第22話

 エレナは庭の手入れをしていた。そこに音を立てず一人の人物が現れた。仮面を被った魔軍局の軍師ハイゼンだった。

「ロゼがシルバーエンジェルに捕まった。どうやら例のドウマンの殺害現場に血のついたロゼが居たらしい。ロゼは事実上クリスタル王国から追放になった」

 ハイゼンは庭にあるちょうど椅子ぐらいの大きさの岩に座った。

「まさか、あの人がそこまでするとは……」

 エレナはハイゼンの言葉に驚いたように顔を上げた。

「サーロン国王は疑り深く、自分自身の保身ばかり考えている。ロゼの弟ティムを次期王にして、自分はその後ろで死ぬまで権力を振るい続けようとするだろう。今、サウザー達がロゼを救う為に動いている。このことをサーロン国王に勘付かれないようにするのが俺の仕事だな」

「そのやり方だと、あの人に逆らう事になるのでは?」

「そうだ。この国の一部はサーロン国王を失脚させ、ロゼを一刻も早く国王にしたいと思っている。それが良いか悪いか、俺は立場上、表立って言えんがな」

 エレナは立ち上がった。

「私、もう一度あの人とロゼについてお話ししてみます」

「サーロン国王のことをあの人と呼ぶようになったんだな。俺はサーロンが国王になる前は欠点こそあれど悪い人では無いと思っていた。少なくとも失脚させることが正しいと思われるような人間ではなかった」

 ハイゼンは懐かしそうに語った。

「あの人はロゼを産んでから変わってしまったの……」

 エレナは青い目で空を仰ぎみた。

「白魔術と魔力量100万。ロゼには特別な力がある」

ハイゼンの言葉にエレナは頷いた。

「国の優秀な人間、ましてや自分の息子を除け者にするような王に未来はない。いずれ内乱が起こるぞ」

「そうね……」

「まぁ案ずることはない……サウザー達を信じろ。本当にヤバくなったら俺が表に出る」

 ハイゼンの目の奥に異様な光が走った。それはかつての歴戦の猛者だけが持つ独特の光だった。



「なるほど……そうだったのですね」

 サウザーは通信用の魔石で連絡を取っていた。クリスタル王国の城下町の宿にサウザー、ジル、コラン、リスター、リックは密かに泊まっていた。ここは元魔軍局の隊長であった人物の店で、サウザーとは顔馴染みだった。

 サウザーは魔石の通信を切るとすぐに、他の四人が待機している部屋に入った。

「ロゼ様が捕まっているであろう地下牢の場所は一つしかなく、大きく地下水と繋がっているようだ」

「一つだけですか。それにしてもクリスタル王国城下町の地下にそんな場所があったとはね」

 リスターはそう言った。

「恐らく、代々シルバーエンジェルが隠れて、歴史から危険人物を隠蔽する場所だったのだろう。我々、上級国民ジースにも知らない場所があったとは」

 サウザーはそう言って地図を広げた。地下水路への入り口を指で示す。

「ここから入る。勿論敵が待ち伏せている可能性もある。俺の感知魔術を使って様子を探るが、シルバーエンジェルの力は未知数だ。心してかかるように」

「了解」


 俺は既に感知魔術を持続的に使っていた。感知魔術は使えば使うほど魔力を消費してしまう。最初から体力があった俺は、正直に2日程度なら感知魔術を使い続けても全く問題がない。まさに与えられた才能に感謝しなきゃいけない。

 それにしても暇だ。手足、口が縛られている為何も出来ない。飯も来ない。というかこっちの世界に来て、胃袋の大きさが変わった。1日1食でも満腹になる。リンスが俺をこっちの世界に連れてくる時に体の中を改装したような感覚がある。多分異世界での生活に適応させる為の体にしたのだろう。


 リンスに関して俺はまだ信用していない。あいつは何か隠し事をしていると思っていた。だがしょうもない人生を送っていた俺に生まれ変わってやり直せるという最大のチャンスを与えてくれたのだ。そこには感謝しないといけない。


 そんなことを考えていると、巨大な魔力が発生したことに気づいた。さっきの見張りの二人組がいた場所からだった。さらに暫くすると五人の大きな魔力を持ったものがこちらに近づいて来ている。


「あ、居た。ロゼ君、大丈夫?」

 リックが檻の合間から心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「ふんがふんがふんが」

 俺は口をテープで貼り付けられているため、相手に言葉が伝わらない。

「今、助けてあげるからね」

そう言って檻の前に手を翳した。

水源波線ウォーターライナー」 魔力量 3万

 堅牢な鉄で出来ていた檻が鋭利な水の刃によって真っ二つになった。さらに縦に横にと水が走る。やがて俺のことを閉じ込めていた檻は粉々に砕けた。

 その音に反応して他の仲間も集まってきた。やがて俺は全ての縛っていたものから解放された。

「ロゼ様、お怪我はありませんか?」

 リスターが心配そうに駆け寄ってきた。

「結界魔術をかけられたが、問題ない」

「リックから聞いたのですが、シルバーエンジェルに襲われたのですか?」

「そうだ。あいつらが束になったら俺の魔力量でもきついな」

「シルバーエンジェルはサーロン国王の直属だ。ロゼ様は仕組まれたのだ」

 サウザー話に割って入った。

「それしか考えられない。俺はドウマンと会ったことすらないからな」

 俺はそう返した。

「これからどうするつもりじゃ」

 ジルが皆に聞いた。

「クリスタル王国でも俺が捕まったことが噂になっている筈だ。とにかく身の潔白を証明しよう。シルバーエンジェルが表に立って活動できないなら、なおさら俺が表に出るべきだ」

 俺はそう意見を言った。

「なるほど。確かにそうだな」

 今まで黙っていたコランが納得したようにそう言った。

「おい、コラン。帰ってもサーロン国王に何をされるか分からないぞ」

「だからって逃げるっていうのか? 俺はサーロン国王に直談判しに行く。ここに居るお前達も協力して欲しい」

 俺はサウザーの言うことを否定し、周りにいる五人を見回した。

「俺はロゼ様の意見に賛成するぜ」

 コランが声を上げた。

「私もです」

「俺もだ」

「うん」

 それぞれが賛同してくれた。

「決まりだな、これからサーロン国王に直接会いに行く」

「おう」

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