5

「彼女」と暮らすようになって、三十年。


 僕は死の床についていた。もはや起き上がる力もない。


「美由紀ボット」だった「彼女」は五年前にロボットの体に移し替えられ、「美由紀ロイド」となっていた。人間型とは言え明らかに人間とは区別できる姿形だが、顔に当たる部分のホロディスプレイには美由紀の顔の3D映像が表示されている。もちろん子供や孫たちも色々世話をしてくれたが、僕の一番身近にいて介護に努めたのは、やはり「彼女」だった。


 「彼女」が「中国語の部屋」だろうが何だろうが、今やもうどうでもよかった。本物の美由紀じゃないにしても、僕は今の「彼女」を愛している。それだけに、もっと「彼女」と同じ時を過ごしたかった。


 だけど、命あるものは必ず死ぬ。その運命に抗うことはできない。いよいよ自分の寿命が尽きようとしているのを、僕は感じていた。


「美由紀……死にたくないよ……」


 それは初めて「彼女」の前で口にした言葉だった。きっと「彼女」は『おっしゃる意味が分かりません』とでも答えるのだろう。聞いたことのない言葉については、それが彼女の定番デフォルトの応答だ。


 ところが。


「大丈夫。心配しないで。また、きっと会えるから……」


 人間の手と同じ、五本指のマニピュレータで僕の手を握りながら、「彼女」は言った。


 愕然とする。


 これではまるで……本物の美由紀みたいじゃないか……


 目の前が白い光で満ちていく。その中に、「美由紀ロイド」じゃない、本物の美由紀の姿があった。


 まさか……僕を迎えに来た、というのか……?


 そのまま、僕の意識は光の中に溶けていった。


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