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 基本的に、AIボットは「会話」から学習を行う。受け答えがおかしいようなら人間の方で修正してやる。ひたすらそれの繰り返しだ。僕だけじゃなく、長男や長男の嫁にもできるだけ会話をしてもらった。


 さらに僕は、生前の美由紀が書いていた日記を「彼女」に入力した。彼女は大学時代から自分のパソコン上で日記をつけていたのだ。ちょうど、僕らが出会った頃から。


 別に入力は音声でなくてはならないわけではない。というより、結局のところ音声認識システムは音声をテキストデータに変換しているので、最初からテキストデータになっている日記は「彼女」にとってはむしろ好都合なのだ。


 美由紀の日記の内容が次々に形態素に分解され、ニューラルネットの中で重みづけされていく。その過程を目で追うことは、即ち……彼女の日記を盗み見ることに他ならない。


 いや、いけないことだとは分かっている。だけど……僕は彼女の日記を見たいという欲求に抗えなかった。心の中で、システムの動作を確認しなきゃならないから、と言い訳し、美由紀に頭を下げつつ、結局僕は彼女の日記を全部見てしまった。


 安堵した。浮気の告白みたいな、僕の心配するようなことは何も書かれていなかった。むしろ、僕と出会った時の記述はとても印象的だった。


 その日は大学祭。写真部の友達の作品を見ようと、部の写真展の会場となっている教室を彼女は訪れたのだが、ちょうどその場で受付を担当していたのが、新入部員の僕だったのだ。一目惚れに近い状態だったらしい。その後は同じ部の彼女の友達を通じて、僕らは親しくなっていった。


 出会った時の光景が、鮮やかに脳裏に蘇ってくる。思わず僕は「彼女」に語りかけていた。


「美由紀、僕もそうだ。君の姿を初めて見た瞬間、僕は君に心を奪われたんだ……まさか、君もそう思っていたなんて……」


 涙が次から次へと溢れてくる。


 ややあって、「彼女」が応えた。


『あなたのおっしゃることの意味が分かりません』


「……ふっ」


 苦笑が漏れる。そうだよな……ボットには分からないよな……教えてやらなきゃ……


 だけど、こんな気持ち、言葉だけではとても説明しきれない。


 そうだ。


 僕の脳裏に蘇ったあの時の光景を、絵にしてみよう。そして「彼女」に入力しよう。いや、3Dのモデリングデータの方がいいか。そっちの方がコンピュータには扱いやすい。


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