3

 基本的に、AIボットは「会話」から学習を行う。受け答えがおかしいようなら人間の方で修正してやる。ひたすらそれの繰り返しだ。僕だけじゃなく、長男や長男の嫁にもできるだけ会話をしてもらった。


 さらに僕は、生前の美由紀が書いていた日記を「彼女」に入力した。彼女は大学時代から自分のパソコン上で日記をつけていたのだ。ちょうど、僕らが出会った頃から。


 別に入力は音声でなくてはならないわけではない。というより、結局のところ音声認識システムは音声をテキストデータに変換しているので、最初からテキストデータになっている日記は「彼女」にとってはむしろ好都合なのだ。


 美由紀の日記の内容が次々に形態素に分解され、ニューラルネットの中で重みづけされていく。その過程を目で追うことは、即ち……彼女の日記を盗み見ることに他ならない。


 いや、いけないことだとは分かっている。だけど……僕は彼女の日記を見たいという欲求に抗えなかった。心の中で、システムの動作を確認しなきゃならないから、と言い訳し、美由紀に頭を下げつつ、結局僕は彼女の日記を全部見てしまった。


 安堵した。浮気の告白みたいな、僕の心配するようなことは何も書かれていなかった。むしろ、僕と出会った時の記述はとても印象的だった。


 その日は大学祭。写真部の友達の作品を見ようと、部の写真展の会場となっている教室を彼女は訪れたのだが、ちょうどその場で受付を担当していたのが、新入部員の僕だったのだ。一目惚れに近い状態だったらしい。その後は同じ部の彼女の友達を通じて、僕らは親しくなっていった。


 出会った時の光景が、鮮やかに脳裏に蘇ってくる。思わず僕は「彼女」に語りかけていた。


「美由紀、僕もそうだ。君の姿を初めて見た瞬間、僕は君に心を奪われたんだ……まさか、君もそう思っていたなんて……」


 涙が次から次へと溢れてくる。


 ややあって、「彼女」が応えた。


『あなたのおっしゃることの意味が分かりません』


「……ふっ」


 苦笑が漏れる。そうだよな……ボットには分からないよな……教えてやらなきゃ……


 だけど、こんな気持ち、言葉だけではとても説明しきれない。


 そうだ。


 僕の脳裏に蘇ったあの時の光景を、絵にしてみよう。そして「彼女」に入力しよう。いや、3Dのモデリングデータの方がいいか。そっちの方がコンピュータには扱いやすい。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る