西条は真理子の声に反応し、顕微鏡を覗く。

「不活性が見られます!アルコールには弱いのかもしれません!」

「本当だ……不活化してる……アルコールに対して不活化すると言うことは……」

 西条は腕を組み、部屋の中を歩き始める。時々何かを呟きながら、一人考えていた。

 その頃、残りの五班でもそれぞれの業務が遂行されていた。

 高田は定期的に各部屋を回り、業務の進捗状況を確認していた。

「進捗状況は?」

 そう言って高田が入った部屋は、医療班の部屋だった。

 医療班の業務は施設内職員の体調管理・診察・治療等を行い、施設内に新しく生存者が輸送されてきた際の検査・診察を行う。また、薬品庫の管理もしており、医療全般を施すことだった。

「順調に進んでおります!」

 元軍人かと思わせる口調で返事をしたのは、医療班主任の都築つづきだった。

「うん……そのようだな。今は何をしていたんだ?」

「はっ。今は設備や薬品等について説明をしておりました。また、緊急事態の際や放送があった際の対応について、説明をしておりました」

「なるほど。業務開始前の内容周知は大切なことだ。その調子でやってくれ」

「はっ。お任せください」

 続いて、高田は調達班へと向かった。扉を開けると、さっそく声が聞こえてくる。

「新しく食料は来ましたか?食材は?」

「まだみたいです。来たら報告します」

「お願いしますね。……あ、隊長!みんな、集まって!」

 瀬名たち調達班は、仕事に集中していて高田が来たことに気付いていなかったようだ。この班の仕事は、施設外より食料を確保したり、食料が輸送されてきた際の検疫・保管を行う。また、一日三回、三六五日、施設職員の食事を作ってくれる。

「急がなくて構わない。私が来たことに気づかないくらい、仕事に集中していたのは良いことだ。……今はどんな状況だ?」

「集められた食材・食料を種類ごとに保管していました。また、この施設内にある食材・食料をリストにしています」

「なるほど……。そう言えば、ここのメンバーはやはり女性が多いな」

 自分の目の前に整列したメンバーを見ると、女性が多いのは一目瞭然だった。彼はいつもの食事のお礼を言い、部屋を後にした。それからも高田の見回りは続く。保護班、制圧班、調査班と周り、最後に来たのは解析班だった。

 認証センサーにバンドをかざし、扉を開ける。彼の目に入ってきたのは、顕微鏡を前に、何かの分析をしている真理子と西条の姿だった。あくまでもほかのメンバーは助手に徹していた。 

「みんな、一度手を止めてくれ。隊長がお見えだ」

「手を止めさせて悪いな。今、他の班も見て回ってきたところだ。ここの進捗状況はどうなってる?」

「はい。血液の型を調べ、その中に病原体が入っていることを突き止めました。また、アルコールにより不活化することから、少しずつですが病原体の特定を行ってます。また、病原体の特定が出来れば、治療薬やワクチンの作製に取り掛かる予定です」

 高田は深く、静かに頷いた。

「良かろう……。治療薬やワクチンが出来れば、この事態を鎮めることが出来るだろうからな……。期待している」

 それだけを言うと、彼は部屋を出た。高田が部屋を後にしたその瞬間、真理子と西条は目を合わせた。二人の様子はまるで会話をしているようだった。そして高田は廊下を進み、エレベーターに乗り込む。彼が向かった先は雅子の元だった。

「それで……各班の進捗状況はどうだったの?」

 雅子が聞く。

「アスクレピオスでは、業務内容の周知と非常事態時の説明を行っておりました。クロノスでは、各食料のリスト化に努めております。ウラノスでは、設備・装備の使用目的と使用方法を。アルテミスでは、ベクターに対する防御と攻撃についての訓練を行っていました。アネモイは、ベクターの調査です。都市部をモニター下で監視し、ベクターの存在を場所ごとにリストアップしていました」

 雅子は彼の説明を黙って聞いていた。全て聞き終えたところで、ふと口を開く。聞いたのは真理子たちが所属する解析班・アテナのことだった。

「……そう。アテナはどんな感じなの……?」

「アテナは……少しずつ核心に迫りつつあるようです。血液型を特定したまでは良いですが……病原体を発見し、アルコールで不活化することを突き止めてしまいました。その後は、治療薬やワクチンの開発を目的に分析を進めていくと……」

「……思ったより早いわね……。でもまだ、ラルドの正体には気づいてない……。とりあえず、今のまま分析を続けてもらいましょう。その後のことはまた指示するわ。……じゃあ、私もそろそろ出るわね」

「了解です。今回はどのくらいですか?」

「そうね……三日前後ってとこかしら。三日後に迎えをよこしてくれる?」

 高田は雅子と共にエレベーターホールへ向かった。「送ります」と声を掛けたが、「構わないわ。あなたにはここを頼みたいの」と断られてしまう。彼が優秀な隊長だと言うことを、雅子は誰よりも知っていたからだ。自分がいないときに安心して任せられるのは彼だけだ。

 昼食の時間になるまで、各班は業務を進めていた。手を休めることなく、それぞれの仕事をこなしていく。

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