Ring the bell

魔法にかけられて

 ちりりんと鈴を揺らせば、すぐそばで本を広げるコハクが苦い顔をした。

「師匠、もう夜ですよ」


 魔法をかけてもらってから、コハクの音は本当に聞こえなくなった。

 いつもうるさいくらいに家中に溢れていた音が、全く聞こえないのは、なんだか落ち着かなくて、街で鈴を見かけてはつい買ってしまっていた。


 でも、どれもコハクの音とは違っていた。


 それでも気休めになるから、しばらくは暇な時に鳴らしてみても、結局すぐに聞き飽きてしまう。

 ちなみに、聞き飽きた鈴は、小さいお客さんに、お使いのご褒美として、おまけで渡してるおかげで、子供たちから、鈴おばさんの薬屋と言われていることを真夜は知らない。


「これも違うんだよなぁ」不満そうにテーブルの上に置いた鈴を突いていると、 パシッと手を掴まれた。顔を上げるとコハクが少しむすっとして、隣に座っていた。

「鈴に嫉妬しそう。」

「え?」

コハクは「最近、急に好きになりましたよね?」と自分が注意したくせに、鈴を摘んで、ちりりんと耳を近づけた。


「なんでですか?」

「昔気に入っていた鈴の音を思い出して、なんとなく、また聞いてみたくて…うん、なんとなく」

 真夜は鈴を返すコハクに目を合わさないようにして答えた。

 だが、その反応を見てコハクは僅かに目を細めた。

「ふうん…で、目当ての鈴はなかなか見つかってないんですか?」

「…そんな感じ」

「どんな音を探してるんですか?」


 なんて答えたらいいんだろう、真夜は何度も何度も聞いた音を思い出しながら言葉を選んだ。


「繊細で綺麗な音よ…澄んだ冬の朝みたいにキラキラしていて、初夏の風みたいに優しいし、春や秋の草木のように鮮やかに表情が変わるの」

 綺麗すぎて持て余した、その音色を思い返す真夜の様子に、コハクはすこし口を尖らせた。

「鈴が羨ましいですね。俺の頭も音が鳴ったらいいのに」

 どんな音が鳴るんだろう、とコハクが頭を振り出すので、真夜はその動きに併せて鈴を小さく振ってみた。いつかの初めて聞いた時の彼の音が重なって聞こえた気がした。

 鈴を振る真夜に気づいたコハクはおかしそうに笑った。

「僕の音はどうですか?」

「…さっきと同じ鈴よ。似てるけど音が違うわ」


 残念、と笑ったコハクは窓の近くにある時計を指さした。

「でも、今日はもう遅いので、そろそろ本当にダメです。」

「ああ、もうこんな時間なのね。」

 時計の短針と長針はもうすぐ真上を指そうとしていた。ちなみに、紫の針は八時ごろを指していた。


 「真夜さんの準備は終わったんですよね、僕も下で少し明日の用意してから寝ますね」

 コハクはそう言った後、真夜の額に顔を近づけた。真夜はすかさず手で顔を押し退けて阻止した。

 その反応にも慣れた様子のコハクは、ケチと頬を一瞬膨らませた後、笑って階下に降りていった。真夜は、コハクが戻ってくる前にと、急いでテーブルの鈴を集めて寝室に駆け込んでベッドに傾れ込んだ。


 シャルムとバイオレットは解けてるっていうけど、あの師弟の言うことは信用できないし、絶対解けていない。


 むしろ中途半端に解けたおかげで、不意にぶり返すから本当に心臓に悪い。


 コハクとのおやすみ前の軽い攻防と、解けもしない魔法をひとしきり呪うことが、いつのまにか、真夜の寝る前の習慣になっていた。

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