「αタンパク質……?」

 真理子は尋ねた。西条は記憶を引き出しながら、彼女に説明する。

「ああ。ザンビアへ行った時の、キャリアの女の子の話したの覚えてるだろ?その子の体にあったタンパク質と同じなんだ。あの時は免疫系の変化か、生まれ持った体質かと思ってたけど……」

「先輩はそのαタンパク質を基に薬を作ったんですね?」

「そうだ……あの時、先輩はαタンパク質を基に抗マラリア薬を使った。だとすると、今回のラルドウイルスも同じ方法でいけば……」

 西条の頭の中に薬の設計図が出来たように思えた。

 何かを思い出し、納得したかと思えば、真理子に指示を出し、素早く何かを調合していく。時折、液体を顕微鏡で確認し、少しずつ何かを変えていった。

 西条たちの治療薬作りも佳境に入ろうとしていた時、地下の“ラボ”では異変が起こっていた。様子を見に来た高田は急いで相良に連絡する。

「相良、今すぐラボに来れるか?」

『どうかしましたか?』

「都築が死んだ……」

『すぐ行きます!』

 高田は扉越しに、部屋の中を見ていた。しばらくしてラボの扉が開き、相良が入ってくる。

「隊長……!」

「都築が死んだんだ。でも今、生き返った……どうなってる……これは、ただのラルドじゃないのか?」

 相良は目を丸くして、部屋の中を覗く。確かに、部屋の中で変わり果てた都築が歩いている。本当にゾンビだ。地上にいるはずのが今、自分の目の前に確かにいる。

「ほ、本当に都築は死んだんですか?例えば、呼吸しているのが分からなかったとか、あとは……ほら、もしかしたら仮死状態になっていたとか……体温が低くなって……」

「相良、彼らには心電図モニターが付いてる。その波形が直線になった。と言うことは心臓が止まったってことだ。それなのに、しばらくして立ち上がり歩き始めた……。私には何が起こってるのか全く理解できない……。もうお手上げだ」

 高田も憔悴しているように見えた。もうこの施設はボロボロだ。そう思った。そこに連絡が入った。

「なに……!?本当か!?」

 彼は通信を切るなり、部屋を飛び出した。その後を相良も慌てて追いかける。ついた先はコントロールルームだった。高田に連絡したのは、かつてULIの部長だった林田だ。

「安藤、どういうことか説明してくれ」

「治療薬が完成したかもしれないんです。これ……」

 西条の手には確かに、黄色っぽい液体が握られていた。

「それは……本当に薬なのか?効果はあるのか?」

「それを確かめるために、治験したいんだ。だから、この施設内にいる感染者に投与させてくれ」

「……施設内にいる感染者……?な、なんだそれは?」

「ここまで来てとぼけるなよ。いるんだろ?この施設内に、あんたたちが言うベクターが。主任は俺が頼んだ検体を全て持ってきてくれた。短時間にあれだけのものを用意できると言うことはここにベクターがいるってことだ。本当にこの事態を抑えたいんだったら、もうとぼけるのはよせよ」

 高田は深く長いため息をついた後、二人を案内した。あの“ラボ”の場所へ。

「ベクターはこの中だ……」

 高田がバンドをかざすと、重い扉が音もなく開かれる。

 長い通路が見える。何とも言えない重々しい空気がそこにはあった。

「主任はここから検体を採ってきてたんですね……」

「そうだ……。初めから今まで、全部ここからだ」

「この女の人がキャリア……?」

 真理子は硬質ガラスの奥に見える女性を見つめる。ベッドに横になり、眠っていた。心電図モニターは正常な波形を作っている。体温も、呼吸も、心拍も、全てが正常に見えた。

「西条さん、この方に投与しませんか?この方に効果があり、ウイルスが消えたら……」

 彼女が何を言いたいのか西条には分かったようだった。

「この女性に投与する。いいな?」

 高田は否が応でも、承諾せざるを得なかった。しっかりと頷いたのを確認してから、二人は扉を開けるように相良に言った。

「私も君たちと共に入る。いいな……」

 彼はバンドをかざし、ロックを解除した。電子音と共に扉が開く。二人は顔を見合わせ、頷いた。少しずつ女性に近寄り、声を掛ける。

「お休みのところすみません。聞こえますか?」

 女性はゆっくり目を開け、真理子をじっと見る。

「……だれ……?」

「ここの職員で、研究員の安藤です。お薬の投与をさせてください」

「薬なんかないんでしょう……?聞いたわ……この病気には効果のある薬なんてないって。何をしても無駄よ……」

「あ、これです……この液体がお薬です。どんな副作用が出るか、本当に治るのかは、正直に言うと分かりません。ですが、効果はあると思うんです。投与させていただいても構わないですか?」

「別にいいよ……その薬使っても。どうせ治ったとしても私はもう一人だし……」

 女性が承諾したのを確認し、西条は小さなバックをベッドの上に置いた。チャックを開けると、採血をするための器具が詰まっている。

「今から採血をして、薬を打ちます。しばらくは俺たちがここにいますので、何かあったら、すぐに言ってください」

「……はい」

「じゃあ、始めますね。マリちゃん、記録してくれる……?」

 二人はこの事態を抑えるべく、何日もかけて作った薬を今、彼女に投与しようとしていた。

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