その頃、相良の後をつけていた西条は地下八階まで来ていた。

 相良は扉の横にある認証システムにオレンジのバンドをかざす。扉が閉まりかけた瞬間、西条が体を滑らせ、中に侵入した。身を隠しながら、相良の後を追う。ここはどこだ……。一二台のパソコンに、大きなモニターが三台。入口から一番遠いモニターの横に、二人の人物が座っていた。顔が良く見えない。近づいていく西条。音を立てないように慎重に進む。

「それで……潜入先はどんな感じで?」

「そうね……さすが関西一の企業ってとこかしら……」

 聞き覚えのある声が耳に入る。そっと覗くとそこにいたのは隊長の高田と雅子だった。おもわず声が出そうになる。彼は慌てて自分の口を手のひらで塞いだ。

「隊長、中原様」

「どうかしたか?そっちの状況はどんな感じだ?」

「それが……あのサンプルが血液だと言うことは突き止められて当然なんですが……血液型と病原体の存在を突き止められてしまいました。病原体は小さくて発見しにくいが、必ず、この病原体が何なのかを突き止めると。恐らく、こちらの計画を知られるのも時間の問題かと……」

 高田は、雅子の顔を見る。彼女は笑っていた。

「何が可笑しいんです……?」

 彼はそう尋ねた。雅子はどこか自信ありげな雰囲気で話し始める。

「血液型は置いておいたとしても、病原体の存在にこんな早く気付くなんてさすがね……彼らは……」

「彼ら……?」

「ええ。解析班にいるんでしょう?元研究員の二人が……」

「もしかして、安藤と西条の二人のことですか?」

 雅子は深く頷いた。

「彼女たち二人は私の潜入先の研究員よ。かなり優秀だし、安藤に関しては、ベクターの特性に気付いてるわ。おまけに、パソコンの腕も良い。研究や分析に関しては二人はラボの一、二を争う腕よ」

「ベクターの特性に気付いてる……?じゃあまさか……」

「そのうちラルドに関しても気づくでしょうね……」

 西条は三人の会話に釘付けだった。ベクター?特性?それに……ラルド?何のことだ……。考えていると、相良が出口に向かって行くのが見えた。彼の後をまた追う。部屋を出るにはバンドをかざさなければならない。そんなことをしたら、自分がこの部屋にいたことがバレてしまう。慌てて静かに後を追う。

 相良はバンドをかざし、部屋を出た。その後をバレないように西条がついて出る。彼はエレベーターとは異なる方向へ歩いていった。西条は急いでエレベーターに乗り込み、解析班の部屋へと戻っていく。

 部屋に入ると、真理子たちは分析を続けている。真理子とふと目が合った。

「西条さん……あ、お腹は大丈夫ですか?」

 一瞬何のことか理解できなかったが、真理子がごまかそうとしているのに気付き、「ああ。久しぶりにお腹を下したよ……」と笑う。そして、弓削と席を代わり、顕微鏡を操作し始める。

「これ……」

「病原体だけ取り除いておきました。弓削さんは手先が器用みたいで、手伝ってくれたんです。五十村さんは病原体の特性をパソコンに全部打ち込んでくれたんですよ。五十村さん、打つのが早くてびっくりしちゃいました」

 真理子に笑いかけられた二人は、どこか嬉しそうで少し照れていた。西条は「ありがとう。助かったよ」と二人を労う。

「病原体だけを集めたんだよな……?これ、一体なんだろう……」

「分かりません……あの時のⅩと同じもののようなんですけど……」

「そのⅩって何……?」

 佳奈が尋ねてきた。真理子は「あ、正体が分からない病原体のことをⅩとか、アルファベットで呼ぶの。名前が無いと分析する上で区別しにくいから……」とごまかす。「へぇ……やっぱりこういう仕事って難しいんだね」と佳奈は納得したようだった。

「安藤さん、言われたの洗い終わったよ」

「ありがとう。あ、薬品棚の中にアルコールってある?」

「ちょっと待ってね……あ、うん。あるよ?そっち持っていくね」

 真理子は羽衣にアルコールを取ってもらい、シャーレの中に数滴落とした。

「アルコールなんかどうするんだ?」

 西条にそう聞かれ、真理子は答える。「病原体にアルコールを掛けてみるんです」と。西条は「なるほど……不活性があるか調べるんだな」と理解したようだった。

「もし不活性がある病原体なら、少しずつこのⅩの正体を突き止められるかも」

 アルコールで不活化する病原体なら、どんな病原体でどんな特性があるのかを解明する手掛かりになる。それに防ぐことだって可能だ。

 アルコール以外に何か分析に使えそうなものはないか、物色し始めた。真理子たちは病原体の正体を突き止めようと必死だった。

「解析はどんな感じだ?」

 相良が戻ってくる。

「今はアルコールを使用して、病原体の不活化を確認しています」

「不活化……?」

「病原体の働きが失われるか、弱化するかと言うことです。特に、ウイルスや細菌の感染力や毒性を弱毒化できるかどうかを調べています」

「それで……その不活化が見られたら、どうするんだ……?」

 真理子は相良にこれからの流れを説明した。

「私たちはこの病原体を“Ⅹ”と呼んでいます。このⅩにアルコールでの不活化が見られたら、次はエーテルやホルマリン、その他さまざまな条件でⅩに変化が見られるかを調べて行きます。その後はⅩの特徴や、病原体の型を一つ一つ調べ、ウイルスなのか細菌なのかを突き止めます」

「ウイルスか細菌かが判別した後は……?」

「治療薬やワクチンを作りますが……なぜそんなことを……?」

「あ、いや……何でもないんだ。ただ、ここでの仕事は全て隊長に報告することが義務なんだ」

 真理子は説明を終えると、また分析に戻った。そして、シャーレの中を顕微鏡を使用して確認する。

「西条さん!」

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