薬代のジンライム
いつもの酒屋の扉を開けると、よく知った女性が、カウンターで飲んでいた。
「今日は早いんだね、マリー」
「今日は一人なのね、コハク」
フードメニューがほとんどないこの酒場が盛り上がるには、まだ早い時間だ。コハクはあたりを見回しながらマリーの隣に座った。
「お兄ちゃんを探しに来たんだけど、当てが外れたな」
「あなたがシャルムさんに用があるなんて、よっぽど何かあったのね。もしかして『親戚の人』かしら?」
コハクは、マリーの問いかけには答えず、グラスを煽る。
「子離れかなんか知らないけど、急に言われたって困るよ。」
一年間独りで頑張ったおかげで、最近は近い目線で話ができるようになったし、関係だって悪くなかった筈だ。
その結果がこれとは、試験に合格したご褒美にしては最悪だとコハクは思った。
「親は勝手なものなのよ」
「…ごめん。」
今度は、マリーがコハクの謝罪を無視して、問いかけた。
「ねえ、あれ持ってきてくれた?」
コハクは外套のポケットをゴソゴソと探り、小瓶を手渡した。
「一応、もしかしたら来てるかと思って。」
「ありがとう、助かるわ」とお礼を言うマリーにコハクは渋い顔をした。
「どうしてもっていうから作ったけど…これは適量を超えると死ぬこともある、絶対に一滴ずつ、どうしても眠れない時だけ慎重に使うんだよ」
「つい手が滑らないように気をつけないとね」
受け取りながら、片眉を上げて笑うマリーに、コハクは再び顔を顰めたので、彼女は手を振って誤魔化した。
「冗談よ。でもごめんなさい、最近稼げてなくて…足りない分は奢らせて」
このバーが『仕事場』でもあるマリーなら、マスターに交渉すれば酒代を多少融通を効かせてもらえるのだろう。コハクには割増はあっても、そんなサービスはされることはないので、ちょうど良い提案に賛成する。
「ありがとう。じゃあ、ジンとライムのやつをもらうね。」
コハクは、マリーとなるべく当たり障りのない、馬鹿馬鹿しい話をしながら、シャルムを待つことにした。
だが、今日はいつもならシャルムが飲みにくるはずの日なのに、早めにきてしまったからか、コハクがお手洗いの度に、少し寄り道をして戻っても、どこにもシャルムの気配はなかった。
何度目かのお手洗いの後、いっそ教会の方にも行ってみようと思いながら、三杯目のお酒を口に運んだ。
グラスを置きながら、再度ゆっくりとあたりを見回すコハクに、マリーも不思議そうな顔をする。
「シャルムさん、なかなか来ないわね」
「明日までに会えないなら、ほんとにあきらめ時なのかもなぁ」
「なにが?」
「んー」
マリーの問いかけに、今度は素直に答える。
「おれは、あきらめが悪いから、シャルムにずるいがしこい秘策をもらうんだ。」
何それ、と笑うマリーの横で、コハクはゆっくりとした手つきで、もう一口飲んだ後、彼女に礼を言った。
「おかわり、たのんでくれて、ありがとう。」
「どういたしまして。そろそろ適量にはなったかしら」
マリーのそんな言葉が聞こえたのを最後に、コハクの記憶は曖昧になった。
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