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酔っ払いの聖女
街の外れにできて一年の薬屋は、良く効く薬が売られていると評判だった。
また、店番をしている少年もよく働き、親身になって対応してくれるので、最初は久しぶりの移民に訝しんでいた街の人たちも、今や「困ったらコハクに聞いてみろ」と言うようになっていた。
そんな薬屋の少年は仕事以外でも真面目なしっかり者だった。
「真夜さん、すぐに洗わないなら、器に水貯めてってばー」
洗濯物を畳んだ後、流しを見ると、カピカピになったデザートの器が置いてあったので、コハクは晩酌中の真夜に抗議の声を上げた。
「うるさいなぁ。この間までオネショして泣いてたくせに。」
「十年近く前ね!近所に誤解されるからそういうこと大きな声で言わないで!」
今日開けたはずなのに、すでに半分以上空いたワインボトルからおかわりを注ぎながら、真夜はうるさそうな顔をする。
「私が洗うからほっといて…」
「いいよ、真夜さんがやると割っちゃうからやるよ。」
「やったー!」
その答えを待っていたとばかりにワインを煽る真夜に、コハクはため息をついた。
「そのかわり、明日の準備はちゃんとしてね。」
そう言うとはいはーいと、真夜の陽気な声が聞こえた。
コハクの前で魔法を使わなくなった真夜は、相変わらず家事は苦手で、なんなら手間が増えたことで、コハクが気を抜くとすぐにサボろうとする。
ここ最近は歳をとるたびに自分の分担領域が広がっている気がしていた。
コハクは、こんなに家事が増えるなら『魔法使いになりたい』だなんて言わなければよかったとたまに思うが、仕方がない。魔法使いになりたい気持ちは今も変わらないし。
昔はもっと、カッコよかったのになぁと少しむくれながら、真夜と違い慣れた手つきで、食器を洗っていく。
そして、真夜がグラスのワインを飲み切って、面倒臭そうに階下に降りていく様子を見送ると、コハクは急いで残っていた食器を洗い上げ、気づかれないようにそろそろと階段を降りて、狭い踊り場からそっと階下を伺う。
真夜はコハクの前で魔法を使わなくなった。
そんな真夜が1日で唯一堂々と魔法を使う時間がこの調剤の時間だった。
階段の影からこっそりとのぞいた一階では、薬草たちが独りでに飛んだり走ったりして、大鍋の中や真夜の手元の乳鉢に飛び込んでいた。
そして大鍋からはいろんな形の虹色の泡が飛び出しては弾けていた。
「わぁ、、、」
真夜が魔法をかけると薬草たちに命が宿り、薬たちは、いっそう輝く。それらを愛しい顔で見つめる真夜は、魔女というより聖母に近い。
子供の頃から、何度見ても、飽きない風景だった。
パチパチシュワシュワとする音に耳を澄ませながら、コハクがしばらく眺めていると、光が止んだ。
これは、作業終了の合図なので、コハクはバレないようにこっそりと戻り、いかにも『今洗い終わりました』と言う体で「お疲れ様」と真夜を労った。
そして、「調剤で疲れてうごけなーい」と再びソファに沈む真夜にコハクは苦い顔をする。
「飲んでからやるから、ふらふらになるんだよ。」
「だってやる気出ないんだもん。あ、でも最近はコハクが店番も家事してくれるから、作業ができる時間が増えて助かるわ」
調剤の量は多いので、真夜は店番もしているとコハクがとっくに寝た夜遅くまで、調剤が終わらないなんてこともたくさんあった。コハクが家事や店番に精を出すのは、後ろめたさだけではなく、その助けになるようにと言うことと、真夜が自分の起きている間に作業をしてくれれば、こっそり見学することができると言うことを知ったからだ。
真夜には調剤のタイミングを狙って、家事を押し付けられるので、バレないようにやり過ごすのは大変だが、彼女が喜んでくれて何よりだった。
真夜はコハクにほとんど空になったワインのボトルを差し出して首を傾げた。
「コハクも飲む?」
「………ううん。僕は眠たいから先に寝るよ」
前の街よりも早い年から飲んで良いことになってはいるが、コハクはまだその年にも到達していない。
コハクは真夜からのお休みのキスを受け取り、新しい家になってからできた、自分の寝室に向かった。
そして枕の下の本を引っ張り出して、眠気が限界になるまで広げていた。
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