第46話

 下の階から何やら音が聞こえてくる。青色の魔石から聞こえてくる音楽とは違う。人が動いている音だ。フィオナはその音に耳を傾け、恐怖を和らげていた。もしかしたら、ロゼ君が来てくれているのかもしれない。そう考えると生きる気力が湧いてくる。

 その時、奴がくる気配がした。一時期別の場所で休憩をとっていたドウマンが、再びフィオナが吊るされている場所にやってきたのだ。汚らしい髭が生えた大きな口を開け、腹に響く声でしゃべりだした。

「侵入者が来たようだ。予定を早めよう」

「ロゼ君が来たの?」

「誰が来ても無駄だ。ここに残るのは死体と俺だけだ」

 そう言ってドウマンは動力部分のスイッチを押した。すると、ゆっくりとフィオナを釣っている鎖が動いた。目の前で魔獣の死体が刃物がぐるぐると回転する装置の中に入っていく。静かに刃物が死体に食い込んでいった。やがて装置から切り刻まれた魔獣が出てくる。その頃には外側の皮が全て剥がれ落ち、肉の部分が丸出しになっていた。

 フィオナは言葉が出せない程怖かった。

「イメージ出来たか? お前も数分後にはああなる運命だ」

 ドウマンはそう言ってフィオナの頭を掴んだ。ドウマンの荒い息遣いがフィオナの猫耳を通じて聞こえてくる。

「その前に首の骨を折っとかないとな」

「待って」

「なんだ……別の殺され方がいいのか?」

「私は例え死んでもあんたを許さない。絶対に殺してやる」

 フィオナは猫の耳をピンと立たせて大声でそう言った。ドウマンはその姿に気圧されて黙った。だが直ぐに余裕を取り戻したのか頭を掴んでいた手に力を入れた。

「俺は死に際で恐怖に怯えて、何も喋れない獣族をたくさん見てきた。お前は違うようだな。さすがレア物」

 ドウマンはゆっくりとたしなむ様に掴んだ頭をねじっていった。

「グギャァアアアアアアアアアアアアアア」

 フィオナの頭があらぬ方向に曲がっていった。目から涙が出てくる。逃げることはできない。

 だが、絶望的な状況でも最後まで生き続けることを決めていた。苦しいくても首に力を入れて必死に抵抗した。

 ドウマンはなかなか首が回らないことに苛立ち始めた。

「肉体変化させたのか。往生際の悪い奴め」

 ドウマンはさらにグッと力を込めた。

「はぁはぁ…グアアアアアアアアアァ」


 俺とリックはすぐに上の上がる階段を駆け登っていた。そんな時、悲鳴が聞こえてきた。この声。フィオナに違いない。俺は感知魔術で特定した。一番奥に人間が二人いる。

そこまで行くために魔力を高めた。

雷加速カミナリのかそく」 魔力量1000

 電撃がその場を疾走し、近くに捨てられていた段ボールと床に落ちいた埃が舞った。


 ドウマンはゾッとするほどの気配を感じた。それに対応しようと振り返った。だが、遅かった。既に目の前にロゼの蹴りが来ていた。顔面に思いっきり足の裏がぶつかり、ドウマンはのけぞって倒れた。


「フィオナ!」

 俺は目を瞑っていたフィオナに声をかけた。すると、パッと真っ赤になった目を開いて笑顔になった。

「ロゼ君。助けに来てくれたのね」

「そうだ。この鎖を引きちぎればいいんだな」

 そう言って俺はフィオナを吊るしている鎖を掴んだ。

「待って、それより向こう側に見える壁の根元に魔術を流し込むと自然に切れる仕様になっているよ」

「よし、分かった」

 俺はそう言って壁の元に向かおうとする。

「待てよ。そう簡単に行かせるわけ無いだろ」

 いつのまにか起き上がっていたドウマンが道を阻んできた。高級そうな服が地面で擦って汚れていたが、お構いなしに続きを話した。

「人の顔を蹴っていいとサーロン国王様に教えてもらったのか?」

「ドウマン……お前が全ての黒幕なんだろ?俺に殺人の容疑を掛けてクリスタル王国から追い出したのも、フィオナをこんな目に合わしたのも全部お前だったんだろ」

「全てはクリスタル王国と、サーロン国王様の為だ。お前のような白魔術を使う異端児はこの国にいらない。炎天下えんてんか」 魔力量4万

 ドウマンは魔法陣を発現させた。魔法陣から、部屋いっぱいの炎がで出来た。

 炎が包み込むようにして俺を襲う。俺の残り魔力量は5万。一か八かやるしか無い。そう思った時。

波水はすい」 魔力量2万

 どこからか現れた巨大な波が宙を漂い、やがて炎を飲み込んだ。水蒸気が発生して炎が瞬く間に消えていく。

 リックが追いついて俺の横に並んだ。

「あまり無理するなよリック。もう魔力量ないに等しいだろ」

「それぐらいしないともうこいつは倒せないよ」

「はっはっは、俺を倒すだと? 残り魔力量5万と5千で? 笑わせるな」

 ドウマンは完全に馬鹿にしていた。


 俺はドウマンの方に目をやった。いかにも上級国民ジースっぽい服装と体型。だが、油断ならないのは25万の魔力量だ。

「せめて2万5千だったら良かったのにな」

 心の中の声が外に出た。

「僕の残り5千で何とかなるかな?」

「信じるしかない。なんにせよ俺たちは魔力量を減らされ過ぎた」

 俺はリックとしゃべりながら、頭の中では何か解決策はないか考えていた。かつてサウザーに教えてもらった基本魔術は3つ。感知魔術と放出魔術。これは俺の柱にもなっている。もう一つ纏魔術がある。魔力を体に纏うことでダメージを減らすものだ。今の劣勢な状況。もう一か八かでやるしか無い。俺はそう決心した。

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