③
監視カメラの制度は以前よりも遥かに良くなり、顔の識別でさえ容易にできるようになっていた。これで感染者と非感染者を見分けられる……。
「この映像は……三階よね。てことは……この下か」雅子が言った。
「この部屋に地下に続く抜け道はないから、隣の部門に移動しないと。隣は承認部門よね……移動できるか確認してくるわ」
雅子はそう言って、カーテンを静かに捲る。けれど遅かった。今三人がいるフロアには感染者が集まっていたのだ。二人の元へ戻り、首を横に振る。何のことか察しがついたのか、二人は肩を落とした。
「まるでゾンビみたい……もしゾンビなら音に寄って来るのよね……」薫が呟く。
「ゾンビってあの?」
「ええ……。初めて感染者をこの目で見た時、私この世界がゾンビの世界になったと思ったんです。だから余計に怖くて……。だってこれって、ただの感染ですか?これは感染症なの!?こんな病気が今の地球に存在する!?」
「……私たち研究部門の仕事はサンプルを分析し、それが何なのか突き止めることです。朝、うちの課長からサンプルを渡されました。“関東の土壌から採取したサンプルだ”って。それを分析したら、見たことのない病原体が検出されました。細菌ともウイルスともとれる病原体で、こんなもの今の地球上には存在しません。全くの未知の病原体です。私たち研究部門はこの病原体をⅩと呼ぶことにしました……」
真理子はサンプルの分析からこうなるまでのことを二人に話した。
「だから、この事態がそのⅩによるものなのか……彼らは治るのか定かじゃないんです。彼らがどんな反応を示すのか、ゾンビみたいに凶暴性があるのか、自我や意思があるのか、それも分かっていないんです……」
「そんな……何も分からないなんて……」
今の自分たちには成す術がない。そう思った。ふと薫の顔が赤いことに気が付く。
「相田さん、大丈夫ですか……?顔が赤いですけど……」
「大丈夫です……今、大声を出したから急に暑くなっちゃった。それよりも、感染者たちはゾンビみたいなものになったの……?自我とか意思は本当にないの?」
「……感染者に自我や意思はないわ。ただ感染し、痛みのせいか苦しみのせいか分からないけど……暴れてるだけ。彼らに待ってるのは死よ……」
「お、おばちゃん……何でそんなこと……」
「さっきマリちゃんに会う前にね、彼らの様子を見ていたの。といっても、ほんの一瞬なんだけどね。ほら、同僚が感染してから亡くなるまでの経過を見ていたから……」
少しの違和感を雅子に感じた真理子。しかし、そんな違和感はすぐに吹き飛ばされた。扉を叩く感染者によって……。
「は、早くここから逃げないと……」
薫はうろたえていた。それも無理はない。病原体の正体、感染力、感染手段、何一つ分かっていないからだ。
「私が何とかします……だから協力してください」
先ほどの監視カメラの一件を見ていたからなのか、すぐさま頷いた。
「この部屋の扉は前後の二つです。感染者はここから見えるだけで、五人。その半分が女性です。感染しているため、普段よりも力はないかも。何かあっても、押しのけられるかも……。じゃあ、手順を説明します。まず、後ろのカーテンを半分だけ開けます。そして鍵を静かに開けて扉に手を掛けて待っていてください。私が前の扉を開けます。そしたら感染者は部屋の中に入ってくるかもしれません。感染者が中に入り始めたタイミングで、私たちは部屋から出ます。……上手く行くかは分かりませんが……どうせだめならやってみる価値はあるかも……」
真理子の説明は理解できた。あとはそれを行うタイミングだ。
誰から動き始めたのか、三人は絶妙なタイミングで行動を開始した。
雅子と薫はカーテンを開け、鍵を開け扉に手を掛ける。それを確認した真理子は前の扉の鍵を開ける。そしてゆっくり扉を開けた。それに気付いたのか感染者は唸り声を上げながら部屋に向かってくる。一瞬、腰が引けた。しかし、ここから出ると言う気持ちが真理子の体を動かす。二人の感染者が部屋に入らない……このままでは部屋から出れば、その感染者と鉢合わせする。一か八か音を鳴らそうか……。その時、真理子の脳裏には薫の言葉が浮かんだ。
(まるでゾンビみたい……ゾンビなら音に寄って来る……)
真理子は音を立てた。それに気付いたのか感染者は真理子を睨む。そして真理子めがけて向かってきた。真理子は廊下の感染者が部屋に入ったのを確認すると、一目散に部屋を飛び出す。
「あ……上手く行った……」
「マリちゃん!あなた、本当にすごいわ……今度は私があなたに助けられた。ありがとう」
「おばちゃん……。あ、早く地下に避難しましょう!」
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