地上に研究所が見えてくる。屋上には緑のバンドをしたグループが見える。医療班だ。ヘリはゆっくりと屋上ヘリポートに着陸した。都築がヘリの扉を開ける。熊田たち隊員が下りてくると、奥に生存者三名が確認できた。

「三名に感染兆候なし、迅速検査でも陰性。男性二人に怪我はなし。女性は左足の骨折だ。以上」

「了解であります。あとのことは自分たちに任せてください」

「おう。じゃあ頼むな」

「はっ!お疲れさまでした!」

 都築が頭を下げると、制圧班・保護班のメンバーは先に検査棟へと入っていった。施設内に入るには、屋上ヘリポートから検査棟、適性検査室を抜けて、エレベーターに乗り込むしか内部に入る方法はない。手間はかかるが、その分安全性が確保されているのだ。もし仮にこの研究施設で感染者が発生したとしても、すぐに制圧できるように設計されている。

「君たちも今日はご苦労だったな。初めての実践にしては大したものだ。よく落ち着いて行動が出来たな。保護班のメンバーもご苦労だった」

 熊田はエレベーター内で現場に赴いた班員たちを労った。「あ、ありがとうございます」誰かがそう言ったのと同時に、エレベーターが各階に到着していく。それぞれが自分の持ち場へと戻っていく。

 生存者が施設内に到着したと、相良に連絡が入った。彼は解析班の班室から出ると、廊下で対応に当たる。

『相良、聞こえるか?』

 声の主は高田だった。

「はい、聞こえます」

『検査棟には連絡を入れておく。今から向かってくれ。もし万が一のことがあれば……』

「分かっています。任せてください」

 高田は彼のその言葉を聞くと、通信を切った。そして、検査棟にいる医療班へ連絡を入れた。

 検査棟では救助された三名の検査が行われていた。問診、事態発生から今日までの一連の流れ、怪我や病気の有無、持病など様々な質問と共に、検査が進められていた。

「では、事態発生から今日までは、スーパーなどの商業施設にいたんですね?」

「はい……。まずは水や食料を確保したほうが良いかなと思って……。でも、すでに持ち去られたりしてて……。やっとあの場所で水を手に入れられたんです。あとは救助を待つだけだと思っていたら、一緒に逃げてた女性がケガをして」

「あの女性はお知り合いですか?」

「いえ、逃げてるときにたまたま。女性が一人だと危ないかなと思って、声を掛けたんです」

 医療班の一人、海老名が男性に質問をしていた。ある場所ではもう一人の男性の検査が行われている。

「では、腕を出してください。採血をします……」

「これは何の検査なんですか?」

 男性が問いかけるも、返事はしない。そして、カーテンを挟んだスペースでは骨折をした女性の検査と処置が行われていた。女性は固定の痛みに顔を歪め額に汗を滲ませていた。

「もう少しでギプス固定も終わりますからね。固定が終わったら痛み止めを処方します。あともう少し我慢してくださいね……」

 処置にあたっていたのは、尾崎だ。女性は頷く。彼女は頭の中で今後の流れを確認していた。その時、検査棟に放送が響いた。

『高田だ。検査中に申し訳ない。相良をそっちへやった。あとは彼の指示に従い、行動してくれ。以上だ』

「みんな、聞いたか?……相良さんが来たら、全員の状態報告をしよう。それが終わったら、あとは相良さんの指示に従うんだ」

 都築がそう言ったとき、検査棟の扉が開いた。

「都築、現状報告を」

「はっ。男性二名の検査は異常なし。現在は問診等を行っています。女性に関しては、開放骨折を起こしていたので、処置を行いこの後レントゲン撮影を。その後検査、問診を行います」

「女性はどこに?」

「尾崎さんが処置に……奥です」

 相良は彼から場所を聞くと、部屋の奥へと歩いていった。カーテンを開けると、ギプス固定を施した足が見える。尾崎が検査を行い、問診を行っていた。

「あ、相良さん……」

「状態は?」

「あ、はい。左腓骨の骨折です。レントゲン撮影をしたところ、状態はそんなに悪くありませんでした。処置としてギプス固定をしています。ただ痛みが強いようなので、痛み止めを処方しようかと。あ、すでに血液検査は終えてますので、あとは結果を見て感染徴候がないことを確認します」

「分かった。問診と流れは?」

「既往症なし、アレルギー、持病なし。事態発生から今日まで偶然知り合った男性二人と逃げていたようです。スーパーに入るときに骨折。その後はスーパーの中に隠れていたと……」

「骨折時の状況は?」

「あ、それはまだ……今からはな……」

 彼女がそこまで言いかけた時、高橋が血相を変えて走ってきた。手には青く光る液体と、タブレットがあった。

「あ、相良さん、尾崎さん……ちょっと」

 高橋は二人を女性から離し、震えた声で話し始めた。

「時間がないので、単刀直入に言います。……あの女性は感染者です。実はさっき保護班から連絡があり、女性の検体だけが青く光っていると報告がありました。現場での迅速検査では異常なしと判断されたようですが、検査薬の反応が遅かったか、上手く検体が採れなかったことが原因かと……」

「つまり、ここへ連れてきたは良いが、感染者だということだな?」

「はい、そういうことです」

「で、でも……女性に症状は出ていません。体温正常、皮膚症状なし……問題はどこにも……」

 相良は一人、適性検査室へ入り、高田に報告した。

「隊長……感染者です」

『なら、今すぐラボに連れて行くんだ』

「それが……感染者に間違いはないですが、症状が出ていません」

『……解析に回せ。感染者のあらゆる検体を採取し、解析班に分析させるんだ。誰にも何も言うな。感染者はとりあえず、ラボの個室に隔離だ。……ラボのことは口を滑らせても言うな』

「……了解」

 相良は検査棟へ戻り、都築たちを集めた。

「女性は感染の可能性がある。とりあえず、女性のあらゆる検体を採取してくれ。皮膚、唾液、血液など、分析に使える検体を全て採取するんだ。その後のことは私に任せてくれて構わない。都築以外は男性二名の適性検査に……以上」

 医療班のメンバーはどこか腑に落ちない顔をしていたが、幹部の指示は絶対。逆らうことも、異議を申し立てることも敵わなかった。

 指示をしてから数分後、都築が相良に声を掛けた。

「相良さん、検体の採取が終わりました。これ……」

 都築は病理組織容器やプレイン容器、ポリスピッツ容器に入れた検体を相良に手渡した。

「助かった。ありがとう。あとはこっちでやっておくから、君は適性検査室へ行ってあとの四人を手伝ってやってくれ」

「はっ、了解しました!」

 彼が隣の部屋に入っていったのを確認し、相良と高田のみが知る隠し扉を開く。普段は壁に同化し見えないが、バンドをある場所にかざすと反応し開くようになっていた。彼は女性を車いすに乗せると、通路へと進み、“ラボ”と呼ばれる場所へ降りて行った。人間二人がやっと入れるほどの広さで、他のエレベーターとは異なる、独自の電源を持ち合わせたもの。これを相良が自力で見つけた際に高田は彼を副隊長に任命したのだ。周りをきちんと見ることができ、自分でしっかりと判断することも出来る。仕事に対しての責任もしっかりあり、意欲もある。なにより、観察眼があった。高田は相良のそれに惹かれたのだ。

 扉が開いた。数段の階段を下ると、厳重なロックがかかった扉が見える。バンドをかざし、ロック解除番号を入力する。すると、電子音と共に白い光が目に入る。あまりのまぶしさに目がくらんだ。

「待ってたぞ……」

「隊長……」

「この女性か?」

「はい」

「確かに、見たところ症状はないな……。彼女を個室に隔離したら、すぐ検体の分析にかかるんだ」

「了解です」

 二人は短い会話を交わし、女性を隔離した。どこからともなく聞こえる唸り声。相良は奥へと進み、ある一室をじっと見る。そこにいたのは地上にいるはずの感染者の姿だった。

「いつか、あなたを治します……必ず。それまで待っていてください……」

 彼はそれだけを言うと、部屋の前にあるプレートを指でなぞった。彼は唇を噛み締め“ラボ”から逃げるように部屋を出た。【相良正尚さがらまさなお】プレートにはそう書かれていた。

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