真夜の薬
「まよさんの薬で、ばあちゃんの関節痛が治ったのよ」
薬屋でにこにこ話す女の子は、地主の娘のナタリーだ。
おばあちゃんは関節痛が治ったおかげで、ナタリーの姉の結婚式も楽しむことができたらしい。
同い年ということもあり、よくお使いにくるナタリーは、その時の話を嬉しそうにコハクに話してくれる。
「そっか、奥の真夜さんにも伝えておくよ」
話を聞く限り、副作用もなく、効き目も十分なようだ。
コハクがある程度店番ができるようになると、真夜は奥にひっこんで薬の調合に籠るようになった。
だから、こうして接客の中で真夜の薬の効き目を実感する機会は以前よりも増えた。
古本屋のおじいさんも、真夜の薬を飲み始めてから、二日酔いになりにくいと言っていた。
ここは前の街よりも、教会の影響は大きくなく、魔法や呪いと言った文化に寛容だからか、真夜にとって居心地は悪くないようだ。
街の人が元気でいられるよう、こっそりと薬にかける魔法は以前よりも強くなっていた。
「真夜さん、普段はダメダメだけど、お薬は誰のよりも効くからね」
「まあ、まよさんにいいつけなきゃ!」
「褒め言葉だよ」
みんなの嬉しそうな顔を見るたびに、自分が褒められたかのような誇らしい気持ちになる。
ナタリーはおかしそうにわらったあと、ふと思い出したと言うようにバスケットから何かを取り出した。
「あ、そうだ、これあげるね」
「ありがとう。でもどうして?」
「どうしてって…今日じゃなかったっけ?」
「あ、そうだね…」
年一回だけ送られる言葉と一緒に入ったクッキーを見つめつつ、コハクは遠い目をして返事をした。
ナタリーが帰ったあと、店が落ち着いていたので、真夜の様子を見に奥の部屋を覗く。
「古本屋のダニーじいさんはお酒を飲みすぎるから…ついでに肝臓の調子も整えられるかしら」
髪を耳にかけて微笑みながら、小鍋に相談していたが、コハクの気配に気づき顔を上げた。
「真夜さん、そろそろ、お昼休憩にしない?」
「ああ、もうそんな時間なのね。あ、ナタリーちゃん来ててよかったわね」
真夜は見ていないはずの店内のことによく気がつく。
「はい、おばあちゃんの薬が聞いたって喜んでたよ。」
「そう」
短く返す真夜の表情は嬉しそうだ。
「そういえば、彼女から何かもらってたわね、ラブレター?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
ラブレターという単語にコハクは慌てて否定する。
そして、こういうからかい方をするということは、今年も忘れられてるんなら誤魔化しても良いのでは…と少し考えた後、正直に報告した。
「…誕生日プレゼントだよ。クッキー焼いてくれたんだって」
「え、嘘、今日って…!あ、私ってばまた…」
案の定、真夜のにやにや顔がみるみる固まり、すぐに頭を抱えて部屋の隅に蹲った。とりあえず、真夜がかけっぱなしにしている鍋の火を消す。
「毎年今年こそはって思うのに」
「いいですよ、本当の誕生日じゃないし」
「でも…、私の決めた誕生日なのに…毎年忘れちゃう」
誕生日を毎年忘れては当日に大ショックを受ける魔女の姿は、コハクとは生きる時間が違うという現実と、誕生日を祝いたいと思う程度には嫌われていないと言う希望の両方を突きつける。
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