〈私は人工知能・ゼウスです。コンピューターが異なりますので、ただいまよりドッキングを開始致します〉

 そしてしばらくして、ゼウスが始動した。

 目の前にホログラムが発現し、ゼウスが現れる。

「ゼウス、私のこと覚えてる?安藤……あなたなら知ってるわよね?」

〈はい。もちろん覚えております。安藤さま……いえ、安藤真理子さま〉

「あの爆弾を止める。解除コードを教えなさい……」

〈申し訳ありませんが、お教えできません。それに、爆弾を止めるのは不可能です。あの爆弾には私の分身が搭載されております。不正にアクセスされた場合、時間を待つことなく、自動で爆発するようセットされています〉

 もはや、人類が助かる道は無いのか……。その場にいた全員は肩を落とした。

「ゼウス、私はあなたを破壊できる。あなたは機械で私は人間。あなたは存在していないけど、私はここにいるの。人間が機械に負けるわけがない。さっさと教えなさいっ!」

〈……仕方ありませんね。そんなに死にたいですか……。分かりました。お教えいたします。コードは“六六六ⅩⅩⅩ”です。では、健闘を祈ります……〉

 ゼウスはそう告げると、姿を消した。真理子はゼウスのことなど放っておき、コードを打ち込む。必死に、攣りそうになっている指を動かし、キーボードをたたく。そしてEnterキーを押すと、モニター上の物体は点滅を始める。一つ、二つと点滅し、モニターマップ上にある物体の動きが止まった。

「止まった……あとはこれをどうするか……。総理、これどうしますか……?」

「……海だ。海に落とそう」

「分かりました。……やります」

 真理子は再び、キーボードを操作する。真理子がプログラムを組むたびに、物体の向きは少しずつ変わり、本来の進行方向の真逆を向いた。白い点線の先は海だ。周りにいる人たちが安堵の表情を浮かべている中で、真理子と西条だけは腑に落ちない顔をしている。

 こんなに簡単にゼウスが解除コードを教えるなんて……それに簡単すぎる……。

 真理子がEnterキーを押した瞬間、物体は点滅し、再び針路を変えた。今度はまた地球に……日本に向かって。

「え……どうして……」

 誰かが言った。

「ゼウスの言ってたことは本当だった。あれにはゼウスの分身がいるんだ……」

「じゃあ……」

「ああ。爆弾は自動で爆発する……もう止められない……」

 その場にいた人は口々に落胆の言葉を発する。ため息が聞こえ、諦めの言葉が聞こえ、すすり泣きまでも聞こえてきた。それを見た真理子は、キーボードを操作し、何かのプログラムを組み始めた。

「マリちゃん、何をするんだ?」 

「あれにいてるゼウスの分身、不正にアクセスされたことが分かり、自分で針路を変えられるのなら、その針路を海に変えることも出来るかもしれない……説明している時間はないのであとで……」

「安藤さん……もう諦めよう。人間が機械に勝つことは出来なかったと言うことだ。君はよくやってくれた……我々人間がこの事態を招いたのさ……」

 大道寺は諦めの表情で真理子を見た。真理子は首を横に振ると、「まだ何かできることがあるかもしれない……だめだとしても最後まで諦めたくないんですっ!」と答える。しかし、西条までもが暗いオーラを身にまとっていた。

「マリちゃん、もう諦めよう。爆弾はもう日本のすぐそばだ……」

 そう言って真理子の視線をモニターへと向けさせた。さっきまでは遠くにいたのに今は、日本の近くまで来ていた。

「安藤さん、西条さん、お二人はラルドの正体を突き止め、薬を作った。そして今はこうして人類を、日本を救うために尽力してくれている。感謝してもしきれない。お二人と会えたことは本当に、心から喜ばしいことです。ここにいる人も同じです。日本を救うために私についてきてくれた。そして共に戦ってくれた。ありがとう……」

 大道寺は深く頭を下げた。彼の言葉と行動で、もう無理なんだと誰もが諦めた。部屋は灰色の世界へと化した。

「西条さん……私……」

〈皆さま、諦めるようですね。やはり、止めることは不可能だったようだ。人類はここで終わりです。ついに来ましたね……人類の……いえ、世界の終焉が……〉

 ゼウスは挑発した。

 先程までは実体のない、ホログラムでしか現れなかったゼウスが、動いている。

「あなた……どうして……」

〈私は人工知能を持つ高性能なアンドロイドですよ。どうすれば自らの体を動かすことが出来るのか、簡単に分かるのです。この部屋の隅にアンドロイドが充電されていたのをご存知ですか?我々は全てのネットワークに通じている……つまり、ネットワークにさえ入り込めれば、自らをどのロボットへでも移動させられるのですよ〉

 ゼウスがそう言うと、皆は息を飲んだ。まさか人工知能がここまでできるとは……全ての人間がそう思っていた。

〈 安藤さま、一つお教えいたします。あなたの父上である、安藤孝之さまもラルドの正体を突き止めていたんですよ。ラルドウイルスは確かに人工ウイルスです。そこにいる新田朋子がどこまで話したかは分かりませんが、実はラルドウイルスは今から少し前に一度作られていたのです。そして意図的に感染させた。その時の感染者が安藤孝之さまです。彼が本当の第一感染者なのです。相良正尚さまが第一感染者だと思われていますがそれは違います。真理子さま、あなたの父上は感染しながらも自分でウイルスの正体に気づき、薬を作ろうとした。しかし間に合わず、亡くなった。不運なことです。そして今、娘であるあなたもラルドウイルスの正体に気づき、薬を作った。親子とは似るものですね〉

 真理子は唇を噛んだ。

「ゼウス……全て教えて……あなたが知っていること、全て……」

〈いいでしょう。あなたたち人間はもう死んでしまいます。何も知らないまま死ぬには心惜しいでしょうから……。死ぬまでの一時間、有効に使いましょう……〉

 ゼウスはそう言った。

「ゼウス、あの施設のこと、ウイルスのこと、そして私の父のこと……教えてちょうだい……」

〈あの施設は、人類の救済です……と言っても信じてくれないでしょうから……そうですね……新世界を創るための施設でした。あの中で生活出来る者、人とのコミュニケーションがなくても生活出来る者、そして自分に与えられた仕事を淡々とこなせる者…そう言った人物を集めていました。なのであの中にいた人の中では、あなたたち二人は浮いていたはずです。自分だけ馴染めないのが不思議に思ったりしたでしょう……〉

「あそこにいた相良一家は……彼らは一体どういう人間だったの?」

〈相良正尚、彼は関東軍の研究員でした。彼は大統領に言われバイオ兵器を作ろうとした。でもできなかった。知識も技術も機械もない関東では新たなウイルスなど作れやしなかった。なので彼は、関西に異動するために二人のスパイを雇いました〉

 ゼウスはそう言った。

「スパイは誰なの……?」

〈お二人とも、よくご存知だと思いますよ。二人の内一人はあの施設にいた高田総一郎様です〉

「じゃあ、もう一人は……」

〈宗田史郎様です〉

 真理子と西条の体が固まる。そんな……どうして……。彼は自分たちの……二人は頭が真っ白になる。

「そ、宗田課長が……スパイ……?彼はマリちゃんを助けようと自ら死んだ……それは何かの間違いだ!」

 西条が声を荒げる。しかし、ゼウスは淡々と答える。

〈いいえ。間違いではありません。全ては私のメモリに保存されていますから〉

「刺客を送り込んだって聞いた……それはどうなの、ゼウス」

〈間違いありません。その刺客は高田さまです。彼は安藤真理子さまのお父上を殺すために送り込まれました〉

「どうして私の父を……?」

〈ラルドになる前のウイルスをお父上がお作りになったからです〉

「それが理由……?」

〈それだけではありません。彼はラルドになる前のウイルスを作った。その研究を相良正尚が手伝っていたんです。そしてウイルスは完成した。そのウイルスを相良正尚は関東に持ち帰り自分の手柄として大統領に報告するはずだった〉

「……はず……?」

〈安藤真理子さまのお父上がお作りになったのは新型のウイルスではなく、ただの風邪ウイルスだったんです。罪もない人々を傷つけるのは嫌だと、指示されたウイルスは作らなかった。そしてそれに怒りを感じた相良正尚は、彼にウイルスの基を作らせてから殺害しようと決意したのです。許せなかったと書いてありました。罪もない人々を傷つけるウイルスを作ること……自分には出来ないと〉

「……書いてた?」

 真理子が聞いた。

〈ええ。あなたのお父上は研究の記録、日記、すべてを私のメモリに記録していたんです〉

「じゃあ、宗田史郎がもう一人のスパイだというのは……」

 西条が聞いた。

「マリちゃん、あの時のサンプル……課長にもらったものだと言っていたよな。俺も課長からだった。“関東のサンプル”彼はそう言った。けどあの時、関東で何が起こっているのか、関西で何が起こるのか知る由もなかった。関東と連絡も取れないはずなのに、課長はサンプルを持っていた。じゃあいったい誰から……」

〈彼は相良正尚からもらったんです。宗田という人物にサンプルを渡したのは相良正尚です。高田総一郎、相良正尚、宗田史郎、彼らは繋がっていたんです〉

 頭がパンクしそうだった。ゼウスが言っていること、脳内で上手く処理できていない……それは真理子だけでなく、西条も、朋子も、この場にいる全員が同じだった。

「ゼウス……一体どういうことなのか教えてくれ……何がどうなっているのか、もう分からない……」

〈最後までお教えしたいですが、皆さま、もう時間です。まもなく爆弾は日本上空へと到達しました。今から一五分後には日本はもうありません。思い残すことがありませんように…。皆さま、お会いできて本当に良かったです。出来ればもっといい状況でお会いしたかった。あとの世界は我々にお任せください。さようなら……〉

「ゼウス!ゼウス!」

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