第三章 違和感

 彼から手渡されたケースの中身は何かのサンプルだった。そうだ、これはあの関東のサンプルの残りだ……。西条はせめてこれだけでもと、持ち出していたのだ。 

 土壌、水、人体から採取されたもの。そしてもう一つは血液。ラベルを探すも名前はない。「この血液は誰の……?」そう西条に目で訴えたが、答えは返ってこない。その時ふと思った。「この血液は感染者の血液なんじゃないか……」と。何でそう思ったのかは自分では分からないが、何となくそう思った。

 けれど、一体誰の……?どうして西条さんが?これも課長から渡された今朝のサンプルなの?と疑問が疑問を呼ぶ。血液が入った採血管を手に、真理子は必死に考えた。もしかして、今回のこの件、西条さんは何か関係があるのかもしれない……一人だけ冷静だし、課長だって見殺しに……。そこまで考えた時、遠くからヘリの音が聞こえてきた。その場にいた全員が空から聞こえる音に安堵した。

 ヘリは上空でホバリングをした後、ゆっくりとヘリポートめがけて着陸する。扉が開き、武器を手にした数人の男たちが下りてきた。その物々しい様子に思わず身構える真理子ら生存者たち。

「遅くなりました、お怪我はございませんか?」

 誰に対して言ったのかは分からないが、一人の隊員がそう言った。真理子たちは頷くと、隊員に囲まれながらヘリの中へと乗り込んでいく。ヘリの中にはすでに生存者がいた。ここにいると言うことは、みんなあの事態を乗り越えた生存者だと言うことを示している。

 真理子たちもまたあの中を生き延びた生存者だった。ULIの生存者、つまり非感染者は真理子を含め全部で二〇人。ULIの職員は二〇〇人いたので犠牲者、つまり感染者は一八〇人という信じられない数になった。

 プロペラ音を鳴らし、ヘリは空高く飛んでいく。時々風に煽られているのか機体が揺れる。

「町がこんなことになるなんて……」

 真理子の呟きは、機体が鳴らす音によってかき消されていた。ふと目の前に座る雅子の顔が目に入る。何かを考えているのか、いつもとは違う表情だった。真理子は視線をずらし、隣に座る西条を見た。西条もまた表情から考えが読み取れない顔で、雅子をじっと見ていた。

『もう少しで到着します。ここから先は安全なので、みなさん安心してください。少し機体が揺れます……』

 ヘッドホン越しに聞こえてくる隊員の声。ヘリにいる生存者たちの顔はどこか安心していた。目的地に到着したのか、機体はゆっくりと高度を下げて行く。体にかかる圧迫感を感じながら、ヘリの扉が開くのを待った。

「長時間、お疲れさまでした。このあと担当の者が案内しますので、ヘリを下りたら今しばらくここでお待ちください」

 隊員はそう言って、ヘリの中にいる雅子に合図した。雅子はそれを何とも思わないのか、すんなりと受け入れ隊員についていく。

「お、おばちゃん……?」

 真理子は思わず、雅子と隊員とを交互に見た。

 雅子の顔はどこかいつもと違う雰囲気で、少し怖さを感じた。

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