第4話 恋は刺激的な方がいい?

 探し人は案外簡単に見つかった。

 

 生物準備室から自分のクラスに戻ろうとした時、階段を上った先で、雛乃先生らしき後ろ姿が目に入った。

 すぐにでも声を掛けたかったが、何故か躊躇してしまう自分がいた。


「ひ、雛乃先生……」

 俺の声は雛乃先生の耳に届かず、彼女は先を行ってしまう。


「雛乃先生!!」

 ここで逃したら、連休でしばらく雛乃先生に会うことはできない。そう思うと、俺は大きく声を張り上げて先生を呼んでしまっていた。


「あ、あぁ。雄斗くん」

 ゆっくりと振り返り、雛乃先生は俯いたような表情を見せた後、ぱぁーっと明るい笑顔に変わっていった。


「どうしたの? まだ帰ってなかったんだね」

 雛乃先生はにこやかにこちらへ近づいてくる。


 え、あ?


 歩み寄ってきた雛乃先生はそのまま、俺を抱きしめた。校内の渡り廊下で、周りから見られる可能性は十分にあると言うのに、まさかの行動に不意を突かれる。


「ま、周りから見えてしまいますよ」

 顔が赤くなるのが自分で分かる。押し返して、離さなきゃいけないと思うのに、強く雛乃先生を押し返せない。


「あ、あぁ、ごめん!」

 ようやく離してくれた雛乃さんは、愛らしく誤魔化すような苦笑いをしてみせた。


「少し、お話しできませんか?」

「そうね。でも、私、あまり時間が取れないの」

 社交辞令のような回答に、雛乃さんが俺の前から去って行ってしまう未来を想ってしまう。


「じゃあ、これだけ聞かせて欲しいです。先生と生徒、いえ、雛乃先生と俺だったら、お付き合いってできますか?」


 誰かに聞かれたらまずいだろう。そんな考えが浮かぶ前には既に、言葉が口をついて出ていた。

 告白のちゃんとした返事を聞かなければ、俺はゴールデンウィークをもやもやした気持ちのままで迎えなければならない。


「雄斗くん。私、あなたに隠していることがあるの。それは、いつかきっと、雄斗くんにも伝えなきゃいけない」


 普段は、何を考えてるのか分からないってことが多いのに、今なら雛乃先生の仕草や表情からそれが分かる。雛乃さんの中で、何かしらの不安や迷いが渦巻いている。

 雛乃先生が抱えるそれが、俺を想ってくれていることで生じているものであるということが、たまらなく幸せだと思った。


「それは、俺が雛乃先生を嫌いになる可能性がある程の秘密なんですか?」

 出会って一か月も経っていない俺なんかに気を遣ってくれることが嬉しいと思うと同時に、俺は雛乃先生の迷いを取り去ってあげることが自分の役目なのだと感じた。


「うん、きっと私のこと、嫌いに……」


「絶対に!」

 だから俺は、強く誓う。


「絶対に、俺は雛乃先生のことを嫌いになりません! ずっと先生を好きでい続ける自信があります! だから、秘密があるとかないとか、関係ないです。今じゃなくてもいいです。ずっと先でもいいです。今は、今だけのことを考えませんか?」


 少し照れ臭かったが、自分の気持ちを素直に伝えることで、雛乃先生の背中を押してあげられたはずだ。


「そうね、ありがとう。そう言ってくれて、私嬉しいわ」

 その証拠に雛乃先生は、いつものようにクスリと、大人っぽく微笑む。


「ねぇ、明後日空いてる? 良かったら私とデートしない?」

「え!?」

「嫌だった?」

「いえ、とんでもないです。ぜひ!」

 まさかのデートのお誘いに、胸が高鳴っていた。


「じゃあ、これ、私の電話番号とアドレスが書いてあるの、また連絡するわ」

 そう言って、雛乃先生はスーツの上着のポケットから小さく折り畳んだ紙きれを俺に渡した。


「はい、ありがとうございます!」

「申し訳ないんだけど、その紙、失くさないでね。漏れて欲しくない情報だから。デートの日に返して頂戴ね」

 教師が生徒に連絡先を教えることがいけないことかどうかは分からないが、そこでやっと冷静になり、誰にも目撃されてないか、辺りを見回した。


「誰にも見られてないですよね?」

「なぁに? 私と一緒にいるとこ誰かに見られたらイヤ?」

「そ、そういうことじゃなくて」

「ふふ、分かってる。もし、見られてても、上手く誤魔化すのよ。私と雄斗くんが付き合ってるのは二人だけの秘密しましょ」

 あぁ。やっぱり雛乃先生はこうでなくちゃ。

 


 約束の日は、五月にしては暑すぎるくらいだった。


 昨日、雛乃先生からメールが来て、高校の最寄りの駅から遠く離れた駅で降りるように指示があった。街とは正反対の電車に乗るのはこれが初めてで、少し戸惑った。

 小さな駅で降り、改札を抜けると、私服の雛乃先生が待っていた。


「ひ、雛乃せんせー、うぐっ」

 呼び掛けながら駆け寄ると、急に雛乃先生は俺の口を塞いだ。


「だめよ。もう私と雄斗くんは、恋人同士なんだから。それに周りに怪しまれちゃうわ」

 そう言って、雛乃先生は俺の手を引いた。


「これが雛乃さんの車?」

「そうよ。遠くまで電車でご苦労様。さぁ、乗って乗って」

 駅前に止められていた黒塗りの車が雛乃さんのものみたいだ。車のことはよく分からないが、たしか高級な車だと思う。


「雛乃さんはよく、運転するんですか?」

「そうね。学校は電車で通った方がアクセスが簡単だから、普段は乗らないけど、休みの日にはよく運転してるわ。だから、安心してね。運転には自信があるわ」

「はい。最初から心配なんてしてませんけどね。今日はどこに行くんですか?」


 事前の連絡では集合場所しか決めていなかった。本当なら男の方からエスコートするべきなのだろうけど、今回は雛乃さんに全てお任せしている。

 高校生になったばかりで、しかも今まで彼女なんてできたことのない俺が背伸びしてプランを立てるなんかよりはずっといいと思う。


「今日はドライブデートよ。雄斗くんには私のお気に入りの場所を案内したいなぁって思ってね。色んなとこに連れてってあげるわ」

「そうなんですね! 楽しみです!」

 

 言葉通りたくさんの場所を雛乃さんと周った。

 知らない土地の、知らない場所。どれもが新鮮だった。

 おしゃれな街のカフェや、プライベートビーチのような静かな海岸、小さな田舎の水族館や街を見下ろすことのできる山頂の展望台。

 昔のことや高校生活のこと、雛乃さんの愚痴や、世間話、当たり障りないたくさん話をして、恋人らしく手をつないだり、腕を組んだり、何度かキスも交わした。

 終始ドキドキして、時間が経つのがあっという間だった。


「ねぇ。今日のことは家族にはなんて言って来たの?」

「何も言ってないです」

「そうなの!? 大丈夫? 心配されない?」

「はい。いつもこんな感じですから」

「そう、なんだ」

 雛乃さんは驚いたような顔をしたあと、ほんの一瞬だけ、何かを悟ったようなどこか悲し気な表情をした。


 その表情がやけに印象に残っている。

 空がだんだん茜に染まり始めた頃、車は帰路を進んでいた。


「ねぇ、前に話した『秘密』のこと話してもいい?」

「はい。お願いします」


 もっと後になって話してくれればいいと思っていたけど、雛乃さんが言おうと決心したのなら、それを遮るのはよくないことだ。


「私ね。吸血鬼なの」


「……。え?」


 衝撃的すぎる宣告に俺は戸惑いを隠し切れなかった。

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