第115話 好評と告知

「――キュキュッ!」

「お、ツキネ」


 翌日の昼間、厨房で注文をさばいていた俺のもとにツキネがやってくる。


 一瞬注文が入ったのかと思ったが、注文票を咥えていない。


「どうした?」

「キュウ! キュキュ!」

「そうか、やっぱり人気だな」


 ツキネが教えてくれたのは、今日からテイクアウトで販売を始めたパン・オ・ショコラの売行きについて。


 バタークッキーに続く甘い系の商品なので売れるとは思っていたが、想像していた通り、いやそれ以上に売れているようだ。


 人気を想定して多めに作ったにもかかわらず、すでに品切れ寸前の勢いらしい。


 それだけテイクアウトに注目が集まっているという証拠だろう。


「しばらくは多めに作っておかなきゃな」


 再びホールに出ていくツキネを見送り、俺は口角を上げる。


 ちなみに以前はクービスを嫌っていたツキネだが、最近は普通に接するようになった。


 嫌われたままでは辛いと嘆いたクービスの献身的な態度が功を奏したようだ。


 ただ、俺の弟子というクービスの立場ゆえか、ツキネと彼の間にもふんわりとした上下関係がある。


 ツキネにとって俺が主人、ビアとフルールが友達だとすれば、クービスは群れの子分といったところか。


 時折肉球のマッサージ等を求めているが、クービスもツキネが可愛いのかまんざらではないようなので、俺とビア達も微笑ましく見守っている。


 もしツキネが今もクービスを嫌っていれば、テイクアウトの様子を自発的に見に行くこともなかったはずだ。


 それから一、二時間後、店の昼休憩に入った俺達は、隣の建物のリビングでテーブルを囲む。


 昼休憩には俺の料理、いわゆるまかないを出すのだが、今日のメニューは『ボロネーゼ』。肉の旨みを最大限に引き出した渾身の一品だ。


「すごく美味しいね! カルボナーラも美味しいけど、ボクはこっちのほうが好きかも」

「ん。正式メニューでもいける」

「キュキュ♪」


 ビア達にも大好評のようで、フルールなんかはあっという間に半分以上食べ進めている。


 ツキネのまかないはパスタではなく特製の『稲荷ボロネーゼ』だが、こちらもかなり気に入ったようだ。


「相変わらず店長の料理は絶品ですね!」

「毎日のように新しい料理が出てくるので驚きです」


 カフェラテ姉弟も笑みを浮かべてくるくるフォークを巻いている。


 幸せそうな顔で食べてくれるので、見ていると俺まで嬉しくなった。


「師匠、これはまた格別の料理ですね」


 そして俺の隣に座るクービスも、ボロネーゼを一口食べて目を瞠る。


 実力派の料理人であり、俺の料理を研究している彼は、どんなまかないでも一度観察してから食べるのだ。


「肉の旨み、トマトの甘味と酸味……それとこれは……何かの酒? 一体どうすればこんなに豊かな風味を……」


 真剣な料理人の顔になりながら、一口一口を大事そうに味わうクービス。


 その対面で爆食いするフルールとの対比が面白い。


 そんな彼らに笑いながらボロネーゼを食べる俺だったが、今回の料理は我ながらいい出来だ。


 メニューの内容的にバランスを取ってカルボナーラのみにしていたが、フルールの言うようにパスタ枠としてボロネーゼを入れるのもありだな。


 いい感じのクオリティだし、 味の分析に長けたクービスの反応もいい。


 昼休憩を取り入れて以降、試作料理の反応を見る機会が増えたのはありがたいことだった。


「そういえば師匠、パン・オ・ショコラなのですが……」

「ああ、もしかしてもう売り切れた?」

「はい、一時間ほど前に。甘い物ということで特に女性人気がすごく、ほとんどの女性客が買われていきました。実際、味も素晴らしいですから、しばらく人気が続きそうですね」


 俺はボロネーゼを食べながら、クービスの言葉に頷く。


 先日出した新メニューの照り焼きバーガーもいまだ早めに売り切れるようだし、パン・オ・ショコラもそれと同じかそれ以上の人気になりそうだ。


「すごいペースで売れてるみたいだけど、負担はかかってないか? 来週からはドリンクも増えるだろうし」

「今はまだ全然余裕ですね。ドリンクもドリンクバー方式なのでそれほど問題にはならないかと」

「そうか。まあ、忙しい時はツキネにでも言ってくれ」

「キュウ?」

「仲も良くなってきたし、言えば手伝ってくれると思うぞ」

「キュ!」

「そうですね、ありがとうございます」


 仕方ないなぁという様子のツキネを横目に、クービスが笑って答える。


 ホール業務も姉弟のおかげで余裕を持って回せているので、ツキネに上手く動いてもらえばパンクすることはないと思う。


「それと、皆。今日の営業終わりだけど、ビラ作成を手伝ってもらえないか?」

「ビラ作成?」

「なんのビラですか?」

「ドリンクの追加についてのビラだよ」


 疑問の声を上げるビアとカフィに目をやり、俺は皆に説明する。


「ドリンクのテイクアウトはコップの返却とか持参とか、初めてだと理解するのに時間がかかるだろ? いきなり始めたら列の進みが止まりそうだし、事前に告知しようと思って」

「なるほど! たしかにスムーズになりそうだね」

「ん。いい考え」

「だろ? 口頭説明だと面倒くさいからな」


 主にテイクアウト窓口に並ぶお客さんに告知する予定だが、一人一人に説明するのは効率が悪い。


 クービスに無駄な負担をかけないためにも、商品と一緒にビラを渡すスタイルを考えたわけだ。


 ビラには蓋付きのコップを用いること、返却による返金あり等というルールについて記載する。


「そんなに手の込んだものじゃなくていいから、皆で協力して作らない?」


 そう言ってテーブルを見回すと、皆「もちろん」と頷いてくれる。


 改めて、素晴らしい従業員に恵まれたと感じるのだった。

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