掘り出し物

 ある日、ナタリーに連れらて、コハクは蚤の市を冷やかしに広場へ来た。

 コハクは、真夜のプレゼントと薬屋の材料や道具を、ナタリーはこの町でも浮名を流しまくっていたシャルムを振り向かせる薬が目当てだ。


「薬が買いたいからついて来い、なんて…よくそんなことを薬屋に向かって言うよね」

「コハクのところの薬なんかじゃ効かなかったんだもの、魔法の秘薬くらいじゃないと…」

「こら、地主の娘が危ないことを大声で言わない」

 ナタリーの言葉に、コハクは渋い顔をした。


 あの『夫婦がいい雰囲気になる薬』、試されたことあるんだ…

と、横で乾物を物色する老人を見ながらコハクは思ったが、真夜の薬を『なんか』扱いされたことと、街中で魔法なんて不用心な発言をしたナタリーには、「変装してる本人が、すぐそばで買い物してるよ」とは言わないことにした。

 

 ちなみに、真夜は誕生日なんか知らないと言うし、年を数えるのが嫌だと言って嫌がるが、コハクばっかり祝われるのも不公平なので、魔法の絵本をくれた日を、『感謝祭』と呼んで無理やり祝っている。

 真夜は今でも遠慮するが、コハクはいつも以上に真夜のことを考えられる、この日の準備が好きだったから、止めるつもりはない。


 ただ、この日はなかなか良いプレゼントが見つかっていなかった。


 手持ち無沙汰なコハクは早く次の店に行きたいのに、シャルムが人混みに再び消えた後も、怪しげな干物や秘薬を真剣にみているナタリーに白い目を向けていると、風に乗って、ちりりん、とある鈴の音が耳に入った。


 そして、その音は、なぜかコハクの耳によく響いた。


「あの鈴…」

「どうしたの?」

「ちょっと見てもいい?」

 そのままフラフラと音がした方向の小物屋へと向かった。


「これも違う、これも、」

「どうした?さっきの薬屋で怪しいの試飲した?」

 さっきのコハクのような白い目で見るナタリーを無視して、いくつかの小物を振るが音は鳴らない。


「あの…すみません、さっきこの店から鈴の音がしたと思うんですけど…他に音が鳴るものってありますか?」

「さすが薬屋兼鈴屋の弟子」

「鈴屋じゃないって」

 ナタリーの軽口をいなしながら店主に伺うと、店主は少し悩んだ後、ああ!と奥から一つのボールを取り出した。

「これじゃないか?さっき運ぶときに絨毯の上に落として音が鳴ってたし」


 店主に渡されたボールを振ったコハクは、その鈴の音に頭のピースがぴったりハマるような感覚を覚えた。



 その夜


「真夜さん、今日は我が家の感謝祭です」

「毎年いいのに…」


 真夜はもちろん毎年忘れているし、遠慮されるのがわかっているコハクも事前に言わないので、感謝祭は、ある日急に豪華な晩御飯が出てくると言う、サプライズ形式にしている。


 テーブルの上には、シチューやミートパイ、いつもより奮発したチーズとワインなど真夜の好物だけを用意した。真夜は言葉は遠慮しているが、目は料理に釘付けなので、今年も準備の甲斐があったなと、コハクは料理の出来に満足した。

「僕がやりたくて用意しただけなので。はいはい、冷めるから遠慮せずに食べてください!」


 感謝祭の日の真夜は、いつもより昔話をたくさんしたがる。


 メインを食べ終わり、チーズとワインを楽しみながら、コハクを拾った頃の話をする真夜は大変だったと言いつつも楽しそうだった。

 聞いているコハクは早く忘れてくれと思うが、真夜のための日なので、毎年のエピソードが折り返し地点に来るまで我慢する。


 シャルムに対抗して、見た目を似せようと、毛布と余り布を使って、自分の部屋でこっそり真似していた時の話まで聞いたコハクは、「そろそろプレゼントを渡してもいいですか?」と問いかけて、強引に話の腰を折った。


「そんなのいいわよ、私は過去の話で青くなるコハクを見るだけで十分なのに…」

 真夜は、申し訳なさそうにしつつも、話の腰を折られて残念そうに遠慮した。

「わかっててやってたんならもうダメです。強制的にプレゼントタイムに入りましょう」


 コハクは自分の寝室に一旦戻ると、柔らかそうな紙に包まれた丸い何かを持って帰ってきた。

「蚤の市で見つけて、好みに合うといいんですけど」

 ぽりぽりと耳の少し上を掻きながらコハクは、伺うようにみていた。


 真夜は、やわらかい包みの手触りを少し確かめた後、そっと紐を解いた、そして、少し目を見開いた。

 極彩色の紐を巻きつけたボールは、包みの上で小さな音を立てて少し転がった。取り出して振ると、柔らかく耳馴染みの良い鈴の音を奏でていた。


「手鞠…」

「知っていましたか?」

「うん、昔見たことあるの…」

 コハクは真夜の表情に、小物屋の店主の声が重なった。

『これは遠くの島国で作られたってボールなんだけどね、金持ちたちがこうやって綺麗にしたものや、鈴を入れたものがあるんだよ』


 ふるふると、真夜が手毬を振ると、彼女の脳裏には不意に、遠い昔、木と紙の壁、極彩色や紅白に包まれた風景がよぎった。

 そしてもう一度降ると、あの海の街で初めてコハクにあった時、コハクが落書きをあちこちにした時、初めて彼の誕生日をお祝いした時、接客を一生懸命するコハクの姿が次々と浮かんだ。


 後半の思い出に思わず、真夜が笑みをこぼすと、コハクは、ゆっくりと説明した。

「この音、僕が好きだったんです。だから真夜さんの探してる音に近かったら良いなって」

 違っていても、オブジェとして薬屋の店内に飾れそうですし!と気を回すコハクに、それはしなくて良いと首を振る。

「…うん、この音だわ。ありがとう。」

 真夜の表情で嘘ではないとわかったのだろうか、良かったですと答えるコハクも嬉しそうだった。


 すると、コハクが急に顔をしかめた。

「いたっ」

「どうしたのコハク?」

「なんか舌が熱くなって…」

 冷やそうと舌を出したコハクをみると、彼の舌は赤黒い円を書いていた。

「あ…っ、約束の証…」

「ええっ!ほんとですか!」

「輪っかだけだから、まだ未完成だけど…」


 バタバタと鏡を見に行ったコハクを目で追いながら、真夜は小さくため息をついた。

「まだ未完成だから、大丈夫…」

 紫の針が、カタリと音を立てて動いた。


 しばらくして、コハクは満足そうな顔をしてダイニングに戻ってきた。

「真夜さんがこんなに探してた鈴の音、見つけられてよかったです」

「喜ぶところって、そこなの?」

「さっきはびっくりしましたけど、これって完成に近づくほど、真夜さんのペナルティ重くなるんですよね?…それは、複雑ですもん。」

 あんなやりとりをして、約束させたくせに…コハクは魔法使いになりたいんじゃないのか?と疑問を膨らませる真夜をよそに、既にコハクの興味は証よりも手鞠に向いていた。


「ちなみにこれってどうやって遊ぶんですか?」

「どうだったっけ…」

ポームテニスとか九柱戯ボウリングとか、フットボール…に使ったら絶対壊れますよね」

「多分、部屋の中で投げたり転がしてたと思う…」


 遊び方を教えてもらった気がするが、教えてくれた女の子は大人に怒られていたので、多分間違った遊び方だったと真夜は思う。

「え、楽しいのかな…いや、それより、そんなの子供がやったら絶対何か割りますよ」

「うん、一緒に遊んでた子は、よく障子…扉を壊して怒られてた。」

「魔法使い?」

「ううん、人間の女の子」

「なのに、これで壁が壊れるくらいの腕力なんですか…黄金の島国ってすごいんですね…」

「いや、ちが…そうなのかな」


 残りのワインを飲みながら、二人はそれぞれ遠くの島国に思いを馳せていた。

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