③
真理子は俯き、西条から目線を逸らした。
彼が真理子に近づく。真理子の手を取り「教えてくれ」と頼む。真理子は小さな声で話し始めた。
「あの時、おばちゃんがこう言ったんです。“キャリアの女性はタンパク質が防御してるのよ”って。だから私もふと思ったんです。人体はタンパク質で出来ている。だったら、ウイルスを防御するタンパク質もあるって。それでがん治療の薬を思い出して……」
「それで、分子標的薬か……。なるほどな……」
「だから、薬が出来たのはおばちゃんが教えてくれたから……。西条さん、私、おばちゃんが悪い人だとは思えなくて……。おばちゃん言ってました。“私は二人の味方だ”って。“ここを潰すためにいる”って。と言うことは、やり方は違っても、私たちが暴こうとしているのと同じってことですよね?」
「俺たちの味方なら、何でここにいないんだ?ここへ来てから、一度も会わなかった。食事中も、仕事中も。怪しいだろ。味方なら、何で傍にいないんだ?」
「それは……きっと何か理由があって……」
「理由ってなんだ?自分はここの幹部で、皆を見張らなきゃいけないから、そばにいれないんだってか?それとも……」
西条の言葉を遮るように、班室の扉が開いた。入ってきたのは雅子だ。
「西条くん、そこまでよ。あなた、マリちゃんに言いすぎじゃない?……私の口から話すから、二人ともここへ座って」
雅子は二人を目の前に座らせると、扉にロックを掛けた。手にはオレンジのバンドが握られている。
「いい?今から話すことを聞いて。誰にも言ったらダメよ?二人がこの施設のことを暴こうとしているのは、薄々気が付いてた。だから、協力しましょう?」
「何であなたと……」
「この施設には表と裏の顔がある。私はそれを暴くためにここに潜入してるの。まあ、スパイってやつね」
「表と裏……?スパイ?」
「ここが研究施設なのはもう分かってるでしょ?表の顔は“Institute For Global Relife(IFGR)”つまり、世界規模の救済研究所って意味。まあ大層な名前だけど、簡単にすると、ここではあらゆる病原体や、人体に関する実験と研究をしてる。それに創薬もね。でも本当は裏の顔がある。それが世界再建計画・特殊作戦部隊、通称ガイア部隊の基地なの。マンガみたいなふざけた名前でしょ。私もね、初めて聞いたときは笑ったわ。アニメの見過ぎだってね。でもね、これは本当のことなの」
二人は雅子の話すことが上手く処理できていなかった。真理子に関しては、目を丸くさせ、きょとんとした顔で雅子を見ている。
「いい?簡単に言うと、表の顔は世界に認められてる研究施設、裏の顔は水面下で実験や研究を繰り返している、簡単に言うとマッドサイエンティストの施設ってこと」
「ここで何の研究を?計画って?」
「国民が腕に着けてるバンド型ICチップを利用して、水面下で実験をしていたの。新世界に相応しい人類を選ぶために。そしてこの計画を立てて今回の事態を招いた。この計画を阻止するためにここに来たのが私ってこと」
「おばちゃんは何者なの?」
「私は……本当は中原雅子じゃないのよ、マリちゃん。本当は新田朋子っていうの。ごめんね、騙してて……」
西条は雅子改め、朋子に質問攻めにした。
「ラルドウイルスってのも、ここが?それも計画なのか?」
「ラルドウイルスを作ったのはここじゃないわ。ここにはウイルスを作れるだけの知識を持った人はいないもの。ただ、それをばら撒くのも計画の一つだったの。そして、その計画の後にはもう一つ計画が残ってる。私は今度こそ、その計画を阻止しなければならないの。あなたたち二人が治療薬を作ってくれて、本当に良かった。このことを、私は報告してくるわ」
「報告って誰にだよ……。待て……あんた、さっき“新田”って言ったよな……まさか……もしかして政府の……」
西条はそこまで口にすると、突然黙った。
「西条くん、あなた本当に勘が良いわね。私が報告する相手、私をここへ送り込んだのは総理よ。大道寺総理。いい?覚えといて。もし何かあったら、大道寺総理に会いなさい。彼なら、きっとあなたたち二人を守ってくれるから」
朋子はそう言うと、部屋を出て行った。
「一体どうなってんだよ……。これ、現実か?まるでドラマじゃねえか……今の俺たちのこの状態、小説一本書けるぞ……」
「でも、私の言った通り、おばちゃんは悪い人じゃなかった。でしょ?」
「中原……いや、新田さんは政府のスパイで、この施設の実態を暴き、計画を阻止しようとしてるってことか……。信用していいと思うか……?」
朋子はIFGRを抜け出し、大道寺の元へ来ていた。
「総理、お話が……」
「新田君、ちょうど良かった。私も君に話があるんだ」
大道寺によって通されたのは、彼のオフィスだった。
「動き出したんだ……あの計画が」
「じゃあ、プロメテウスが……」
「残念ながら、そういうことだ。すでに動き始めてる。君はどうする?」
「私も動きます……。総理、許可を……」
大道寺は朋子に指示を出した。
「対プロメテウス、出動だ……」
「了解しました。あ、総理……薬が出来ました。まだ効果の確認中ですが、おそらく完成かと……」
「は……なんと……例の二人がか?さすが君が見込んだ二人だ。よくやった……」
朋子はそれだけを伝えると、議事堂を後にし、ある場所へ向かった。議事堂から少し離れた場所にある、一見普通の企業。扉を開き、中へ入ると武装した男性が数人朋子を見る。
「お疲れ様です、新田さん」
「お疲れ様。ここは変わりない?」
「はい。それよりも、計画が始動したと……本当ですか?」
「ええ。総理から聞いた。間違いないわ。対プロメテウス、出動よ。準備は?」
数人の隊員たちはお互いを確認し「よしっ!」と声を揃えた。朋子は彼らを見回し、「頼んだわよ」と声を掛ける。
「明日、作戦通り実行よ。私は先に研究所へ戻って準備を完成させる。時間は、朝食後から業務開始までの短い時間よ。行けるわね?」
「大丈夫です。では、我々は明朝よりそちらへ移動します。到着時刻は七時を予定」
「分かった。作戦通りに頼むわね。じゃあ、私は戻るから」
「あ、新田さん!監視カメラの件は……」
「大丈夫、私に任せて!いい人がいるのよ」
朋子は口早にそう告げると、急いでIFGRへと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます