⑤
[午前七時前]
真理子は朋子に言われた通り、インカムを装着した。すると、しばらくして朋子の声が聞こえた。
『マリちゃん、おはよう。聞こえる?』
「はい。聞こえます……」
『もうすぐ部隊が侵入する。パソコンの準備は?』
「できてます。いつでも言ってください」
『分かった。彼らから連絡が来たら、マリちゃんに伝える。だから、監視カメラ、お願いね』
真理子は頷きながら返事をし、パソコンの電源を入れる。起動音と共に画面が明るくなる。いつでもハッキング出来るように、プログラム画面を立ち上げる。あとは時間との勝負だった。
[午前七時]
『新田さん、もうすぐ到着します!』
「了解。カメラは任せて……。合図するまで監視カメラに気を付けて待機よ……」
『了解!』
朋子は腕時計で時間を確認する。針は七時を指していた。
「マリちゃん、聞こえる?部隊が到着したわ……カメラ、お願いね。成功したら報告して」
『分かりました……始めます……』
マリちゃん、お願いね……。これが成功しなければ……。時間だけが過ぎていく。時計を見ると、まだ五分しか経っていない。それなのにずいぶん長く感じる。
『おばちゃん、出来たよ!監視カメラ、ハッキングして今は私が握ってる。映像も入れ替えてある。いつでも入れるよ!』
「ありがとう、マリちゃん。私が迎えに行くまで部屋から出ないで。危険だから……」
朋子はそう告げると、コントロールルームへと向かった。
いつもと同じ風景。大きなモニターに部隊の姿は無かった。
「侵入開始。私は地下八階、コントロールルームにいるから」
『了解。侵入します……また後程……』
歩きながらそう伝えた朋子は、周りを確認し、いつものように席に着いた。
「中原様、政府から連絡がありました」
「なんて?」
「プロメテウス作戦、実行開始です」
「……分かった。こっちも準備始めましょう……」
高田は朋子にそう告げると、コントロールルームのメンバーに報告を始めた。
「プロメテウス作戦が実行された。政府は多額の資金と膨大な時間を要して…
、この作戦を実行するときを待っていた。我々の本当の計画を今こそ実行する。皆、心して掛かれ!」
高田が力強く告げると、メンバーは「よしっ!」と気合を入れる。しかし、朋子だけは背筋に異様な寒気を感じていた。こんなバカな計画なんて潰してやる……。あなたはここで終わりよ……。朋子は心の中でそう言った。
「じゃあ、私は奥にいるから。何かあったら報告してちょうだいね」
「了解しました」
朋子がコントロールルームの奥にある専用スペースへと移動する。
「入れた?」
『今、エレベーターです。もうすぐ着きます』
「分かった。部屋のロックは開けてあげる。だから少し待機よ」
朋子は真理子に通信した。コントロールルームのロックを解除するよう指示を出す。パソコンを前に、真理子の手が止まる。
「おばちゃん、バンドをかざさないとロック画面は出ないけど……どうする?」
『バンドは関係ないのよ……腕にあるICチップでみんな開けてるの。適性検査室を出るときに、ICチップと識別バンドを連携させますって言ってたでしょ。あれ、嘘なのよ。バンドはただ班を識別するためのもの。だから、コントロールルームの扉を開けるには、それにハッキングして、自分のICチップの番号を入力する。そして、解除番号を入れるだけ。いい?解除番号は“21ⅩⅩⅩ”』
真理子は言われた通りにハッキングを進めていく。額に汗が滲む。流れる汗を気にも留めずに、ただ手だけを動かしていく。
「おばちゃん、解除完了!開いたよ!」
『ありがとう。助かったわ。あとはそこで待ってて。必ず迎えに行くから!あ、そうだ、もう一つだけ頼んでもいいかしら?エレベーターなんだけど……』
[午前七時二〇分]
計画の成功を信じ、実行に力を注いでいた高田たち。彼の指示により、全ての班の業務は一時中断。幹部はコントロールルームへ集まっていた。
「ついに、実行されたんですね……」
「ああ。我々の時代が来るな……」
中央モニターに釘付けになり凝視していたのは、地上を歩くベクターたちの姿。それを“処分”していく軍隊だった。胸には“IFGR”の文字。この施設の関係者だった。
扉が開き、部隊が入ってくる。
「なんだお前たちは!?どこから入った!?」
「ちゃんと礼儀正しく、正面から入りましたよ。気づいてなかったんですか……こんなに人がいるのに……あぁ、カメラだってこんなに設置してあるのに……」
「なんだと、貴様……」
「さあ、返してもらいましょうか……。我々の研究所を……」
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