店番の受難

 ある日、コハクが買い出しに行くというので、真夜が店番をしていると、シャルムがハーブを買いに来た。


 「店番なんて珍しいね」と笑うシャルムに詰め寄り、真夜は待ってましたとばかりに問い詰めた。

「ねえあんた。うちのコハクを夜中に連れ回して無い?」

「何さ急に、連れ回してなんか無いよ」

 間髪入れずにシャルムは答える。


「ふううん」

 こいつは目を逸らさずに嘘をつけるから信用ならない。と真夜は思った。


「僕を疑ってるなぁ…本人が言ってたの?」

「誤魔化されて聞けなかった」

 シャルムが何か呟いたので「なんか言った?」と聞いたが、何も言っていないと否定された。なんだかむかついた。


「そんなに気になるなら、問い詰めるか、後をつければいいじゃん」

「…あの子も年頃なのに、心配だからって後をつけるなんて悪いじゃない」

「なんで?親として子供を心配するのは当たり前じゃ無い?」

「そ、そうだけど…そうよね?」

 一瞬、シャルムの言葉に自信を取り戻した真夜だが、理不尽に絡まれた仕返しとばかりに、シャルムはにっこり切り捨てた。


「まあ、真夜のはどっちかっていうと保護者っていうより、浮気を心配する重たーい恋人みたいだけど」

「そんなことないわよ!」

「はいはい。」

 右往左往する真夜の様子に満足したシャルムは、真夜がこれ以上ムキになる前にと、謎の言葉を残して去って行った。

「それより、何か首、虫に刺されてたみたいだけど治ってよかったね」

「は?なんのこと?」



 なんかの暗号だったかしら…と考えながら、真夜が首を傾げていると、入れ替えでやって来たのはダニーだった。


「おや、今日はお前さんだけかい」

「市場に行ってもらってるんです。不満ですか?ダニーさん」

 真夜が悪戯っぽく笑うと、ダニーは手をひらひらとさせて苦笑した。

「まぁ、そう捉えんでくれ」


 頼まれた薬を測る間、ダニーはポツリと真夜に聞いた。

「…コハクとは、いつから暮らしてるんだい。」

「たしか、あの子が三歳くらいの時からですね。」

「女手一つで育てるのは大変だったろう」

 ダニーの言葉に、真夜は首を振る。


「コハクはしっかりしてるから、大変だったのは本当に小さい時だけです。むしろあの子にたくさん助けられました。」

「まあ、そうだろうな。」

 …それはどう言う意味だ。


 ダニーは、相槌から少し間を開けて続けた。

「コハクは立派にやっていたよ」

 

 この一年のことだろうか。


「店の様子を見ればわかります。私はもういらないんじゃないかって寂しいくらい。」

「お前さんの育て方がいいようには見えなかったがな、いい男に育ったもんだ。街の人間も信頼しとる。」

 ちらりとダニーは真夜を見た。

「あんまり傷付けてやるなよ」

「なんでですか…」


「お前はいつか、この間みたいに、一人でふらっといなくなる気がしてな。」

 真夜は少しドキリとした。


「あの時のコハクは、立派にやっておったが、どこかに消えてしまいそうだった。」

 息子は遠くに住んどるのに、コハクまで消えてしまったら、寂しいじゃないか、とダニーはつぶやいた。

 

 真夜は神妙な顔で聞いた後、一拍置いて尋ねた。

「…え。私は寂しくないんですか?」

「俺はな、安息日以外はちゃんと開いとる店に行きたいわい」


 ダニーは、不満そうな顔をしている真夜を置いて、お店を出た後、薬の状態を確かめてから、ポツリと呟いた。

「それに、この街もいよいよ、お前さんには住みづらくなりそうだしな」



 市場への買い出しから帰ったコハクは、真夜の様子を見てギョッとした。


 カウンターの向こうの真夜は、椅子の上でやさぐれたように三角座りをしていたのだ。

「師匠、大丈夫ですか…いつもの店番より疲れてないですか?」

「わたしだけだと、みんながいじめる」

 真夜は、ゴンゴンと膝に頭を突き刺すようぶつけながら俯いたまま、返事をした。


 コハクは、素面では珍しい彼女の様子に戸惑いながら、カウンターを挟んだ奥にいる真夜の頭をポンポンと宥めるように手を置いてみた。

 真夜が何も反応しないので、そのまま、彼女の髪の毛を少し指に絡ませながら、くしゃりと頭を撫でて聞いた。

「かわいそうに、うちの師匠にひどいことをしたのは誰ですか?」

「くそじじいとくそおやじ」

「候補は分かるけど、どっちがどっちだろう…」

 コハクは眉を寄せて難しそうな顔をしていたが、真夜は、コハクの問いには答えずにコハクにリクエストした。


「…そんなことより、今日はシチューがいい」

 考えないようにしていることばかり突きつけられて、疲れてしまった。何にも考えずに幸せになれるシチューが食べたい。


 コハクは真夜の言葉に困ったように小さく苦笑した。

「仕入れのついでに買い物いっちゃいましたよ?」

「…知ってる」

 カウンターの脇にコハクが置いていたカゴからは、にんじんの葉っぱが飛び出していた。


 コハクは、師匠は仕方ないなぁと笑うと、撫でていた手を離して、その人差し指にキスをした。

「アブラカタブラ〜」

 突然の聞いたこともない呪文に、真夜は顔をあげると、コハクは人差し指をかごに向けていた。

「どしたの?」

「カゴの中身がシチューの具になりますように!」

 

 もちろんカゴは光っても動いてもいない。でもコハクは、嬉しそうに、「師匠」と呼ぶ。

「師匠、大成功です。今日の晩ご飯はシチューです!」

「ふふっ…なにそれ」

「しかもなんと、ちょっといいお肉です」

「…奮発したの?」とこっそり聞く真夜に、コハクは少し得意げな顔をした。

「こないだ、あそこのおじさんにチェスで勝ったから、負けてもらいました」

「うちの弟子は最高ね」

 今度は、お返しとばかりに、真夜がコハクの頭をよしよしと撫でてあげた。


 するとコハクは目を細めてくすぐったそうに笑った。


 その顔に、「うれしい?」と聞くと少しコハクが目を瞬かせた。

「まぁそうですけど…久しぶりですね、師匠が僕の感情当てるの」


 何の気なしに言われた言葉にはっとした。

「そう。だったかしら。」

「昔マーサと喧嘩した日とか、薬こぼした日とか、誤魔化して笑ってたのに、なんでか、すぐバレましたもん。」

「子供の頃は分かりやすかったのよ」

 真夜は、「あ、もうこんな時間。」とコハクに店じまいを促して、会話を終了させた。



 その夜、シチューと一緒にたらふくワインを飲んだ真夜に、コハクははあらためて絡まれた。

「結局、みんな優しいコハクの方が好きなのね」

 十回目のやっかみに、慰めるのも疲れてきたコハクは、小さいナイフでなぜか腐らないお土産のチーズを切りながら、正直に答えた。

「そうだと良いですね」

「なんで!?」

 信じられない!と憤慨した様子の真夜の方をちらりとみて、コハクは答えた。

「ライバルは少ない方が良いですから」


「え、もしかして、競合店出すつもり?」

 真夜の返しに、コハクは大きなため息をついた。

「…逆に今は伝わるようにがんばってるのに、なんで伝わんないんだろう」

「ちょっと!聞いてるの!?」

「真夜さんこそ、ちゃんと聞いてます?」



 ちなみに、コハクの朝帰りは、しばらくして、頻度が減った。


 しかし、相変わらず何日かに一度出かけていたコハクは、以前より朝日が眩しそうだった。

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