『ひとつ屋根の下で二人きりの男女、何も起きないはずもなく』
「おじゃましま〜す!」
そう言いながら意気揚々に玄関のドアを開けるエレノア。なぜこうなってしまったのかは数分前に遡る。
#
数分前。
時は俺が猫を落としたところである。俺が落とした猫が地面に着地するのと同時くらいにエレノアが口を開く。
「ボク一文無しなんだよねぇ〜・・・」
「は、はぁ・・・」
「だから泊めてよっ!」
あまりの急展開に頭を悩ませる俺。しかし異国の地から来たであろう同年代くらいの少女をほっとく訳にはいかない。しかしだからといって今ここで出会ったばかりの女の子を家に泊めるのは法的に許されるのだろうか?
こんな事を考えているうちもエレノアは俺の顔をじーっと見つめてくる。
「ボク、ここ二日食べてないんだ・・・」
エレノアは悲しげな表情を浮かべながらお腹に手を当てる。そして体をくるっと後ろに向けて一言。
「やっぱりいまの言葉は忘れてくれ、無茶なこと頼んだってボクも分かっているさ・・・」
「エレノア・・・」
「ふふ、なぜ如月くんがそんな悲しそうな顔をするんだい? キミに泊めてもらわなくても昨日みたいに公園のベンチで寝れば済む話さ・・・」
「・・・」
「では、ボクはここらへんで失礼させてもらうよ。 またね、如月くん」
一一一と言って、てくてくと歩き出してしまうエレノア。俺はあんな悲しそうな表情をする女の子を放っておいていいのだろうか。否、決して良くないだろう。それにエレノアの服装は白と黒が基調とされた胸にリボンがあるスウィートワンピースで膝から下はきれいな脚が露出されている。今の季節でその格好は風邪でも引いて体調を崩してしまうかもしれない。だったら答えはもう決まっている。
「泊めてやるよ」
そう一言。ゆっくりと呟く。
「えっ・・・?」
エレノアは体をこちらに向けて言葉を漏らす。
「・・・だから、泊まっていいよ」
「本当にボクが泊まっていいのかい?」
「あぁ」
「見ず知らずのさっき会ったばっかりのボクを?」
「あぁ」
「・・・ふふ、ありがとう」
エレノアは小さく囁くように呟く。でも微かに俺の耳にはそう聞こえた様な気がした。
「じゃあ、行くか」
「えっ、まだ猫さん達が構ってほしそうに・・・」
「はぁ、もう暗くなるから行くぞ」
「は、は〜い・・・」
エレノア少し落ち込んだような顔をしている。それと同時にどこか楽しみげな表情を浮かべているのであった。
#
時は戻って現在。
俺の家はどこにでもありふれた一軒家だ。そこら辺の住宅街にあるなんも変哲もない家。
だがそんな我が家の前にふたりの人間が立っている。ひとりはここに住んでいる俺。もうひとりは謎の少女。そして扉は開かれる。
「おじゃましま〜す!」
そう言い、意気揚々に玄関のドアを開けるエレノア。なぜ、客人のエレノアが先陣を切っているのか些か不満があるが楽しそうなので放っておこう。どこかテンションが高いような気がするがそんなに人の家が珍しいのだろうか。もしかしたら日本の住居には入ったことがなくてワクワクと胸を躍らせてたのかもしれない。そう考えれば彼女の高いテンションにも合点がいく。
「あれ、誰もいないのかい?」
恐らく誰からも返事がないことからそう思ったのであろうエレノアは俺に問いかける。
「うちは父子家庭で父さんはいま長期出張でしばらく家にいないんだ」
「なるほどね」
エレノアはさっきまでとは打って変わって落ち着いた声色で言う。さすがの彼女でも何か思うことがあったのであろうか。
(よし、ここは俺が気を利かせるか・・・)
「だけどエレノアが来てくれたおかげで寂しさも和らぐよ」
急に馴れ馴れしすぎてしまっただろうか。コミ障特有の距離の詰め方が分からない俺はそんなことを考えながらエレノアから目をそらす。
暫しの沈黙が流れるとエレノアはそっと口を切る。
「・・・如月くんはお父さんのことが好きなんだね」
「まぁ、家族だからな」
少し気恥づかしいがわざわざ嘘をつく必要もないだろう。
「ふふ、素敵だね」
「そ、そうか・・・?」
エレノアの素朴な発言に頬を掻く俺。素直で可愛らしい笑顔をするエレノアに調子を狂わされて顔をなかなか見れない。
ここからどうやって話を切り出せばいいかあぐねていると"ぎゅるるる"とデカい音が鳴る。
「えへへ、ボクお腹すいちゃった」
お腹の音におもわず手を添えるエレノア。少し恥ずかしいのかほのか赤面をしているがまたその姿も可愛らしい。
「よし、何かつくるから2階のリビングに行こう」
我が家はどこにでもある一軒家の4LDKで2階にリビングとキッチンがあるので2階に案内する。
「ふふ、手料理とは得をしたね」
手料理を振舞ってもらえることを知ったエレノアは大分嬉しそうだ。
その後、2階に上がった俺はキッチンに向い、エレノアはテーブルのイスに腰を掛ける。
「さて、何かリクエストでもあるか?」
まぁ、大層なものは作れないがと言い付け加えながら冷蔵庫を開ける俺。
「キミの作る料理ならなんでもいいよ」
「じゃあ俺は寿司でも頼もうかな」
「おいおい、ここは寿司屋じゃな・・・いっ・・て、お前は誰だ・・・?!」
俺でもエレノアでもない第三者の声。その声の主を確認するために俺は後ろを振り向く。その先にはエレノアの反対側のイスに腰を掛ける一人の青年が居た。青年は俺達の視線が自分に集まっていると分かるとコホンっと咳をたてて仕切り出す。
「やぁ御二方、俺は神聖教会執行者第七席アステラ・グリムフォルデ、以後お見知りおきを」
そう言いアステラはニコッと微笑んでみせる。
高身長で顔立ちが良い彼の笑顔はきっとどんな人にも好印象を与えるだろうなと思った。しかし、その笑顔では隠しきれないアステラから放たれる不気味なオーラは、俺の心臓を加速させる。
「・・・・・どこから入ってきた ?」
俺は震える手を抑えきれないままそう聞く。するとアステラは右手の人差し指を横に向ける。その先には全開に開いているベランダがあった。
「っ・・・」
(鍵は中からしか開けれないのにどうやって・・・)
俺がそんなことを考えてる間もエレノアは一切動かない。アステラが現れてからというもの微動だにしないことから、それほどアステラのオーラが不気味なのだろうと再確認させられる。
「俺はある用事があってきたんだ少年」
「用事ってなんだ・・・?」
「そこの少女にちょっとね」
「エレノアに・・・?」
何かやばい気がすると俺の本能は直感的にそう告げる。だがここから一歩でも動くことはアステラの圧が許さない。
「単刀直入に言う」
息を飲む俺とエレノア。アステラがそう言った瞬間ここの空間がどっと重くなる。まるで重力が強くなったと錯覚させるほどである。
そしてアステラは真っ直ぐ前の"人物"を見て口を切る。
「君には死んでもらおう『吸血鬼』」
そうエレノアを指さしてアステラはきつく言い放った。アステラが放っていた不気味なオーラは一瞬にして殺気に変わってエレノアに襲い掛かる。
刹那、突風が巻き起こる。
あまりの勢いに目を瞑る俺。次に目を開けた時にはエレノアの姿はどこにもなく、広がるのは粉々に砕けたエレノアが座っていた椅子と突風で散らかった部屋に佇むアステラのみであった。
「恐ろしく速いね」
そう小さく呟くアステラ。それと同時に俺はこの状況を全くもって理解できなかった。
まずはこのアステラという青年は何者なのか。神聖教会の執行者と言っていたけど神聖教会の執行者とはなんなのか。そして彼の発した言葉。エレノアを指さして『吸血鬼』そう言った。だが吸血鬼とは何なのか、伝承やおとぎ話のあの吸血鬼だろうか。
一一一などと考えているとアステラは俺の方を振り返って目の前までゆっくりと迫ってくる。そして不敵な笑みを漏らしながら口を開く。
「君には囮になってもらおうかな」
「えっ?」
その瞬間、アステラの手刀が首に命中し、俺は為す術なく地面に倒れ込む。
「っ・・・・・」
ここから記憶はなく、俺の意識は深い眠りに入っていった。
混血の少女とひとりの少年 五月雨皐月 @oomoriSalmon
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