最終章 終焉Ⅰ

 急いで議事堂へと戻った三人。

 議事堂内は騒がしく、慌ただしくなっていた。一体何があったのかと辺りを見回していると、遠くに朋子の姿が見える。二人は朋子に駆け寄り、声を掛けた。

「三人とも早く来てちょうだいっ!総理のところへ早く!」

 朋子について行き、廊下を走る。辿り着いた先は地下だった。

「総理、三人を連れてきましたっ!」

「待ってたぞ!三人のうちでパソコンが得意な者は!?」

 返事に困っていると、大道寺は大股で近づいてきて、声をあげた。

「日本が消滅するんだっ!ハッキングが出来る者は!?」

「わ、私が……」

 真理子は弱々しい声で手を挙げた。

「私は一体何をすれば……」

「ここへハッキングしていただきたい。そしてあの無謀な計画を止めてほしい!」

 大道寺はそう言って、タブレットを真理子に見せた。そこに書かれていたのは〈プロメテウス計画〉という文字とコードだった。

「これって……」

「……プロメテウス計画に関するプログラムと何かのコード……これを書き換えれば、計画は阻止される……総理、そう言うことですね?」

 西条は真理子に代わってそう言った。大道寺は深く頷いた。

「その通りです。はこの計画を始動した。それを止めなければ、残された人類も我々も死んでしまう」

「彼……?彼って誰です……?」

 西条がそう聞いた。説明をしたのは朋子だ。

「総理、一五分だけ……私に時間をください。二人には真相を話さないと……」

「……分かった」

 大道寺から時間を貰い、朋子は二人を部屋の隅に連れて行った。

「あなたたち二人もよく知っているはずよ。の存在を。……そう、ゼウスよ」

 二人は背筋を伸ばし、驚愕の表情を浮かべた。まさか、この事態を引き起こしたのはゼウスなのか……。あの人工知能がこの事態を起こしたというのか……。

「ゼウスって、あの研究所にいたゼウス……?今回の事態を引き起こしたのはゼウスなの?」

「そうよ……。ラルドをばら撒いたのはゼウスなの。私はそれを止められなかった」

「で、でもそれは……大統領って……」

 朋子は説明した。

「マリちゃん、落ち着いて聞いてね……。この人類減衰計画というのを初めに考案したのは、あなたのお父様なの……」

「え、私の……」

「ええ。でも、あなたのお父様は“この計画を遂行すれば罪もない人々が苦しむことになる”と実行しなかった。そしてその計画を破棄したの。でもね……その破棄された計画を遂行した学者がいたの。それがIFGRの相良副隊長の父親よ」

「主任のお父さん……それってもしかして、あの地下にいた相良正尚って人じゃ……」

 朋子は頷き、話を続けた。

「そうよ。地下にいたベクターこそが、第一の感染者・相良正尚。そして彼の息子である相良副隊長、いえ、相良雅人があなたたちがいた解析班の主任になった。何の因果かは分からないけど、皮肉よね……。そしてもう一人、マリちゃんを監視していた人物がいたの」

「藤田さん……ですね」

 真理子が言った。朋子も西条も驚いた顔で彼女の顔を見た。

 真理子が説明した。あの時、西条と別れ、トイレへ行ったときに佳奈を見かけたこと。佳奈はオレンジのバンドを持っており、タブレットで男性と会話していたことを。

「それで彼女は“同じところに配属されるとは思ってなかった。あなただってこんなところで前と同じ仕事をするなんて思ってもなかったでしょ”って言ったんです。だから私、てっきり彼女は西条さんの彼女さんなのかと……。でもその後に彼女は“お兄ちゃん”って言ったんです。だから藤田さんは絶対、西条さんの妹さんだって……。西条さんの妹さんも工学系の研究をしているって聞いてたし……」

「いや、マリちゃん……何でそこで俺が出てくるんだ?」

「だって、連絡していた相手の男性は“薬は出来たかもしれない、ただ今は治験段階だ”って。そのことを知っているのはあの場にいた西条さんしか……」

 真理子はそう説明した。

「確かに、その状況なら俺が藤田さんと繋がっていると思うか……でも今なら分かる。相良はいつも俺たちのそばにいた。藤田さんに情報を流すことも、逆に彼女から情報を貰うことも可能だった。それにあいつはいつも俺たちのそばにいた。治験の瞬間もそばにいた……」

「ええ、でも、彼女が西条さんと繋がっているのかもと思った理由はもう一つあるんです」

「理由……?」

「はい。彼女は私のことは何でも知ってる感じでした。それにおばちゃんと仲が良いのも彼女は知っていました」

 真理子がそう話すのを黙って聞いていた朋子は口を開いた。

「マリちゃん、その謎解けるかもしれない……。彼女はゼウスに聞いたのよ、あなたの名前を……」

「どういうこと?」

「彼女はきっとバンドを使ったんだわ……それでゼウスに……」

 朋子は一人そう呟いていた。

 真理子は首を傾げながら何かを思い出すような、何かを考えているようだった。

 そして答えが出たのか、朋子に言った。

「おばちゃん、でもそれだと辻褄が合わないの。おばちゃんは、特殊部隊が侵入するとき、私、バンドがないとロックが開けられないって言ったよね。でもおばちゃんは、バンドは関係ないって。でも今はバンドが…って言ってる。一体どういうこと?」

「いい?確かに、バンドは班を識別するためのものに過ぎない。けど、幹部が付けていたオレンジ色のバンドだけは、ゼウスにアクセスしたり、普通の職員が入れない所……いわゆる、シークレットルームにも入ることが出来るのよ」

「シークレットルーム!?なんだよそれ……」

 西条が驚いて言った。朋子は当たり前のように、淡々と説明していく。

「あの施設にはシークレットルームが二つ存在していた。一つは全職員の個人情報等が保管されている保管庫、そしてもう一つがゼウスの調整室。ただし、扉を開けるには専用のパスコードかオレンジ色のバンドが必要になる。藤田佳奈……いえ、相良佳奈がマリちゃんの情報を知り、それを相良雅人に渡していたとしたら……。彼はきっとオレンジバンドを妹に渡しているはず。彼ならやりかねないわ」

「彼なら……って、新田さん、相良家族は一体……」

 西条が聞いた。

「……父親である相良正尚は軍隊の研究員だった。それも大統領側のね。彼は関東の大統領に言われて、バイオ兵器を作ろうとしていたのよ。関東側が有利になるようにね。でも完成はおろか、考案することすら彼には厳しかった。自分の持ってる知識と技術では厳しいと判断した。そこで関西側に話を持ち掛けるために関東の……自分のスパイ、いえ、刺客を送り込んだ……」

 朋子が話すのを二人はずっと黙って聞いていた。

「刺客って……誰を殺そうと……?」

「……マリちゃんのお父様、安藤孝之を暗殺するために、相良正尚は関西に刺客を送り込んだ。そしてその刺客とは……」

 朋子がそう言いかけた時、どーんと地上でも割れたかのような耳をつんざく音が鳴り響いた。慌てて窓から外を覗くと、遠くに黒煙が見えた。

「黒煙……どうして!?」

「た、大変です!新田さん、急いできてください!」

 慌てて走ってきたのは精鋭部隊の隊長・佐伯だった。彼は真理子と西条も来るように声を掛け、三人を大道寺の元へと連れていった。

「新田君……日本はもう終わりだ……プロメテウスが実行された。今、彼に頼んで関東の軍にアクセスしてもらった。爆弾が地球へ向かっている……もう止められない。誰にも……。さっきの爆音、あれのせいなんだ……」

 大道寺はそう言ってモニターを指差した。そのモニターに見えたものは、二つの大きな物体だった。

「あ、あれって……」

「奥の物体はウイルスを積んだ爆弾、手前のはオゾンを含んだ新型爆弾です」

「ウイルスとオゾン……一体何が起ころうとしているんですか!?」

 真理子が叫ぶ。

「……これがプロメテウス計画なんだな……」

 西条の言葉に大道寺は頷く。

「ゼウスがプロメテウス計画を実行したのね……」

 朋子がそう言った。

「プロメテウス計画を止めるには、ゼウスにアクセスするしかない。今回の全ての事態を引き起こしたのはゼウスという人工知能だもの……」

「そんな……この事態を招いたのは人工知能だなんて……。機械じゃ罰することも出来ない……」

「マリちゃん、ゼウスはあの二つの爆弾を地球に落とそうとしてる。それを阻止してほしいの。プロメテウス計画だけは阻止しないと。プロメテウス計画の“すべての計画を生き延びたものが新世界の新人類となる”なんて、あんなの嘘よ。爆弾が落とされれば人類は消滅。ただし、地球は真っ新になる。人類がいなくなったあとの地球には人工知能たちが蔓延はびこるのよ。二人なら分かるでしょう?ウイルスとオゾンと言えば何なのかを!何とかしてここからゼウスにアクセスできない?」

 困惑の表情を浮かべている真理子をよそに、西条が静かに話し始めた。

「オゾンは地球の紫外線の量を調整しているだけでなく、殺菌やウイルスの不活化、有機物の除去に使われる。ただし、急性の中毒症状も起きる。目や呼吸器が侵され、高濃度になると呼吸困難や麻痺、昏睡状態になり、放置しておけば死亡する。つまり、ウイルス爆弾を投下し、時間差でオゾン爆弾を投下する。ラルドウイルスで死ななくても、オゾン爆弾によって確実に死に至る。……つまり……」

 朋子は頷いた。それを確実に止めなければ、人類は消滅。真理子はキーボードに手を置いた。モニターを確認し、手元の機械を確認する。深く短く息を吐きだすと、モニターに画面を立ち上げた。ハッキングプログラムの画面だ。

「二つの爆弾の正確な位置を割り出します。爆弾には恐らくGPSが搭載されているはず。そうじゃないと、確実に日本には落とせませんから……」

 キーボードをたたき、プログラムを組んでいく。見たことないスピードで英語や数字が羅列する。真理子の目はモニターとパソコン画面を交互に行き交っていた。

「この二つの爆弾にアクセスするには、コードが必要……。コードは……コードが分からない……」

「あいつなら……ゼウスなら知ってるはずだ」

 西条はそう言った。

「でも、ゼウスには聞けない……」

「聞けるさ……俺がゼウスを連れてきてる」

 西条はそう言うと、自分のポケットから一枚のメモリーカードを出した。

「これ使え。ゼウスのメモリーカードだ」

「え、これ……」

「研究所の中の……俺の部屋にあったゼウスのだ。あそこを出る前に破壊して取り出してやった。あとで壊してやろうと思ってな。でも、置いといてよかった。そのメモリーカードはゼウスの脳だからな……」

 真理子は西条からメモリーカードを受け取ると、目の前にある装置で読み込んだ。


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