第116話 大人気

 それからの数日、完成したビラで周知を進め、ドリンクのテイクアウトを始める日がやってきた。


「クービス、ドリンクの注文だけど――」


 店の外に出た俺はテイクアウト窓口の前に立ち、ドリンク提供の流れを開店前に確認する。


 テイクアウトドリンクの提供は他のメニューと違い、お客さん自身がドリンクを入れるセルフ方式だ。


 通りに面する形で置かれたドリンクバー機にコップを置き、注文したドリンクのボタンを押してもらう。


 店内の機械をクービスが扱う方式と迷ったのだが、負担面等を考慮した結果、セルフ方式に落ち着いた。


 この世界ではドリンクバー機がユニークなので、ちょっとしたエンタメ体験の提供という側面もある。


 実際、試しにビア達に機械を使ってもらったところ、新鮮で面白いと喜んでいた。


「それにしても、さすがディッシュさんだな」


 クービスへの話を終えた俺は、昨日納品された機械をまじまじと見つめる。


 それはまさに、前世でお世話になったドリンクバーの機械そのもの。


 いや、むしろその性能は遥かに上を行っていた。


 ドリンクの劣化を防ぐ強力な保存魔法と、大量のドリンクが入る空間拡張。


 店で出しているドリンクそのままの味を提供できるし、すぐに売り切れる心配もない。


 また、注がれたドリンクの量による値段差をなくすため、注いだ分の金額が表示されるシステムが搭載されている。


 ドリンク毎に俺達が設定した単価に合わせ、自動的に計算してくれるのだ。


 一週間でこれだけの性能を実現するとは、驚異的な技術力である。


 ちなみに、設置場所の都合上、機械は外の空気にさらされるが、衛生面の対策も問題ない。


 ディッシュさんが施してくれた浄化機能に加え、ツキネが外部の汚れを防ぐ結界を張ってくれている。


 この結界には盗難防止の効果もあるため、夜間に機械を持ち去ろうとする不届き者にも有効だ。


 文字通り死角のない、完璧な装置なのである。


「お客さん達の反応が楽しみですね」

「そうだな」


 クービスとそう言って笑い合いながら、俺達は店内に戻った。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 その一時間後。


 開店の時間となり、お客さん達が店内に入ってくる。


「――店長、注文票です! 皆さん、外の機械に驚いてましたよ」

「ありがとう。やっぱそうなるよな」


 注文票第一号をカフィから受け取る俺。


 やはりドリンクバーの機械は皆の興味を惹くらしい。


 外に並んだお客さん達の声も、いつもより騒がしい気がする。


「テイクアウト、いつもより混むかもだから、やばそうだったらツキネにヘルプを頼んでもらっていい?」

「わかりました! 私も手が空いたら列整理とかしときますね!」

「ありがとう、助かるよ」


 ピンと猫耳を立てるカフィに笑いながら、スキルウィンドウを開く。


 本日最初の注文は、パエリアとコーンスープ。


 パエリアの追加以来、順調にファンも増えているようで、いまだに根強い人気がある。


 近々ボロネーゼを追加する予定だったが、魚介系のメニューも早めに作っておきたいな。


 俺はその後もパエリアやカレー、豚の角煮等、バランス良く入る注文をこなしていく。


 あまり人気のない日陰者的メニューがないのは、店主として喜ばしいことだ。


「あ、ラテ。テイクアウトの様子はどうだ?」


 開店から約三十分後、注文票を持ってきたラテに外の様子を訊いてみる。


「そうですね……ドリンクとパン・オ・ショコラ効果でいつもより混んでいるみたいです」

「やばそうな感じか?」

「いえ、まだ全然余裕はあるみたいですよ」

「そうか、よかった」


 行列は普段より伸びているが、上手く回せてはいるようだ。


 ドリンク提供の流れも比較的スムーズなようで、事前にビラで告知しておいた効果が出ている。


「テイクアウトとは逆に、店内飲食の行列はいつもより少しだけ短めです。ドリンクの機械が気になって並びなおす人が結構いるみたいで」

「まじか」


 エンタメの目的があるとはいえ、わざわざ並びなおす人が出てくるとは思わなかった。


 一流職人のディッシュさんも興味深い機械だと笑っていたし、俺が思っている以上に物珍しく映るんだろう。


 それからも時折カフィやラテにテイクアウトの様子を尋ねてみるが、ドリンクバーの人気はどんどん増していた。


 常連客の中にも興味を持つ人がいたらしく、店内飲食の後ドリンクのためにテイクアウトする人がいたほどだ。


 度々外の様子を尋ねつつ、注文をこなすこと数時間。午後休憩の時間がやってくる。


「クービス、テイクアウトは問題なさそうか?」

「ええ、今のところ特には。お客さんは増えてますけど、セルフ方式のおかげで仕事量はあまり変わってません」

「そうか。コップを持参する人は結構いる?」

「いえ、今はまだ少ないですね。数十人に一人とかです。持参していても、結局ウチのコップを買う人もいますし」


 蓋付コップの販売価格は極力抑えており、ほとんど原価と変わらない値段となっている。


 値段も安く、繰り返し使え、店のロゴデザインもお洒落ということで、皆店のコップを購入するということだ。


「――よし、それじゃあ2部も頑張るか」


 クービスからドリンクバーの話を聞いた俺は、休憩を終えて再び店の厨房に戻る。


「注文票です!」

「お、カフィ。ありがとな」

「いえいえ! テイクアウトの行列、かなり伸びてるみたいです」


 休憩の間にもドリンクバーの噂はお客さんに広まったようで、さっそくピーク時間並みの行列ができているらしい。


 列整理に出たラテが対処してくれたようだが、過去最長級の行列になりそうだとのこと。


「寮の前のスペースに余裕があるので、周りの迷惑にはならないと思います!」

「了解……寮を借りてて助かったな」


 もしも隣が別の店だったら、対策を考えなければいけないところだった。


「しかし本当、思った以上の人気だな。ドリンクバー恐るべし……」


 販売しているドリンク自体は店内の物と変わらないのだが、まさかこれほどの人気になるとは。


 当分は人気が続きそうだと、俺は苦笑するのだった。

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