幕間

 真理子は昔のことを思い出していた。


 理系大学へ進学し、彼女は難しいと評判の生命科学を専攻。

 幼い時から父の姿を見てきた真理子にとって、科学者になりたいと思うのは当然のことだった。

 ただそれだけではなかった。

 真理子がなぜ科学者になりたいと思ったのか、それはあの地球温暖化による大規模な生命体絶滅危機が影響していた。

 ずいぶん昔から言われていた地球温暖化、研究者がたくさんいたのにも関わらず、それは防げなかった。人類を助けようと、火星移住の話も出ていたらしい。けれど結局は実現されず、あの危機が発生した。

 彼女はいつの日か、それに悲しさを覚えた。

 そして自分も父のような科学者になって、再び危機が訪れた時に役に立てる科学者になる。そう心に決めた。


 二年に進級した真理子は、生命科学専攻の中でも難しいといわれている人体生命分野を選択し、日々、研究と実験、レポートに追われていた。

 難しいと言われているだけあって、彼女は寝る間も惜しんでレポート作成に勤しんだ。そんな彼女を父である孝之は支えてきた。

 彼もまた、娘の姿に影響され良い科学者、良い父親であろうと努力した。


 そして三年生、彼女は生命科学専攻の仲間数人と研究グループを立ち上げ、ある一つの研究に一年を費やした。

 その研究とは「微小生命体が人体に及ぼす影響」についてだった。

 教師からは絶賛され、優秀な生徒に贈られる「優秀生奨励賞」を受賞していた。

 四年生では、それぞれが院生となるのか、就職するのかを決めなくてはならない。

 真理子はもちろん就職を選んだ。そして就職活動を開始した際に、担当教諭からアドバイスを受け、学生課で「SOS登録」をした。

 このSOS登録とは“Student Offer System”の略で、企業から学生に直接オファーが来る制度のこと。真理子が通う大学では「優秀生奨励賞」を受賞している生徒か、成績優秀者にしか与えられない、いわば特権だった。

 真理子には何通ものオファーメールが来る。だが、それは真理子の特性を理解してのオファーではなく、真理子のいわゆる“肩書”目当てがほとんどだった。

 そんな中、ULIからのオファーに目が留まった。

「ここならもしかしたら……」

 真理子はそう思い、担当教諭に相談した。

 父も「ここなら真理子に合うかもしれないな。それにしてもこの企業は父さんのところより凄いぞ。真理子、凄いな」と褒めてくれた。

 誇らしかった。尊敬する父に褒められたこと、父が驚くほどいい企業に就職できること、真理子は素直に喜んだ。

 真理子が四年の夏、父の様子がおかしくなった。

 もともと寡黙なほうではあったが、さらに口数が減り、家庭内での会話は減った。

 いつも話すのは真理子と母親だけ。父はそれにうなずく程度。

 そんな父の様子に真理子は疑問を抱いた。

「どうかしたの?」

 心配して声を掛けても、いつも返ってくる返事は「いや、何でもない」という言葉だった。

 父が何かを隠していることは、真理子も感じていた。夜中に話す母と父の会話を、盗み聞きしたこともある。しかし、やはり父の仕事内容は真理子には理解しがたいものだった。

 そして季節は過ぎ、冬になった。

 父は仕事場から帰ってくることはなかった。始めのうちは「泊りになる」と連絡し、職場から連絡もしてくれた。しかし、ある日を境に連絡すら来なくなった。

 心配になり、父に会いに職場へ行ったこともある。だが、会わせてもらえず、いつも門前払いだった。

 そして、卒業を控えた二月。

 父が亡くなった。

 死因は心臓麻痺。あの元気な父に限って、そんな急に死ぬなんてことあるのか、何度も考えた。

「父に会わせて」

「会うってなんだ。安藤さんはもう死んでいるんだ」

「違うっ!意味わかってるでしょっ!?」

「遺体には誰も触れさせるなと命令だ。それがたとえ家族でも」

 父と仲の良い同僚である天鷲あまわしさんなら、父のこと教えてくれるかも。彼女はそう思い、天鷲という人物にコンタクトを取った。けれど、「彼はいない」とここでも門前払い。

 に関しては何も知らないまま、彼は荼毘に付された。

 真理子は最後まで父の顔を見ることはできなかった。

 彼女の元へ父が帰ってきたのは、彼が骨となったときだった。

 小さな骨壺に入った父親。真理子も母も彼の死が信じられず、実感もなく、ただ茫然とそれを受け取った。

 そして真理子は、ULIに入社した。

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