第56話 黒
二つ影がクリスタル王国の国境を越えた。
ここから先はしばらく湖である。
通称、命の湖と呼ばれたその場所は、この世界の中心に存在している。中央には巨大な噴水が立ち上がり、大地からこぼれ落ちる水を命の湖に循環させて、遥か上空から水を叩き落としている。
「ひさかたぶりだ。あれを見るのは」
二つの影の一つである、セシルは見上げた。
「そうね。でもあの水飛沫に巻き込まれたら、今度こそほんとに死ぬから気をつけてることね」
もう一つの影が言った。それはガブリエラだ。二人はクリスタル工場での戦いの後、誰にも気づかれずに姿を消し、ここまで逃げ延びたのだ。
「ここらで一回休憩だな」
「何カッコつけてんのよ。実在はもう動けないの間違えじゃないの?」
「ふん、バカを言うな。俺はまだ自分の魔力が残っている。黒魔術で白魔術をガードしたおかげでな」
セシルとガブリエラはしばらく近づいて、水飛沫が飛んで来ることが無い木陰に座った。
「循環期が治るのは夜か。ちょうどいいな」
「ゼロ様にはどう報告するつもり?」
「シンプルにあったことをそのまま言えばいい。あの人はかしこい。下手に嘘つくよりよっぽど次のことを考えてくれる」
「そう言えばそうね。しばらくサーロンのゴミ野郎やろうと一緒だったから、感覚が狂ってきていたわ」
「それがスパイの宿命ってやつさ」
このセシルとガブリエラはモノクロ帝国から、クリスタル王国にスパイとして潜り込んでいたのだ。サーロンに近づき、シルバーエンジェルを一から作り直した。
目的は白魔術を探るためだ。モノクロ帝国にとってもっと脅威な白魔術をだ。
夜がきた。
ゴオオオオオオオ………とまるでこの世の終わりとも言えるような音を立てて、少しずつ噴水が崩れていく。命の湖はその衝撃で波が幾千も発生した。やがて、何かの動力によって噴き上げられていた噴水は跡形もなく、なくなった。
命の湖はいまや平になったのだ。
その上を黒魔術ではなく、自分が持っている本来の魔術によって、セシルとガブリエラは水面滑走していた。ここを抜けると、モノクロ帝国に着く。
この噴水近くの命の湖には魔獣やドラゴンといった外敵が一切存在しない。不気味な静けさと全く存在しない魔力が、見るものを畏怖させることで有名だった。
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モノクロ帝国の宮殿の長い廊下をロックは歩いていた。全てが白と黒で彩られたこの巨大な球団には、この国の全ての叡智が集まっている。ロックもそのうちの一人である。
早くも宮殿の大聖堂へと辿り着いたロックは、巨大な門を開けた。中には数千人の国の役職に着く人間座っていた。
その最前の舞台に一つだけポツリと置いてある、王の席に一人の人物が座っている。年は30歳。そして黒髪ストレートで、目のギリギリまでかかった前髪。この世界では珍しい髪型だった。
サイズが合っていないのか、座り心地が悪そうに、膝を椅子の肘置きにドンとかけている。
服のは全身黒を基調としており、そこに丸い水玉模様の白が入ったいる。椅子の後ろには、同じく黒の表が黒で、裏が赤のマントがかけられていた。
「きたかロック経理長。これで全員揃ったな」
そういうと男の子は王の席から立ち上がった。
それと同時に、大聖堂の一つしたの段にある全員が片膝をついた。見れば綺麗に整列されている。列の中央の空いている道をロックは通る。舞台近くまで来た時、男の子は手をかざした。すると、舞台までの黒い階段が発現した。
ロックはそれを登って舞台に上がる。
舞台の脇から二名の人物が出てきた。ロックから見ても高い魔力量を誇る両名が男の子の隣に並ぶ。最後にロックもその横に並んだ。
「ゼロ様。ご命令を!」
舞台下で一人が言った。
「ご命令を!」
全員が繰り返して言う。
それを静かに見渡し、やがて満足したゼロと言われた人物は、口を開いた。
「ここに集まったのは、我々エリート軍団であるモノクロ帝国の目的をゆるがす事態が起きたからだ」
「………!」
ロックは予想外の言葉にチラリとゼロを見た。
「ほう……それは私も知りませんでした。ゼロ様、是非教えていただきませんか?」
白髪の痩せた老人であるポールが言った。
「五黒帝のセシルとガブリエラが帰ってきた」
「………ほう。クリスタル王国の潜伏計画が成功したということですかね」
「いや、失敗した」
「なに? なにがあったのですか?」
ゼロの隣でロックから見て一番遠いところにいる、身長は3メートルあろうかという大男であるダストがはじめて声を発した。ただでさえ大きいのに、リーゼント頭がさらにその威圧感を増している。
「正確に言えば、サーロンの逃走と、その息子ロゼという人物が仲間を集めて、そいつらに壊滅させられたのだ。しかも驚くな事にこのロゼという人物、まだ子供ながらに白魔術を使うという」
「し、白魔術ですと⁉︎ それは死んだはずしゃ………?」
「ああ、ドラゴン侵略戦争によってオズワルドは死んだ。だが、終わっていなかったようだ。我々モノクロ帝国の夢である世界統一。それを邪魔する白魔術とロゼは許さない。非エリートは世界にいらない存在である! だが、相手は王族。正面からの戦争ではなく、どさくさに紛れて殺害しようと思う。そしてその方法を思いついた。入れ」
ゼロがいうと、先ほどロックが入ってきた大聖堂の門が再び開いた。
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