
「自分……」
「うん。俺はもう既につらそうな君が、これ以上傷つくのは見たくない」
俺にも経験がある。いじめっ子に何か言われた時、やられた時はもちろん傷つく。けどそれ以上に、自分はやっぱり駄目なんだと、自分で傷つける方が、傷の深さが圧倒的に違う。
なんていうのかな……他者によってつけられた切り傷を、自分で広げに広げまくって取り返しがつかなくなるって言えばいいのか? 自虐というのは、そういうものだ。あくまで俺の持論だけどな。
「……変わった人ですね」
「そんなことないよ」
「ゆいなんかに優しくするなんて、普通じゃないです」
「そっか。それじゃ俺は変わった人でいいかな」
「っ……! と、とにかく……助けてくれてありがとうございました……このご恩は忘れません……」
桜羽さんはそう言いながらペコっと頭を下げると、逃げるようにその場から去っていった。
怖がられたままだけど、大事にならなくて本当に良かった。ゲームとは違うようにしようとして、更に悪化しましたーなんてなったら、笑い事で済まなかったな。
「……ハル……アタシ、悲しいよ……」
「ソフィア……」
目尻に溜まった涙を拭きながら、ソフィアはぽつりと呟く。
俺はゲームをしているから、彼女がどうしてあんなに自分を卑下するのか、その理由はある程度知っている。知っているからこそ、余計にバッドエンドから救いたいと強く思ってしまうんだ。
「聖マリア学園の制服だったし、リボンの色からして俺達と同じ学年みたいだから、今度見かけたら声をかけてみようか」
「っ……! うん、そうだね! さっきは怖い目にあって動揺してただけで、日を改めればきっと前向きになってるよね!」
「ああ、そうだな」
そんな事はないのはわかってるが、ソフィアを少しでも元気づけるための言葉は、どうやら上手くいったようだ。
……うん、やっぱりソフィアには涙よりも、笑顔の方が似合うな。余談だが、俺がゲームをしていてソフィアというキャラに惹かれた大きな理由が、この笑顔だったりする。
「さて、帰るか」
「うんっ! えへへ……ありがとう、ハル」
「なんか言ったか?」
「なーんも! 帰りに晩ごはんの食材買いにスーパー寄ってもいい?」
「もちろん。荷物持ちなら任せてくれ」
「やったー! いこいこっ!」
「って! そんな急がなくても……う、腕を引っ張るな! ていうか抱きつくな!」
いつもの調子に戻ったソフィアは、俺の腕に抱きつくと、スーパーに向かって歩き出した。
あー……やっぱり柔らかいなぁー……じゃなくて! どうしていちいちくっつくんだ!? ソフィアはくっつかないと死ぬ病気にでもなってるのか!?
****
「ふぅ……」
帰宅後、ソフィアのおいしい晩ご飯を食べ終えた俺は、のんびりと風呂に入りながら小さく息を漏らした。
「明日からも色々控えてるって思うと、中々に気が重い……ギャルゲーの主人公って、みんなこんなに大変なんだな」
プレイしていた時は、実体験するとこんなに大変だなんて、思いもしなかった。
けど、疲れてる場合じゃない。俺が何とかしないと、ソフィアと西園寺先輩と桜羽さんはバッドエンドを迎えてしまうのだから……。
「ハルー? お湯加減どうー?」
「うん、丁度いいよ」
「そっかーならよかったー」
脱衣所の方から、ソフィアの声が聞こえてくる。着替えでも置きに来てくれたのだろうか? 下着を見られるのは少し恥ずかしいな……。
……あれ? なんか忘れてるような……初日、風呂、ソフィアの声……そうだ! まだ今日のイベントは全部終わってない!
「ソフィア、お前まさか――」
「ハルー入るねー」
「おわぁぁぁぁ!」
この後に起こるイベントを思い出した俺は、咄嗟に立ち上がってソフィアを止めようとしたが、もう遅かった。
俺の前には、生まれたままの姿のソフィアの姿があった――
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