朝寝坊


「おはようございます」

「おはよう」

 眠そうな顔で降りてきたコハクを見て、真夜はまただ。と思った。


 帰ってきてからのコハクは、何日かに一度、夜中になるとどこかへ抜け出しては、いつのまにか帰ってきて、空がすっかり明るくなった頃にゆっくり起きる。


 ゆっくり、といっても、真夜が起きてお茶を飲んでるくらいだけど。


「寝坊してすみません、なにか食べますか?」

「いや、お茶だけで大丈夫よ」

 真夜がそう答えると、コハクも朝ごはんはいらないのか、コップを出して、真夜が入れていたお茶の残りを牛乳を加えて飲んでいた。


「…最近は、寝れてるの?」

「ええ、あの日だけですよ。何だか夢見が悪くて…最近はむしろ寝すぎですね」

 真夜が気づいていることは知らないのか、遠回しに聞いても、抜け出していることをコハクは隠して誤魔化す。

「そう…」


 朝の日差しを眩しそうに睨みながら、あくびをするコハクは、なんだか別人みたいだ。


 ねえ、ここ最近どこに行ってるの?

 一度飲み込みかけた言葉を真夜は反芻し、いっそのこと、単刀直入に聞こうと、息を吸った時、目の前に座るコハクが思い出したように真夜に話し始めた。

「あ、そんなことより、前に言ってた香水、見てもらえませんか?」

 

 こうやって聞こうとするたびに、微妙な出鼻をくじかれてしまうことが二、三度続いた。真夜も流石に、偶然ではなく、意図してコハクがこの話題を避けているのだとわかった。


 思春期も過ぎれば言いたく無いことの一つや二つあるのかも知れない、真夜自身も自分の言いたく無いことを顧みると、避けられていることを無理に聞く気にはならなかった。



 今朝の話題の香水は、客足の途切れたタイミングで、本当に見せてくれた。

 それは、嗅ぎ覚えのある柔らかいローズマリーをベースにした香りだった。

「この香り…」

「気付きましたか?」

「ええ、いい匂いだなって思っていたの」

 真夜が頷くとコハクは自分の手を真夜の鼻に近づけた。ふわりと近い香りがした。


「前に、真夜さんからもらった軟膏の匂いが気に入ってて、香水を出そうって决めた時に、同じ香りのものも作りたいって思っていたんです。」

「そうだったの」

 たしかに、あれもバリエーションのある展開だったから、揃えるのはちょうどよかったのかもしれない。

「でも、ローズマリーだけは、なかなか難しくて、ずっと改良してたら、これだけ商品化まだできてないんです。」


 真夜は手首に出してもらっていた香水の香りをもう一度確かめた。

「これならもう売ってもいいんじゃ無い?」

「香りはやっと納得できたんですけど…今度は原価が高すぎて…売るのには向いてないんです。」


 原価と配分を聞いて、確かに代替した原料を使うのは難しそうだと真夜が言うと、コハクはうなだれた。

「やっぱりそうですよね」

「残念…私も好きな匂いなのに…」

 真夜もコハクと眉を下げていると、閃いた様子のコハクが提案した。

「じゃあ、真夜さんもらってくれませんか?」

「コハクが気に入ってたんじゃないの?」

「僕は軟膏がありますから」


 なんだか、夜ふかしの原因を聞かないための賄賂みたいだなと思った真夜は、その場ではそっけなく、ふうん、じゃあもらおうかな、と小瓶を取った。


 その後、朝一番にこの香水を振ることが彼女の日課になっていた。

 

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