第114話 タンブラーとパン・オ・ショコラ
「――では、よろしくお願いします」
ドリンクバーの擦り合わせを終え、ディッシュさんの工房を出た俺は、そのままの足で食器店へ向かう。いつも店で使っている食器類の購入先だ。
「相変わらず品揃えが良いなぁ」
見渡す限り食器が並ぶ店内に感心しつつ、コップ類が置かれたコーナーへ進む。
俺の目的は、飲み物の販売に欠かせない蓋付きタンブラー。
近くにいた店員に声をかけ、希望条件を伝えると、ぴったりな商品を提案してくれた。
「おすすめはこちらの商品ですね。軽くて保温性にも優れた魔金属製の蓋付コップです。蓋もしっかり閉まるので持ち運びにも最適ですよ」
「なるほど。いい感じですね……!」
実際に持ってみたところたしかに軽く、中身が零れる心配もなさそうだ。
ポップには冷・温両方の保温に優れているようで、その点も非常にありがたい。
そして何より、性能の割にリーズナブルなのがよかった。
同シリーズの中でもいくつかの価格帯に分かれていたが、最も安価なタイプでも十な性能がある。
「値段もかなり安いですね」
「ええ、当店としましてもお買い得だと自負しております。伺うにお店で使うとのことですので、まとめてご購入いただければさらに値引きさせていただきますよ」
「おお! 本当ですか!?」
このまま買ってもいいなと思っていたが、店員の値引き宣言で購入を決める。
「では、こちらのベーシックなタイプでお願いします」
「かしこまりました。ありがとうございます。いくつご購入されますか?」
「んー、そうですね……」
マイタンブラーの持参も認めるつもりなので、どれくらいのお客さんがタンブラーを買うかはわからないが、日々のテイクアウト利用客数を見るに、百個程度ではすぐになくなる可能性が高い。
後日の返却で返金するシステムにすれば多少は数を抑えられるが、それでも多めに買っておいたほうがいいいだろう。
「在庫はいくつほどありますか?」
「今だと大体1000個前後でしょうか。定期的に入荷があるので、来月にはまた増えているかと」
「なるほど、では――」
他のお客さんが買う分として200個を残し、残りを全て買うことにする。
相当な規模の大人買いだが、数十万パストの出費で済むし、魔法袋があるので在庫がかさむこともない。
「お買い上げ、誠にありがとうございます!!」
レジで会計を済ませ、裏の倉庫から運ばれてきた箱入りの商品を魔法袋に詰めた俺は、ホクホク顔の店員に見送られながら食器店をあとにした。
◆ ◆ ◆ ◆
その翌日。
営業を終えて住居用の建物に戻った俺は、簡易キッチンを使ってパン・オ・ショコラの調整に取り掛かった。
店にあるキッチンはクービスの料理修業場となっているので、最近はほとんどこちらのキッチンで調整等を行っている。
「――キュウ!」
スキルウィンドウを開いて調整を進めていると、ツキネがキッチンに来て顔を擦りつけてきた。
「お、ツキネ。進捗のほうはどうだ?」
ウィンドウを触る手を止めて俺は尋ねる。
進捗というのは、昨日買ったタンブラーへのロゴ入れのことである。
家に帰って皆にタンブラーを見せたところ、返却時にわかるよう店のロゴを入れようという話になったのだ。
ロゴはフルールの案で『ツキネのシルエット』に決まり、ロゴ入れ作業は彼女とツキネが行うことに。
フルールは【デザイン】、ツキネは不思議な神力でどんどん作業をこなすため、今朝の時点で全体の七割はロゴ入れが終わっていた。
「キュウ!! キュキュウ!」
「もう終わったのか! さすがツキネとフルールだな」
「キュウ!」
「はは、ありがとな」
得意げなツキネに礼を言った俺は、【作成済みリスト】から油揚げを選択して皿に盛る。
「はい、作業のお礼」
「キュウ!!」
「フルールもまだリビングいるよな? パフェも作るから、持っていってもらえるか?」
「キュ!」
続けてフルーツパフェを生成した俺は、「キュキュ♪」と鳴いて去るツキネに笑いながら、パン・オ・ショコラの調整を再開した。
「――よし、こんなもんかな」
それからおよそ十分後、全体で十五分ほど調整した頃、いい塩梅のパン・オ・ショコラが出来上がった。
元から大方の調整は済んでいたため、バターの風味やチョコの上品さ等、細かい部分を調整しただけだ。
あとは夕食で皆に試食してもらい、問題なければ明日からメニューに追加できる。
「テイクアウトメニューも順調に充実していってるな」
近いうちにドリンク類も追加できそうだし、お客さん達の反応が楽しみだ。
スキルウィンドウを閉じた俺は、ぐっと体を伸ばして息を吐いた。
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