アンバードリーム

 あの頃、僕にはおじさん達が言う言葉は、よく分からない。


「全く…手伝いも出来ない歳の子供を残して逝っちまうなんて。」

 

「いくら叔母だからってお前も子供みたいなもんじゃないか、しかも女手一つじゃ、二人も面倒見れるわけがないぞ。」


「そうよ。うちの人がいい預け先知ってるから、大人に任せない。」


「なあ、おばさんとサラの為に、遠くのまちへ『お手伝い』をしに行ってくれるよな。」


「「お前は男の子だから」」


 「おそうしき」に来たという、よくわからない大人たちのおかげで、優しいおばさんがぼくを見る顔は、動かないパパとママを見てる時と同じ、泣きそうな顔になっていった。


 あの人たちが何を言ってるかは難しくてわからなかったけど、なんとなく、僕はおばさんやサラと一緒に笑ったり、喋ったりできなくなってしまうんだと思った。


 大好きなおばさんを悲しい顔にさせる大人も僕も嫌いだった。

 せめて、僕の顔を見てこれ以上悲しくならないように、お外で塀に隠れてよう。

 

 本当はぎゅっとして欲しいけど。


 本当は一人だと何をして遊べばいいか分からないけど。


 本物のパパとママは、もう僕に笑いかけてくれないから、せめて絵を描こうとしたけど、あんまりうまく描けないなぁ。



 そんなことを思っていた時だった。

 彼女に声をかけられたのは。


「ぼうや、こんなところでどうしたの?」


 彼女は西街の端のお薬屋さんだった。

 みんなでお庭で遊んでいるとき、たまに、パンを食べているのを見たことがあった。 

 

 いつも美味しそうに食べていた、あのパンの入った袋は今日も持っていた。

 

 そういえば、あのパンが食べたいって、ママと二人でパパに頼んで買ってもらったっけ。

 パパのごはんと一緒に食べて美味しかったな。


「…ぼくは、売られちゃうんだって」

 お話しながら、そんなことを思い出したら、鼻の奥がつんとした。

 しかも薬屋さんが、ママみたいに頭をなでるから、もっとかなしくなって、なみだが止まらなくなってしまった。


「嫌だ。パパと泣かないって約束したのに…」


 約束を破って僕が泣いたからか、困った様子の薬屋さんを見て、おじさん達みたいに怒るんじゃないかと思ったけど、それでも、涙はどうしても止まらなかった。


 手をゴソゴソしていたから、叩かれると思ったら、あのパンが出てきた。

「どうしよう…パン食べる?」


 薬屋さんは怒らないのだろうか、そう思っていたら、パンが勝手に切れてとてもびっくりした。

「すごい!パンが…魔法?」

「ひみつよ」

 イタズラっぽく笑う薬屋さんは、魔女さんだったのか。

 魔女さんが魔法をかけていたから、あんなに美味しそうだったのか。


 あの時のパンが、今までで一番美味しいパンだったとコハクは思う。


「ほら、君は泣いてない。」

「まよさん、ありがとう」

「まじょ、ね」

 口の端についたパンクズをとりながら微笑む魔女さんを見て、心が温かくなった。

 さっきまで泣いている僕を見て、困った顔をしていたのに、それでも秘密の魔法をつかってまで元気をくれるこの人は、すごく優しい人だと思った。


 もうここに帰れないなら、知らない人じゃなくて、この魔女さんについて行ってみたい。

 


「連れてけってこと?」


 美味しそうにパンを食べる顔、困った顔、安心したように微笑む顔、もっといろんな顔を見てみたい。

 そう思って彼女の服を掴みながら、頷いた。


 僕は、あの時からきっと恋に落ちてたんだ。


「子育てなんてしたことないから面倒は見ないわよ」


 そんなことを言っていたのに、なんだかんだ、一生懸命面倒を見てくれたよな。

 …いつの間にか、逆転してるような気もするけど。



 おじさんたちの言う『お手伝い』で街を離れることは怖かったのに、あの日彼女について旅に出るのは全然怖くなかった。


 二人なら、何度でも、何処へでも行ける気がした。


 でも、一人だと、住み慣れた街でも息苦しかった。




 「飽きるまででいい」と言われて、頷いたのは自分なのに…


 嫌われても、拒絶されても、諦められない。


 離れるなら、コハクも狩人も追いかけられないくらい、速く遠くに逃げてくれますように。



 でも、できれば、もう少しだけ…


 面倒なんて見なくていい。

 だから、飽きないで、そばにいて。

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