第57話 黒の歴史
門から入ってきたのは、セシルとガブリエラでだった。盲目のセシルが先頭に、そしてその次にガブリエラがついてくる形で、膝をついているモノクロ帝国の役員の横を通り過ぎた。そして、黒い階段を上がって舞台に登る。
「早速見せてやれ。よし、お前らも顔を上げろ!」
ゼロのその言葉に一斉に片膝をついた姿勢で舞台を見た。セシルとガブリエラはお互いに片手で、なにやら旗のようなものを持って広げた。
そこにはロゼが白魔術を駆使して戦う映像が記録されていた。
「これはセシル情報長の魔術で撮った映像だ。諸君らにもこれを後で配る」
ゼロは一歩前に出た。
「私は白魔術を使う少年をこの世の中危機として排除する。そしてその名目として、世界三大国魔力大会をこのモノクロ帝国で開催する」
ゼロの言葉に舞台の役員たちはざわつき始める。その感情を察知した、ポールが代表として意見した。
「しかし、ロゼ様。世界三大国魔力大会には会場設営や、PRイベントと言ったものがあり、少なくとも十年ぐらいかかるのでは?」
「ポールよ、もちろんそこは折り込み済みだ。だが俺の見立てでは、クリスタル王国もすぐには動いてこない。奴らは内政にしばらくの間時間をかけてくるだろうからな」
「では、その内に我々も準備いたします」
ポールはうやうやしくそう言った。
「私からの命令は以上だ 大聖堂での会議はこれにて解散する。各々また仕事に励むように」
ゼロはそう言って、舞台袖に向かった。
そこからゼロだけが通れる、専用の通路を使って宮殿の階段を上がった。扉を開けると、そこは大量の文献や本が並んだ部屋だった。
黒王の間と言われるその場所は、エリートであり続けてたいというゼロの趣味、思考に合わせて作られたものだった。
窓の近くにはソファがあり、ゼロはそこに着くと、寝転んだ。目を瞑る。まぶたの裏側には、こっちの世界に来る前の情景が思い起こされた。
それはゼロがまだゼロでなかった頃。
僕はエリートだった。幼稚園から有名私立大学附属に通い、小学生受験、中学受験、高校受験と、受験戦争を勝ち抜いた。気づけば日本一の偏差値を誇る国立大学へ入学していた。
受験勉強も頑張ったと言えば頑張った。でもそれ以上に親と環境に恵まれていた。それは僕自身が感じた事だ。
医者と政府高官という両親の家に生まれ、幼稚園の頃から家で雇った運転手つきリムジンで登下校していた。
わずか二歳の頃から専属家庭教師を雇い入れ、僕の成績が悪くなれば、解雇され、また新しい家庭教師がつきっきりで勉強を教えてくれた。
中学一年生の時点で高校で習う全ての学問を学び終え、人生イージーモードだった。
大学を卒業した後は、日本一の年収を誇る企業に推薦入社した。
周りから見れば、全てが順調だろう。誰もが僕を羨んだ。
だがどこか心の中にあるこれじゃない感。
高級なスーツを着て、ピカピカの靴を履き仕事をする毎日。ふと外を見ると、公園で子供が遊んでいる。サッカーをしているのか、みんな楽しそうだ。ベンチでおそらく家から持ってきたであろうゲームしている子もいる。みんな笑顔だ。
今は15時。
僕がこの子供たちのような年齢の頃は、いつもリムジンから降りて、そのまま勉強机に向かっていた。両親が高額で雇った家庭教師だから、教え方はうまかったが、休まらないほどの勉強の日々。外で遊びに行くという思考は頭の隅にあった。でも入れ替わりから家庭教師は、なにか契約を結んでいるのか、勉強に対してやけに厳しく、サボっているとキツく叱られた。
おっと。じっと見ていると、仕事が捗らない。目の前のタスクに集中するんだ。
キーボードで数字を打ち込む毎日。なぜだろう。大人になれば、もっとやりたいことができると思っていた。金はもらってもどこか満たされない。
王。
思いついた。王になれば良い。
今の年収の数千、数万倍の金を自由に動かせる。富、名声、力の全てが手に入る。
現状、今からコネで王になれるようには思えない。こういうのは、石油掘り当てるか、元々の生まれた時の家系で代々引き継がれるものだ。
僕はそんなことを考えながら、パソコンを閉じて、とっくに日が暮れた中、帰路についた。
僕はエリートになりたかったのか。それとも、周りに期待されたからエリートになったのか。子供のころはそんなことなど考えたこともなかった。
首を上にして空を見上げると一枚の葉っぱがヒラヒラと落ちてきた。街路樹が枯れかかっている。もうそんな時期か。
いつのまにか蝉が泣き止み肌寒くなる季節がやってきたのだ。
近くからエンジンの音が聞こえてくる。
僕は注意していなかったため反応が遅れた。目の前の避けられない距離にトラックが来ていたのだ。
僕は抵抗するなどできることもなくぶつかった。激しく空中で回転し、地面に叩き込まれる。僕はコンクリートにうつ伏せになった状態で、意識が朦朧とする中、走り去るトラックを目にした。
その背中には悪意があった。どす黒く、どうしょうもないほどの後悔が全身を駆け巡る。頭の上に枯葉が落ちてきたのが分かった。だが取る力もなく僕は死んだ。
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