第117話 ライセンス収入

『グルメの家』でドリンクバーを導入してから、約二週間が経過した。


「店長、ディッシュさんという方が来ているのですが……」


 営業を終え、キッチンの片付けをしていると、ホール掃除をしていたラテがやってくる。


「ディッシュさんが?」

「はい。ドリンクバーの機械について、ちょっとした話があるとのことです」

「了解。すぐに行くよ」


 ディッシュさんは、ドリンクバーの装置を作ってくれた凄腕の魔道具職人。


 わざわざ店にやってくるとは、一体どうしたんだろう?


 ビア達に片付けを任せた俺は、早足で厨房の外に出る。


「――ディッシュさん、お待たせしました」

「いえいえ。お久しぶりです、メグルさん」


 テーブル席に座っていたディッシュさんは、俺を見ると立ち上がって一礼する。


「急にお邪魔してしまいすみません。お時間は大丈夫でしょうか?」

「はい、全然大丈夫ですよ」


 簡単な挨拶を済ませた俺達は、向かい合う形で着席する。


「それで、今日はどのようなご用向きで?」

「ええ、実は……先日作製したドリンクバー装置について、数件のレストランから私の工房に問い合わせが来ておりまして」

「ディッシュさんの工房に問い合わせが? ああ、もしかして……」


 俺はそう言って、ポンと手を叩く。


 ドリンクバー装置の仕入れ先について何度か質問を受けたと、カフィ達から聞いていたのだ。


 ディッシュさんからも工房名は伝えていいと言われていたので、カフィ達から話を聞いた人達が問い合わせたのだろう。


「その、問い合わせというのは……?」

「装置の作製依頼です。ぜひ自分のレストランでも使いたい、と」

「なるほど」

「ただ、近々大きな仕事が入る予定でして、私のほうで対応するのが少し難しいんです」


 ディッシュさんは首を横に振ると、「そこで」と話を続ける。


「先日描いたドリンクバー装置の設計図を、商人ギルドに売ってはどうかと思いまして」

「設計図を売るんですか?」

「ええ。そうすれば、私が対応できない分の装置を他の工房に任せられます。とはいえ、あの装置の発案者はメグルさんですからね。メグルさんが嫌と言えば無理には売りません」

「いえ、売っても大丈夫ですよ。問い合わせが多いと、ディッシュさんの負担になっちゃいますし」

「ありがとうございます」

「いえいえ。むしろ、わざわざ伝えに来てくれてありがとうございます」


 正直、装置の設計は全てディッシュさん頼みだったし、設計図の取り扱いに口を挟む気は毛頭ない。


 律義な人だなと笑っていると、「勝手には売れませんよ」とディッシュさんは苦笑する。


「メグルさんのアイディアなしには生まれなかった装置です。アイディア料として、メグルさんの取り分もあります」

「そんな、悪いですよ……」


 アイディアと言っても、本当は俺が考えたわけじゃないし。


 なんだか申し訳ない気持ちになるが、「貰ってください」と言うディッシュさんの真っすぐな目にしぶしぶ頷く。


「では、このままギルドに向かいますが、メグルさんも同行できそうですか? アイディア料の話等、メグルさんに関係する話もあるので」

「わかりました。同行します」


 俺はそう答えると、席を立ったディッシュさんと共に商人ギルドへ向かった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 それからおよそ二十分後。


 商人ギルドに着いた俺達は、さっそく職員と話を進めていく。


 話を進めるといっても、俺は傍らで話を聞くだけで、この手のやり取りに慣れているというディッシュさんに任せっきりだ。


 何から何まで申し訳ない限りなので、あとで何かお礼をしたい。


「……それにしても、かなりちゃんとしてるなぁ」


 ディッシュさんと職員のやり取りを聞いていると、思った以上にしっかりした契約システムに驚かされる。


 俺はてっきり、普通に設計図を売るだけだと思っていたが、設計図自体の売却額に加えて、ライセンス料的なものを貰えるらしい。


 設計図を売ってから向こう一年間、ドリンクバー装置が売れる度に一定割合のお金が入ってくる。


 職員に尋ねてみたところ、こうしたライセンス制度はごく一般的なものだそうだ。


 料理のレシピも大切にする文化があるし、そのような背景から浸透した制度なのかもしれない。


 ちなみに、俺とディッシュさんの取り分であるが、俺の希望で3:7にしてもらった。


 ディッシュさんは五分五分で構わないといったが、さすがに半分も貰うのは申し訳なさすぎる。


 そもそも、自分の取り分を貰えるだけでもありがたいことなのだ。


 貰ったお金は店をよくするための投資に回し、王都民達への還元に使おうと決めた。


 まあ、還元に使うとはいっても、大した額にはならないだろうけど。


 前世でいうファミレスのような店が多いわけではないし、わざわざ装置を必要とする人達は少ないだろうからな。


 ディッシュさんの工房に問い合わせている人達も、どちらかといえばそのエンタメ性、物珍しさに興味を持った可能性が高い。


 そんなことを考えていると、ディッシュさん達の話が終わる。無事に契約が締結されたようだ。


「それでは、今後の話ですが――」


 最後に、職員が今後の装置の扱いに関する話をする。


 契約によって装置の管理権は商人ギルドに移ったため、俺達がやることは特にないそうだ。


 もし俺の店で装置について尋ねてくるお客さんがいたら、商人ギルドに話を持っていくよう伝えるだけでいい。


 装置の特性上、料理人ギルドに問い合わせる人もいるだろうが、そちらについても話を通しておくとのことだ。


「ありがとうございました」


 職員に礼を言い、ディッシュさんと共に商人ギルドをあとにする。


 こうして俺は、予期せぬライセンス収入を得ることになるのだった。

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