看板青年
翌日、コハクはいつものように店に出ていた。
接客はコハクが中心に行い、薬作りは真夜が奥でするのは、弟子になる少し前から変わっていない。強いて言えば、簡単な処方はコハクで対応してしまえるようになったくらいだ。
最近来た行商達は、コハクが店主と思い込んでいる人もいて、昔は「子供から薬なんか怖くて買えるか」なんてクレームもあったのに…と反応の変化におかしく思う。
ただ、客のほとんどは常連客なので、基本的には日々のやりとりは変わっていない。
今日もコハクは慣れた手つきで、作業をしながら街の人の話を聞いていた。
「家事をしてたら、手がぱっくりわれてしまってねぇ」
「一度荒れると、染みて余計に辛いですよね…」
しみじみと共感するコハクに、お客は、「あんたも苦労してんのね…」と買い物のリンゴを一つくれた。
移住してきた2人を受け入れてくれた街の人たちは、相変わらず家族のようだった。
その後も、たびたび訪れる客を相手していると、ふと、店の奥から視線を感じた。振り返って見ると真夜がこちらを影から覗いていた。
ちょこんと壁の裏から顔を出す真夜の様子がおかしくて、思わず口の端が上がってしまう。
『どうしたんですか』と目で聞けば、口に何かを運ぶジェスチャー…おそらく昼にしたいと言うことだろう。涼しげな顔立ちに似合わない、コミカルな仕草に耐えきれず、コハクは小さく吹き出した後、こくりと頷いて見せた。
お客はコハクが急に吹き出したことに、少しびっくりした様子で、どうしたのかと尋ねてきたので、商品を手渡しながら「うちの師匠がお腹すいたみたいで、昼休憩を要求されました」と伝えると、あらあらと笑った後に、うちの人も待ってそうねと言って、帰っていた。
「もうお腹がペコペコで死んじゃいそう!」
「真夜さん前に、『餓死が魔法使い的に一番苦しい死に方』って言ってましたね」
コハクは机に突っ伏す真夜に返事をしながら、出来上がったばかりのポトフをよそった。
余った分は材料を足してビーフシチューにしよう。
「そうなの、お腹が減っててもなかなか死ねないから、私は一番避けたいの。だからご飯ちゃんと作ってよね」
「僕がずっと作ってあげますから大丈夫ですよ…ってなんですかその目…」
「だって今日はコハク呼びにこないし、覗いても全然気づいてくれないんだもの」
「声かけてくれたらいいじゃないですか、最近乾燥がひどくって、軟膏目当てのお客さんで忙しいんですよ」
「確かに、ストックたくさん作ったけど足りなくなりそうね」
あの軟膏、効き目は抜群だけど、臭いから作るの好きじゃないのよね…とこぼす真夜にコハクは苦笑いで返す。
確かに、効果は抜群で売れ行きも良いが、特に傷の治癒に必要な材料が独特な匂いを持つハーブだから、つけるのを嫌がる女性もいる。
コハクは少し考えて真夜に質問した。
「割れるのを防ぐ保湿専門のだったら、香りのいい軟膏って作れたりしませんか?」
「傷の治療がいらないなら、ハーブの量を減らせられる、かしら?香油も薄めて混ぜてもいいのかもしれない…」
ぶつぶつと呟いていた真夜は、「うん、多分できるわ」と伸びをして、器を流しに持って行った。
コハクも自分のものを持っていきながら、ふと思いついたことを聞いてみた。
「こっそり、魔法で水が冷たくないようにできたりはしないんですか?」
「どうして?」
「お客さん達が冬で水が冷たいのも辛いって嘆いていて、なんとかできないかなぁって思ったんですけど…」
「大勢の人が使うものには、魔法はかけられないわね。」
「そうですよね…」
奥さんの悩みが解消できるかとおもったが、安易に魔法に頼ろうとしたのはよくなかったのかもしれない。
少し反省をしていると、真夜がぽんぽんとコハクの頭を撫でた。
「いいわ、洗い物は今日は私がやる。」
「え?なんで急に?」
「だって、指痛いんでしょう。」
少しカサカサしたコハクの手を取って指をなぞる。軟膏を塗っているので、傷はひどくないが、あちこちにあかぎれやひび割れの予備軍ができていた。
しかし、コハクは真夜の手を掴まれていない手で、真夜の手をさらに包み返してて、遠慮した。
「僕だって痛いんだから、師匠にさせられるわけないですよ」
真夜が一瞬動きを止めた隙に自分の分の器を持って流しに立つ。
洗い物を始めたコハクの背中に、真夜は後ろから頭をコツンとぶつけた。
「いつもコハクばっかり、ごめん」
「いいんですよ。魔法使いにしてもらったら、魔法で楽しまくりますから。」
コハクはそれ以上謝られる前にと、「さっきの軟膏のストックでも作ってきてください」と言ってしっしと追い払うと、真夜はゆっくりと階下におりていった。
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