驚く彼らの前に現れた精鋭部隊。

 それは内閣総理大臣・特殊精鋭部隊の六人だった。

「ここで大人しく研究所を渡すか、無駄な抵抗をして犠牲者を出すかは、あなた達次第だ。我々は、実弾の発砲を許可されている。計画を潰すためなら犠牲者が出ることをいとわない」

「君たちが何を勘違いしているのか分からないが、ここは私たちの研究施設だ。誰が何を言ったのかは分からないが、ここを渡す気はない」

「そうか……こちらの言ったことを理解していないようだな……だったら……」

 緊張感が漂う部屋に、空気を割く音が響いた。思わず身がすくむ。辺りを見渡す。しかし何も起きていない。

「今のは空弾だ。二発目は実弾を撃つ。さあ、どうする?」

「……上の者に尋ねる。少し待っていてくれないか……?」

「分かった。そのもぜひ、連れてきてもらおうか」

 高田は朋子がいる専用スペースへと歩いていった。背後には部隊の視線が痛いほど伝わってくる。

「中原様、非常事態です……」

「さっきのは銃声?何が起きてるの?」

「分かりません。しかし、武装したグループがここに侵入しました。あなたを連れて来いと……」

「……そう。分かった。ここは私が行くわ……」

 朋子はそう言って立ち上がる。後ろには高田が付いていた。

「いきなりの発砲なんて穏やかじゃないわね……。何事なの?」

「出てくるの遅いですよ。……新田さん」

  部屋に衝撃が走った。新田と呼ばれて微笑んでいるのは、自分の仲間で、自分たちの上に立つ最高責任者だからだ。

「ごめんね。ちょっと楽しんじゃって。で……どうなってるの?」

「研究所を渡すつもりはないそうです」

「そう……なら仕方ないか……私が話しましょう」

 朋子は高田たちに向き直り、口を開いた。

「本当にこの施設を渡す気は無いの?」

「あ、中原様……これは一体……」

「あら、気付かなかったの?あなた、勘も良いし、腕も良い隊長でしょう?私はある任務でここにいたの。私の名前は新田朋子。聞いたことない……?」

「新田……朋子……?」

 朋子を前にして、幹部メンバーは怖気おじける。何が起きているのか分からず、動揺しているのが見て取れる。

「新田朋子……総理直属の諜報員か……」

「そう、正解よ。私は総理の指示で“ある計画”を阻止するためにここに送り込まれた。けど、それは失敗。事態が起きた。この後に待ち構えている計画だけは絶対に阻止しなければならないの」

「あなたは我々の敵だったんですね……。仲間だと思っていたのに……。だからあなたが隊長にどんな言い方をしても、我慢していた。けれど、あなたが自分で敵だと言うのなら、私は一切の手加減はしません」

 相良は高田の前に立ち、朋子を睨んだ。

「相良くん、あなたにも教えてあげるわ。この地下にいるでしょう……?あなたの父親が。いえ、かつては父親だったものが。彼をベクターにしたのはあなたが命を懸け、忠誠を誓い、そうやって身を挺して守る高田なのよ」

 朋子の言葉に、一同が高田に視線を向ける。

「この計画はが考案したもの。でもその人は大勢の何の罪もない人を傷つけるからと断念した。けれど、その計画に魅力を感じたあなたの父親が、元の計画に“あるもの”をプラスし、あたかも自分が考案した計画のように発表した。そしてそれが、議会で承認された。けれど、そこで問題が二つ浮かび上がった。一つは“それ”を作り出す場所、そしてもう一つは本当に上手く行くのか……そのためには“犠牲者”が必要になるということ。そこにいる男は、自分の安全な場所と地位とを引き換えに“犠牲者”を出すことに了解したの。その“犠牲者”があなたの父親よ」

 朋子は相良に説明した。高田がどんな人間で、どんなことをしてきたのかを。彼は疑いと後悔の目を高田に向けた。

「私は何も知らず、あなたを守り、この施設のために尽くしてきたんですか?あなたに従えば、いい未来になるとそう信じてきたのに……っ!」

「相良、違うんだ……」

「何が違うんですかっ!?どんな言い訳をっ!?私は……父をあんな目に遭わせた人に忠誠を誓い、守ってきたんですかっ!?」

 相良は目に涙を浮かべながら、高田に言った。

「これ以上、あなたの言い訳も聞きたくないし、あなたの顔も見たくありません……」

 朋子は相良のその言葉が出たのを聞くと、再び研究所を返すよう言った。 

「さあ、早く研究所を返しなさい」 

「……渡さない。ここは私の研究所だ。この施設は私が管理してるんだ。政府に渡してたまるか……っ!」

「渡せとは言ってないのよ。返してもらうだけよ。あなた、この施設が誰の物か分かってて拒んでるの?まあ、いいわ。これは最後の切り札だから、取っといてあげる。それで……本当に返す気はないの?」

「ないな……。あるわけない」

「分かった。なら、仕方ないわ……押して」

「了解……」

 朋子が隊員の一人に指示すると、どこからか爆音が響いた。爆発の場所は“ラボ”だ。

「な、何するんだ!!そんなとこ爆破させたら、ベクターが……」

 相良がそう言うも、時すでに遅し。

 コントロールルーム内には地下にいたベクターが集まってきた。感染し、一度は死んだ肉体。意思など残っていなかった。あるのは、感染者を増やすと言うだけだった。

「や、やめろ……こっちに来るな……」

「殺せないでしょ。かつての仲間なんだもんね……。返すと言えば助けてあげる。言わないなら、助けない。どっちを選ぶ?」

 幹部メンバーは一同に高田を見る。その目は助けてくれと訴えている。しかし、ここを渡せば、自分は……。悩む彼を見て、声をあげた者がいた。

「か、返す……返すから、助けてくれ……」

 相良だった。朋子は彼に尋ねる。「あなたが守ってきた人の研究所よ。本当にいいの?」と。相良は「私が守ってきた人はもうここにはいない。私は騙されてたんだ……」と答えた。

「じゃあ、助けてあげる……」

 朋子は隊員たちに目で合図し、ベクターたちを一人残らず射殺した。部屋の中央に物のように積み重ねられたかつての仲間。けれど、涙すら出なかった。

「約束よ。研究所を返してもらう。そして、あなた達幹部の処遇は、総理に一任する。良いわね?」

 朋子が後のことを隊員に任せようと踵を返した。

「で、でもなんでこんなところまでベクターが……ここまで来られない造りになってるはずだ……」

 高田は震える声でそう呟く。

「彼らがここまで連れてきたの。この建物には直通のエレベーターがあることは私も知っている。それで……彼らに頼んでエレベーター内まで連れてきてもらっていたの。そして意図的にエレベーターを停止させた。もちろん、この階でね。あなたはこちらの話に応じないことは何となく分かっていた。だから、箱いっぱいに入ったベクターがこの部屋に流れ込むようにしたかった……切り札として。そして案の定、この部屋にベクターが入ってきた。それはあなたがこちらの要求を飲まなかったから。ちちなみに私がここまで自由に動けたのは、支援者がいるからだけど……これは言わないでおくわね」

 彼女は真理子を迎えに行こうとこの場を後にする。そして振り返った先にいたのは、今までの一連の出来事を見ていた西条と真理子だった。

「これ、どういうことだよ……。どうなってんだよ一体……」

「西条くん、マリちゃん……。迎えに行くと言ったのに、出てきたの?」

「俺が迎えに行ったんだよ。薬を投与した女性の状態を見に行こうって」

「おばちゃん、これってどうなってるの?何があったの?」

 真理子が朋子のことを“おばちゃん”と呼んだのに対し、隊員が真理子の前に立ちはだかる。

「君、この人をおばちゃんって呼んだか?」

「いいのよ。この子はこれで。それにあなたたちが逆らえるような人じゃないわ」

 この流れに既視感を覚える。そうだ……ここへ初めて来たときもこんなことがあった。

「なかは……新田さん、この部隊が、あなたが言う総理の……?」

「ええ。この部隊が、内閣総理大臣・特殊精鋭部隊。つまり、総理直属の精鋭部隊よ。彼らは本当に優秀なんだから」

 二人のやり取りにあっけにとられていた隊員は恐る恐る、朋子に尋ねた。

「新田さん、この二人は?」

「この子が西条隼人くん。私の潜入先の研究員だったの。分析や解析の腕が良くて、仕事も早い。おまけに頭の回転も速いしね。で、この子が安藤真理子ちゃん。同じく研究員よ」

「安藤……真理子……?……まさか……っ!!」

「そう。そのまさかよ」

「この施設内のと幹部の処遇、職員の新たな仕事先は総理に聞くとして……。先にこの二人を総理のところへ案内して。いい?丁重にね。私もあとで向かうから」

「わ、分かりました……。あ、あの、こちらへ」

 二人は隊員たちに案内されながら、部屋を出た。

「さてと……二人がいなくなったから、最後の切り札として取っておいたことを今、話すわね……。さっき話したこと、覚えてるわよね?」

「この施設が誰の物かって……」

 相良がそう言う。朋子は頷き、口を開いた。

「そう。それ、教えてあげる。この施設は……」

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