國潰しの魔女

「ねえ、やりすぎよ」

「うるせぇな、黙って見てろよ」

 マリーの制止に、男は吐き捨てるように言う。


「落ち着けって、死んだら、魔女の人質にできねえぞ」

 マスターが、男の振り上げた手を止めると、やっと、彼はコハクを殴るのをやめた。

 いつの間にか意識を失ったコハクは、部屋の奥で縛り付けられている椅子の上で、ぐったりと動かなくなっていた。


「ちっ、魔女を捕まえたら殺してやる」

「まあまあ、もうすぐ美人に会えるんだから、機嫌直せよ」

 マスターが気を逸らすために振った話題に、男は顔をだらしなくにやけさせた。

「国に差し出す前に、味見できねえかなぁ」

「ねえ、魔女わたしの人質ってどいうこと?」

「ばーか、魔女なんかとしたら魂引っこ抜かれるぞ」

二人の男は顔を見合わせて笑った後、一拍置いて、振り返らずに隣のマリーに声をかけた。


「なあ…マリー、お前なんか言ったか」

「わた、私…いま、何も言ってないわ」

「嘘つけよ、お前の声がしたじゃねえか」


 三人は、月明かりの眩しい夜だったはずなのに、心なしか、部屋が暗くなった気がした。


 恐る恐る振り返ると、後ろの窓を遮る何かがいた。

 月明かりの逆光と暗闇で、顔は見えないが、人の形をした何かはもう一度同じことを繰り返した。


「ねぇ、魔女わたしの人質ってどういうこと?」

「とびら…か、鍵…なんで?」

 怯えた声を出すマリーとは明らかに違い、影の主から出る声は、いつもは駒鳥のようなそれに、今は氷のように冷たい温度と、地を這うような圧を含ませていた。


 音もなく部屋にいた声の主の姿を認めた瞬間、待ち望んでいたにも関わらず、三人は背中をつうと氷が通り抜けた気がした。

 背中から広がる冷たさで、込み上げる震えを抑えながら、大きな男は魔女に声を掛ける。


「お前さん、薬屋魔女だな」

「私は自分勝手な魔女だから、やっぱり迎えに行こうと思ったの。」


 男の声には応えず、魔女が再び声を出すと、あたりの影がいっそう濃くなった気がした。

 少しずつ近づく魔女を止めようと、男は武器を構えて近づく。

「なあおい、答えろよ」

 魔女は何も言わない。


「きゃっ、足が・・」

 一方、逃げようとするマリーは長くなった魔女の影に囚われて、動けなくなっていた。


 魔女が再び口を開けた。

「ごめんねって、少しだけ謝って、それで片付けをした後に、シチューの隠し味、教えてもらおうって思ったのに。」

 武器を振りかぶろうと、男が腕をあげた途端、彼の足元からも、影が蛇のように伸びで、腕に巻き付いた。

 影に巻きつかれた腕は、その下の足と同様全く動かすことができなかった。


「耳が…い…いたっ……」

「やめ…てくれ、音が…」

「おねが…たす…」

 張り付くように乾いた喉で細い息をしながら、絞り出した声で3人は魔女へ命乞いをした。


 魔女はチラリとその様子を見た後、何事もなかったかのように、三人の横を通り過ぎて、一番奥にいるコハクに近づいた。

 彼の傷を確かめるように顔の髪を避けて、腫れ上がった彼の頬にそっとキスをしてから、振り向いた。


「ねぇ、答えて」


「私のコハクにひどいことをしたのは誰かしら」


 魔女の後に、答える声は無かった。

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