真理子は俯き、西条から目線を逸らした。

 彼が真理子に近づく。真理子の手を取り「教えてくれ」と頼む。真理子は小さな声で話し始めた。

「あの時、おばちゃんがこう言ったんです。“キャリアの女性はタンパク質が防御してるのよ”って。だから私もふと思ったんです。人体はタンパク質で出来ている。だったら、ウイルスを防御するタンパク質もあるって。それでがん治療の薬を思い出して……」

「それで、分子標的薬か……。なるほどな……」

「だから、薬が出来たのはおばちゃんが教えてくれたから……。西条さん、私、おばちゃんが悪い人だとは思えなくて……。おばちゃん言ってました。“私は二人の味方だ”って。“ここを潰すためにいる”って。と言うことは、やり方は違っても、私たちが暴こうとしているのと同じってことですよね?」

「俺たちの味方なら、何でここにいないんだ?ここへ来てから、一度も会わなかった。食事中も、仕事中も。怪しいだろ。味方なら、何で傍にいないんだ?」

「それは……きっと何か理由があって……」

「理由ってなんだ?自分はここの幹部で、皆を見張らなきゃいけないから、そばにいれないんだってか?それとも……」

 西条の言葉を遮るように、班室の扉が開いた。入ってきたのは雅子だ。

「西条くん、そこまでよ。あなた、マリちゃんに言いすぎじゃない?……私の口から話すから、二人ともここへ座って」

 雅子は二人を目の前に座らせると、扉にロックを掛けた。手にはオレンジのバンドが握られている。

「いい?今から話すことを聞いて。誰にも言ったらダメよ?二人がこの施設のことを暴こうとしているのは、薄々気が付いてた。だから、協力しましょう?」

「何であなたと……」

「この施設には表と裏の顔がある。私はそれを暴くためにここに潜入してるの。まあ、スパイってやつね」

「表と裏……?スパイ?」

「ここが研究施設なのはもう分かってるでしょ?表の顔は“Institute For Global Relife(IFGR)”つまり、世界規模の救済研究所って意味。まあ大層な名前だけど、簡単にすると、ここではあらゆる病原体や、人体に関する実験と研究をしてる。それに創薬もね。でも本当は裏の顔がある。それが世界再建計画・特殊作戦部隊、通称ガイア部隊の基地なの。マンガみたいなふざけた名前でしょ。私もね、初めて聞いたときは笑ったわ。アニメの見過ぎだってね。でもね、これは本当のことなの」

 二人は雅子の話すことが上手く処理できていなかった。真理子に関しては、目を丸くさせ、きょとんとした顔で雅子を見ている。

「いい?簡単に言うと、表の顔は世界に認められてる研究施設、裏の顔は水面下で実験や研究を繰り返している、簡単に言うとマッドサイエンティストの施設ってこと」

「ここで何の研究を?計画って?」

「国民が腕に着けてるバンド型ICチップを利用して、水面下で実験をしていたの。新世界に相応しい人類を選ぶために。そしてこの計画を立てて今回の事態を招いた。この計画を阻止するためにここに来たのが私ってこと」

「おばちゃんは何者なの?」

「私は……本当は中原雅子じゃないのよ、マリちゃん。本当は新田朋子っていうの。ごめんね、騙してて……」

 西条は雅子改め、朋子に質問攻めにした。

「ラルドウイルスってのも、ここが?それも計画なのか?」

「ラルドウイルスを作ったのはここじゃないわ。ここにはウイルスを作れるだけの知識を持った人はいないもの。ただ、それをばら撒くのも計画の一つだったの。そして、その計画の後にはもう一つ計画が残ってる。私は今度こそ、その計画を阻止しなければならないの。あなたたち二人が治療薬を作ってくれて、本当に良かった。このことを、私は報告してくるわ」

「報告って誰にだよ……。待て……あんた、さっき“新田”って言ったよな……まさか……もしかして政府の……」

 西条はそこまで口にすると、突然黙った。

「西条くん、あなた本当に勘が良いわね。私が報告する相手、私をここへ送り込んだのは総理よ。大道寺総理。いい?覚えといて。もし何かあったら、大道寺総理に会いなさい。彼なら、きっとあなたたち二人を守ってくれるから」

 朋子はそう言うと、部屋を出て行った。

「一体どうなってんだよ……。これ、現実か?まるでドラマじゃねえか……今の俺たちのこの状態、小説一本書けるぞ……」

「でも、私の言った通り、おばちゃんは悪い人じゃなかった。でしょ?」

「中原……いや、新田さんは政府のスパイで、この施設の実態を暴き、計画を阻止しようとしてるってことか……。信用していいと思うか……?」


 朋子はIFGRを抜け出し、大道寺の元へ来ていた。

「総理、お話が……」

「新田君、ちょうど良かった。私も君に話があるんだ」

 大道寺によって通されたのは、彼のオフィスだった。

「動き出したんだ……あの計画が」

「じゃあ、プロメテウスが……」

「残念ながら、そういうことだ。すでに動き始めてる。君はどうする?」

「私も動きます……。総理、許可を……」

 大道寺は朋子に指示を出した。

「対プロメテウス、出動だ……」

「了解しました。あ、総理……薬が出来ました。まだ効果の確認中ですが、おそらく完成かと……」

「は……なんと……例の二人がか?さすが君が見込んだ二人だ。よくやった……」

 朋子はそれだけを伝えると、議事堂を後にし、ある場所へ向かった。議事堂から少し離れた場所にある、一見普通の企業。扉を開き、中へ入ると武装した男性が数人朋子を見る。

「お疲れ様です、新田さん」

「お疲れ様。ここは変わりない?」

「はい。それよりも、計画が始動したと……本当ですか?」

「ええ。総理から聞いた。間違いないわ。対プロメテウス、出動よ。準備は?」

 数人の隊員たちはお互いを確認し「よしっ!」と声を揃えた。朋子は彼らを見回し、「頼んだわよ」と声を掛ける。

「明日、作戦通り実行よ。私は先に研究所へ戻って準備を完成させる。時間は、朝食後から業務開始までの短い時間よ。行けるわね?」

「大丈夫です。では、我々は明朝よりそちらへ移動します。到着時刻は七時を予定」

「分かった。作戦通りに頼むわね。じゃあ、私は戻るから」

「あ、新田さん!監視カメラの件は……」

「大丈夫、私に任せて!いい人がいるのよ」

 朋子は口早にそう告げると、急いでIFGRへと戻った。

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