第8話 三人目のヒロイン
「よう姉ちゃん、オレ達暇でよ~ちょっと遊んでくれよぉ」
「ひっ……あ、あう……」
「お前ら! やめろ!」
男達が彼女に手を伸ばしたタイミングで、俺に注意を向けるように大きな声を上げると、男達は一斉に俺の方へと向いた。
派手な見た目だし、スキンヘッドやらサングラスやら刺青やら、いかにも不良ですって見た目だ。典型的すぎるが、ゲームの世界なんだしこれくらいわかりやすい方がいい……のか?
「あんだお前? こいつの知り合いか?」
「邪魔すんなら痛い目に合わせんぞコラ!」
「ふん、やれるもんならやってみろ!」
……とりあえず、威嚇の意を込めてイキってみたけど、全然怯む気配が無い。ていうか、ただ怒らせただけな様な気がする! それにめっちゃこわっ!
一応この先の展開は知ってはいる。主人公である陽翔は、実は父親に無理やり柔道やムエタイといった格闘技を習わされていたという設定があり、その技術を使って不良を倒すという、なんともベタな展開だ。
実際に、転生した俺の頭には、格闘技をしていた記憶はある。しかし、前世の俺は超がつくレベルの運動音痴だった。
つまり、性格や考え方が前世になっている今、鍛えていた過去があっても、ちゃんと動けるかの保証がないという事だ。
「このクソガキが、舐めんなよ!」
「うわっ!?」
一切の遠慮なしに、一人の男が俺の顔面に向かって拳を振るってきた。対して俺は、咄嗟にしゃがんで拳を避ける事が出来た。
び、ビックリした……遠慮なしにフルスイングしてくるとは思ってなかった。あんなの当たったら、大ケガしそうだ。
「この、ちょこまかと!」
「っ!!」
他の男達も続いて殴りかかってくるが、紙一重の所で避け続ける。
このまま逃げてても埒が明かない。さっさとあの子を逃がしてあげたいけど、路地裏が狭い一本道になっているせいで、それは難しそうだ。
……イチかバチか、やってみるか? ちゃんと動いてくれよ、俺の体!
「このぉ!」
「ここだっ!」
苛立ちが強くなったのか、大振りになった拳を最低限の動きで避けながら、俺は男の懐に潜りながら腕を掴むと、そのまま背負い投げで男を地面に叩きつけた。
な、何とか上手くいってよかった……! こういうのはやっぱり体に染みついてるものなんだろうか?
「い、いってぇ……」
「まだやるか?」
「くそぉ……全員で囲め! ぶっ殺してやる!」
ちっ……まだ諦めないのかよ! さすがに一対多数は分が悪すぎる! 確実に一人ずつ倒すのが確実そうだ。
そんな事を思っていると――
「おまわりさーん! こっちですー!!」
「え?」
表通りの方から、ソフィアの大きな声が聞こえてきた。しかも、俺達がいる路地裏へと誰かを誘導するように手招きをしている姿も見える。
「お、おいマズいぞ!」
「仕方ねえ! さっさとズラかるぞ!!」
警察が来ていると知った男達は、全速力で逃げていった。その途中にソフィアの横を通っていったから一瞬ヒヤッとしたけど、特に何事も無かった。
ふー……なんとか大事にならなくて済んだ。ソフィアの姿が見えた時は心臓が止まるかと思ったぞ。
実は、ゲーム通りの流れだと、ソフィアも一緒についてくるんだが、そこであの男達に捕まってしまい、ナイフを首に当てられてしまうんだ。
結果的には助けられるんだが、その展開を知っていて、その現場に連れてきて怖い思いをさせる必要は無いだろう?
「……ん?」
よくよく考えると……俺、自分の力でゲームとは違う展開に持っていったよな? 実際にソフィアが危険な目に遭わなかったし、こんな警察を呼ぶ展開も無かった。
もしかして、俺の行動次第でゲームの展開とは違うように持っていけるって事か?
それなら……ヒロイン全員がバッドエンドにならない展開にする事も可能って事か!?
「まだ決まった訳じゃないけど……いけるかもしれない……いや、いけるぞ!」
ヒロイン全員を助けられる可能性が見えた俺は、思わずガッツポーズをしてしまった。
仕方ないだろう? ヒロイン全員は助けられないと思っていたのに、助けられる可能性が出てきたんだから!
「ハルー! 大丈夫ー!?」
「ソフィア。俺は大丈夫。それで、警察の人は?」
「あ、それ……ウソ!」
一人喜んでいるところに、ソフィアが一人で走ってきた。
え、ウソ? でもさっきおまわりさんって……。
「アタシ、なんとかハルの力になりたくてずっと考えたの。それで、おまわりさんが来てるって言えば、ビックリして逃げるかなーって!」
「な、なるほど」
「本当に呼んでも良かったんだけど、あんまり大事にすると……ほら、学園にバレた時に怒られちゃうでしょ?」
「ソフィア……」
えへへ、と誇らしげに笑うソフィア。
助けるだけじゃなくて、学園での俺の事も考えていてくれたなんて……ソフィアは本当に優しいな。その優しさと笑顔にドキッとしちゃったよ。
「本当にありがとう。ソフィアは凄いな」
「どういたしましてー!」
「うわっ!? な、なんで抱きつくんだ!?」
「褒められて嬉しかったから!」
「い、意味がわからない! あ、当たってるから! 頬ずりもするな! って、それよりも――」
なんとかソフィアのハグから抜け出した俺は、いまだにしゃがみながら頭を抱え、小刻みに震えている少女の元へと向かう。なんか頬を赤らめながら、ボーっと俺を見ているけど、大丈夫だろうか?
「怪我はないか?」
「ひっ……あっ……」
「大丈夫。俺と彼女は君の敵じゃない」
「やっ……あぁ……」
参ったな……急に話しかけたせいか、完全に怯えさせてしまった。とにかくゆっくりと話しかけて、恐怖を取り除くしかないか。
「大丈夫。大丈夫だから……ゆっくり俺を見て」
「…………」
「怖かったな。でももう大丈夫。ここには君をいじめる人はいない」
「………………」
長く伸びた前髪の隙間から覗く瞳から大きな涙が零れ落ち、アスファルトを小さく濡らした。
泣いてはいるけど、震えは少し治まったように見える。このままゆっくりと話しかけ続けてみよう。
「ゆっくり、落ち着いて深呼吸をして」
「……すー……はー……」
「うん、いいね」
「あ、あの……その……ええと……」
「大丈夫。慌てないで、ゆっくり」
何か言いたいのに、緊張で言えない。そんな様子の彼女は、再度深呼吸を繰り返す。
ゲームをプレイしている俺は、彼女のキャラ設定を知っている。彼女は漫画好きで、性格は内気で臆病、そして話すのが苦手だ。だから、いくら言葉を詰まらせても、焦らせるような事は絶対にしない。
「……助けてくれて、ありがとう、ござい……ます」
「どういたしまして。俺は磯山 陽翔。彼女は小鳥遊 ソフィア。君は?」
「……ゆい。桜羽 ゆい……です」
「桜羽さんね。無事でよかった」
彼女の名前は知ってはいるが、いきなり名前を言い当てたら確実に警戒されるだろうから、あえて名前を聞く。
無事なのも勿論よかったけど、こうしてコミュニケーションを取れるくらいには緊張がほぐれたのもよかった。なにせ俺は、桜羽さんも推しの一人だからさ。
勿論ソフィアも西園寺先輩も推しだぞ? ギャルゲーオタクとして、どんなゲームでもヒロインはみんな推しさ。
「あの……磯山さん、小鳥遊さん」
「ん?」
「なぁに?」
「どうして……ゆいのような……駄目人間を助けてくれたんですか……?」
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