第12話

 その夜、俺は密かに天井裏に忍び込んだ。体が小さい為、狭いところにも入っていける。俺は初めて子供であることに感謝した。


 這いつくばりながら進んでいくと、遠くの方に一筋の光が差している。そこは今朝、下級国民ジャラスに売ってある魔石を欲しいと頼んできた、老人が住んでいるところだった。夜までかかったこと、下級国民ジャラスに無断で行ったことがバレたら面倒なことになる。そうならない為に俺は表から入らず、天井裏からわざわざ回ってきているのだ。


 天井裏の隙間から老人の方を見た。ソファに座ってマグカップに入っている飲み物を飲みながら、書物を読んでいた。


 ガチャ。

 俺は通気口についてある金網を上げて部屋に入る準備をした。老人は音に気づいて、上を向いた。マグカップを机に置き、俺の方をじっと見つめてきた。やがて俺のことを視認できたのか笑顔になった。

「ほっほっほっ、一国の王の子ともあろう方がわざわざ、そんなところからご登場とは。この国も生きづらくなったのう」

 俺は老人の声を聞きながら通気口から部屋に入った。着地すると恥ずかしさで頭を掻いた。

「いえいえ、城の皆んなに余計な心配をかけたくなかっただけですよ。それより魔石、約束のもの持って帰ってきましたよ」

「おお…、これは助かったわい。これでサーロン国王様にも顔向けできる。改めてロゼ王子様ありがとうございました。これからも頼りにしてるぞ。ワシは応援しているからのう」

 そういうと老人はしわくちゃな笑顔を俺に見せてきた。魔石をおいて手を差し伸べて来た。俺はそのしわくちゃな手を握って握手を交わした。


 その時、俺は人生で味わったことのない幸せを感じた。

 -誰かが幸福になる為に行動することはこんなにも清々しいことなんだ…。前世では気づかなかった事だ。あの頃はいつも誰かを恨んでいた気がする。誰もが俺のことを馬鹿にしていたから、俺も心を開かなかった。でも、だからこそ、自分と同じような境遇の困っている人を助けれ良かったんだ。まぁ、一度死んでるんだから、もう元には戻れない。この瞬間から俺は誰かを助けて生きていくことが、自分のやるべきことなんだと確信した。-


 その後何度かモニカを含む四人の教育担当者や他のクリスタル王国城内の人の目を盗んで、下級国民ジャラスの住む地域に出かけていった。モニカにはいつも、「一人でクリスタル王国の街を散歩したい」と言ってあった。俺がサウザーの元で強くなっていることもあってモニカも直ぐに許可を出してくれた。まぁ最も、俺の母エレナが裏で一人での外出許可を取ってるらしいが。


 俺が下級国民ジャラスに行く理由は魔術ボールをやる為だった。カロ、ポタ、ダニーの三人の出会いから知った魔力ボールに俺はハマってしまった。というのも基本ルールは手を使わずゴールをすること以外なかったからだ。ボールを止める為に魔術を使用することもできる。完全に得意分野だ。

 

 それに魔力ボールを通して友達が出来たことも大きな要因だった。カロ、ポタ、ダニー、の三人以外にも多くの下級国民ジャラスの同い年の友達が出来た。これも前世の俺では信じられないことだった。社会不適合というレッテルを貼られ、同学年だけじゃなく、先生からも馬鹿にされながら育っていった学生時代とは何もかも……。


 一方で俺が気にしていた魔力亮40万の少年、リックに関しても、俺がいる時の3回に1回は遊びに来ていた。まぁポタに半分無理矢理連れて行かれているらしいが。それでもリックは嫌がる様子はなく、むしろ楽しそうにしていた。元々、引っ込み思案な性格なのだろう。前世での俺の影と重なる。だからこそ、リックに自尊心を持って生きて欲しかった。それを伝えれるのは人生2回目の俺しかいないとも思った。



 最近はなんだか笑ってる回数が多くなってる気がすると、リックはボールを蹴りながら思っていた。それも、あのロゼとかいうクリスタル王国の国王の息子のおかげだった。それまではポタに人数合わせで連れてこられて、ルールも分からないままに魔力ボールに参加していた。スポーツをするのは嫌いじゃなかったので、なんとなく空気を読んでやっていた。でも、何処かでこんなことをしている場合では無いと思っていた。

 それでも母にその事を話すと、「私のことは良いから友達のことを大事にしなさい」と言ってくる。ポタやダニーとは確かにそれなりに仲良くなったというか、向こうが陽気に話しかけてくれるから仲良くなれたのかもしれない。でも、どこか自分の本心を出せていなかった。ロゼはポタやダニー、その他魔力ボールをやっている人の誰とも違う。目元以外顔を隠している僕に親切に接してくれた。

 

 リックの家は下級国民ジャラスが住んでいる場所は、この街から更に奥にいったところにある山の麓の小さな村にある。山といっても健康的な緑の木が生えた山じゃなくて、ゴミが積み重なった汚い山だ。


 村でリックは寝たっきりの病気の母を看病しながら暮らしていた。リックもまだ、7歳と非力なので、力仕事は出来ない。だから、このゴミ山でたまに流れてくる魔石を街まで持って行って、下級国民ジャラスにいる鑑定士に値段を決めてもらい、店で売る。その何割かを自分が利益として貰い、母の看病と自分の生活をする。その繰り返しだった。


 今日もゴミ山に帰ってきた。家のそばには毎日誰かが瓦礫を捨てて帰っている。それをどかして、家の扉を開けるのがいつものことだった。

「ただいま」

 薄暗い部屋の中に入った。粗末な作りの壁には至る所にシミが付いている。ゴミ山が近いせいか、ほのかに湿気を含んだ異臭が漂う。ここで育った僕にはもう慣れっこだった。更に奥にもう一つ扉がある。開けると中は寝室で、闇の中で母が寝ている。近くにある蝋燭ろうそくに魔力を流し込み、火をつける。


「おかえりなさい…リック」

 そう言って母は起き上がろうとした。

「まだ病気が治ってないんだから、だめだよ、お母さん」

「リック、お金はあるの?」

「うん、こないだ、B級の魔石を買ってくれた人がいたんだ。この辺りによく落ちてるとはいえ、僕のところで一番高いものだったから、儲かったよ」

「良かったわね。それで今日は好きなものを買って来て良いわよ。私は今日はもうこのお母さんは寝るからね」

「分かったよお母さん。じゃあいってくるね」

 リックはそう言って静かに寝室の扉を閉じ、机の上に置いてある鞄を持って外に出た。既に辺りは暗くなって来ていた。

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