①
翌朝、アラームの音で目が覚める。まぶしい光が目に入る。夜中に起きたせいで、頭がぼうっとしていた。
重い体を起こし、目を擦る。目の前には昨日と同じ風景。
「やっぱり夢じゃなかったか……」
目覚ましの音を消そうと枕元を見るが、時計はない。どこから音が聞こえているのかと音源を探す。モニターからだ。それに近づき、目覚ましのスイッチを探すが見当たらない。腕についているバンドをかざすと、音が止まった。全ての操作はこのバンドか……。真理子は腕につけられた忌々しいバンドを見つめた。
〈おはようございます。安藤様。ただいまの時刻は午前六時です。七時より朝食でございます。それまではどうぞゆっくりとお過ごしください〉
ゼウスはそう言った。
「あ、真理子~何の音~?」
眠い目をこすり、大きなあくびをしながら羽衣が起きてきた。
「おはよう、倉木さん。目覚ましだってさ。このゼウス、目覚ましの役割もあるみたいでさ。止めるにはバンドをかざすみたいよ」
「へぇ~、ゼウス偉いじゃん。おはよう、ゼウス」
〈おはようございます。倉木様。よく眠られましたか?体調もお変わりないですか?〉
相手を労うことを知っている人工知能。どういえば人間が嬉しいか分かっているのだろうか。真理子はゼウスに疑惑の目を向けていた。
「おはようございます、安藤さん、倉木さん……。さっきの音は目覚ましですか?」
「おっはよ~藤田さん」
「お、おはようございます。倉木さん、朝から元気ですね。いいことでもあったんですか?」
「う~ん、私、朝は強いほうでさ。テンション高いの。ちなみに真理子も朝は強いんだ。まあ、あまりテンションは変わらないけど」
「……そういえば、安藤さんって真理子っていうんですね」
「そうだよ~!真理子って感じでしょ!ちなみに私は羽衣っていうの」
二人は朝から会話を楽しんでいた。適応能力が高いと言うのか、単純と言うのか。真理子にはついていけなかった。それからは洗面室へ行き、朝の支度を済ませる。全てを済ませ部屋へ戻ると、二人が制服を着ていた。
「何してるの?」
「ゼウスがね、制服を着てくださいって言ったの」
「え……ゼウスが?」
「あ、そうなんです。“午前六時四〇分です。朝食の前に制服に着替えてください”って言って……」
真理子は再び、ゼウスを見る。向けているのはやはり疑惑の目だ。全てがゼウスに支配されているようで気味が悪い。しかしここは従わなければ。真理子は制服に着替え始めた。
制服と言っても学校のようなものではなく、見た目はスーツのようなもの。ジャケット・ワイシャツ・スラックス・靴下・ベルト・そして青いバッジ。全て揃えられていた。気味の悪いことにサイズまでちょうどだ。真理子は背筋にひんやりとしたものを感じた。
〈安藤様・倉木様・藤田様、もうすぐ朝食の用意が整います。食堂へ移動してください〉
「は~い。行こう?二人とも」
羽衣はゼウスのことを何とも思っていないのか。不思議に思わないのか。真理子にはそれもまた疑問だった。全てをゼウスに支配されているような気がする。そんな気がしているのは自分だけなのか?真理子の頭はパンクしそうだった。
食堂へ行き、昨日と同じく自分の食事をトレーに載せる。空いている席に座ろうと席を探すと、西条の隣が空いていた。小さく手招きをするのを見て、そっと移動する。
「あ、私あそこが空いてるからそこに行くね」
真理子はそれだけ言い、西条の隣に座った。小さく頷き、西条は椅子を引いてやる。すると、幹部のメンバーがぞろぞろと集まってきた。今日は全員が制服だ。真理子を含めた生存者全員も幹部も、全員が同じスーツに身を包んでいた。ただ違うのは胸のバッジの色のみ。
「皆、おはよう。よく眠れたか?今日からは忙しくなる。覚悟してくれ。それでは食事を始めようか。ゼウス、メニューを」
〈承知致しました。高田様。皆さま、おはようございます。朝食のメニューです。【白米・鮭の塩焼き・卵焼き・味噌汁・サラダ・ヨーグルト】です。それではお召し上がりください〉
ゼウスの合図で幹部たち七人は食事を始める。それを見ていたほかの全員も箸を持った。食堂には次第に話し声や笑い声が聞こえてきた。それを待っていたかのように西条が話し出す。
「昨日、寝る前にゼウスに聞いたんだ。“君のここでの仕事はなんだ”って。そしたら、あいつこう言ったんだ。“皆様のお世話です”って。だから俺は“それは表向きだろ?本来の仕事は何だ”ってもう一度聞いたんだ」
「そしたら、ゼウスは何て言ったんですか?」
「“その質問には答えられません。守秘義務があります”って言った。何だと思う?守秘義務って」
「守秘義務か……。見当もつかないです。実は、私ここへ来てから違和感しかないんです。隊員たちもそうですが、ゼウスにしてもここでの業務についても。部屋の二人はもう慣れたようですが……」
真理子は自分が思う疑問を西条にぶつけた。しかし、疑問に思っているのは真理子だけではなかった。それは西条も同じだった。
「正直言うと、俺も同じなんだ。あの幹部たちを見てみろ。いつも一緒で、何をするにも全員で行動してる」
「でもそれは幹部だからじゃ……」
「食事の時は自由席だろ?けど、幹部たちの席は決まってる。もちろんそれだけじゃない。今、俺が一番疑問に思ってるのは中原雅子のことなんだ……」
「おばちゃんが……?どうしてですか?」
雅子は真理子にとって家族の次に信頼できる存在だった。職場で困ったことがあったとき、一人でどうしようか悩んだとき、いつも相談に乗ってくれた。そんな人がここと関わりがあるなんて信じたくなかった。
「昨日、隊員に連れて行かれてから今朝まで、少しでも見かけたか?夜は?今は?食事だと言うのに、顔すら見ない。おかしいと思うだろ」
「で、でもそれは、きっと何か理由が……」
「もし理由があるとするなら、それはここと関わりがあるからだと俺は思う。君がどう思うかは分からないが、俺は怪しいと思ってる。彼女と一緒に行動してるとき、何か気づかなかったか?今回の事態のこととか、ここのこととか……」
真理子は首を横に振った。何も思い当たらない。雅子を信頼して行動していたから、今更怪しいところがなかったか聞かれても思いつかなかった。
「ま、安藤さん……もしか……」
西条が何か言いかけた時、相良の声が騒がしい室内に響き渡った。
「食事中に申し訳ない。この後の行動について、言っておくことがある。今日から君たちの業務が始まる。朝食が終わり、一旦は自室に戻るがその後は業務だ。時間は八時半から。それまでは各自自由に過ごしてくれて構わない。また時間が来たら、ゼウスが教えてくれる。そうだな?ゼウス」
〈その通りです、相良様〉
「時間が来たら各自の持ち場へと向かってくれ。今から場所を言う。覚えておくように。分からなくなったらゼウスに聞いてくれ」
そう言うと、相良は各自の持ち場を発表した。
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