第5話
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
優は息を切らしリビングのソファーへと座り込んだ。そして暫くそのまま息を整え、落ち着いてきたところでポツリと呟く。
「疲れてるのかな・・・あんな幻聴や幻覚が見えるなんて・・・」
あの後・・・優が川に入ろうとして見知らぬ男に止められた後、優は見知らぬ男に、暗くなってから川に入っては危険だからやめなさいと注意され、怒られた事と居なかったモノを居たと勘違いしてしまった事の二つが合わさり恥ずかしくなって、見知らぬ男と別れてからは家まで走って帰って来てしまった。
「今日はもう寝よ・・・朝からドタバタしてたから疲れたんだきっと・・・」
あの幻聴や幻覚は女になってしまったこの状況による疲れやストレスだと優は判断した。そしてそれを解消するには休むしかないと考え、自室に移動しようとしたところで家のチャイムが鳴り来客を知らせて来た。
「誰だよこんな時間に・・・。今日はもう寝ようと思ってたのになぁ」
予定を崩されのそのそと玄関に向かう途中で再びチャイムが鳴る。優は少しイライラしながら玄関の鍵を開けドアを開く。
「なんだ涼真か・・・。何か用か?」
「あ・・・ああ、ずいぶん疲れてるみたいだね?」
ドアの向こうにいたのは『桐谷涼真』、優の家の隣に住んでいる幼馴染であった。
「まぁな・・・。それで?」
「いや・・・今日学校休んだみたいだし、大丈夫かなって一応様子を見に来たんだけど・・・」
どうやら涼真は学校を休んだ優の様子をわざわざ見に来てくれたらしい。そんな幼馴染の心遣いを嬉しく思い、少しイライラしていた気分が晴れた優は返事を返す。
「ああ、俺は大丈夫だ。幸平おじさんにはやることがあるから休むって話したんだけど、聞いてないのか?」
「学校から直接きたから父さんにはあってないよ。それよりごめんね?本当は直ぐ来たかったんだけど、今は部活休みづらくて・・・」
「あー、涼真は期待のエース様だし仕方ないよな~?」
涼真はバスケ部に入っており、部内でエースを張れるほど運動神経が抜群だった。更に身長も高く勉強もでき顔もいいという、天が2物も3物も与えた様なすごい人物であった。
半面、男であった時の優は部活に入るも幽霊部員、身長もそこそこで勉強もまぁまぁ、顔は悪くないが良くもないといったこれまた普通というTHE平凡人間であった。しかも優れた幼馴染に微妙な嫌味を言うといった心の持ち主であった。
「しかもエース様、幸平おじさんが言ってたけど静さん体調悪いらしいじゃん。俺より静さんの心配した方がいいんじゃないか?」
「母さんなら大丈夫だよ、優も知っての通りあんな人だし・・・。それよりも俺は優の方が心配だよ・・・今もあれだし・・・」
「あれって何だよ、あれって・・・」
涼真は優の微妙な嫌味もさらっと流し、優の心配をしてきた。今だに二人の仲がとても良好なのは偏に性格までいい涼真のおかげであろう。優もそんな涼真の事は嫌いになれず、涼真には気楽に接していた。
「いやその・・・言葉遣いが昔みたいに戻ってるよ優」
「・・・え?・・・あっ!」
そして気楽に接しすぎていたからか、完璧に気が抜けていた。朝起きてから人前ではなるべく丁寧に女らしく喋っていたのだが、涼真の前ではついつい男の時みたいに喋ってしまっていたのだ。
優がなんて誤魔化そうと考えていると、涼真が喋り出す。
「あー、もしかして何かの本の影響?」
「そ・・・そうそう、どうだった?」
「うーん・・・、流石に女の子らしくなった優にはちょっと・・・。・・・けどまぁいいのかもね」
「そ、そう。って何がいいんですか!?・・・あはは」
涼真は勝手に誤解してくれたみたいだったので、優はそれに乗っかり最後は曖昧に笑って誤魔化しておいた。
微妙な空気が二人の間に流れ始めるが、涼真が場の空気を換える様に話題の転換をした。
「そういえば優、体調が問題ないって事は明日は学校に来るんだよね?」
そう振られた話題に優は少し考える。出来る事なら後数日は学校を休んで色々やりたいと考えていたのだ。丁度いいので今決めてしまおうと考えた。
女になるという異常事態が起きた今日は木曜日、明日の金曜日さえ休んでしまえば、明後日の土曜日は運がいい事に休みの週なので、金土日と三日休みになる。この三日で考えている事をやれればいいと考えた優は、それを涼真に話すことにした。
「いえ、明日も休もうと思います。だけど心配はいりませんからね?ちょっと野暮用があるだけですから」
「そう・・・わかった。優の友達に何か聞かれたらそう言っておくよ」
「ありがとう涼真」
涼真は優が言った野暮用については詳しく聞いてこなかった。さすが気遣いも出来る男だと優は改めて幼馴染兼親友に尊敬の念を送った。
「それじゃあもう帰るね。また月曜日に、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
優から尊敬の念をひっそりと送られていた男・涼真は挨拶をして帰っていった。涼真が視界から消えたのを確認すると、優はドアを閉め鍵をかけて自室へと歩きながら愚痴をこぼした。
「ふぅ~、これからは涼真にもちょっと気を付けて喋りかけなきゃな・・・。つい何時もの感じで喋ってたわ・・・。やっぱり面倒臭いなこの状況、絶対なんとかしなきゃ・・・」
これから女でいるとずっと気を張って生きていかなければならないと、気が滅入りそうになりながら優は自室のドアを開けて中に入った。そして明かりのスイッチを入れて更に気が滅入った。
「忘れてた・・・。布団血だらけだ・・・」
忘れていたあまりの事態に四つん這い状態になってしまう。明日の予定に布団をどうにかする事を加えて、今日はリビングのソファーで寝る事を決めた優はリビングへと向かった。
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明けて翌日、優はリビングのソファーの上で目を覚ました。起きたら全て夢だったらいいなと思いつつ自身の体を見てみる。しかし体は依然女のままで、朝からテンションが下がった優はシャワーを浴びることにした。
「ふぅ、すっきりした」
昨夜は疲れていたため風呂に入らず寝てしまったので、朝からシャワーを浴びてスッキリとした気分になった優は機嫌よく朝食の準備を始めた。朝はパンと決めているので、まずは食パンを一枚トースターに入れてスイッチオン。後はスクランブルエッグでも作るかと冷蔵庫を開ける。
「あ、卵切れてる。んー・・・、ハムとレタスがあるから簡単にサラダにでもしようかな」
冷蔵庫の中は食材があまり無く、今日は食材も買い出しだなと頭の中にメモをしながら料理を進めて完成させる。
トースターが焼き上がりを知らせるころにサラダも用意が終わり、飲み物には牛乳をセレクトして朝食を始める。女の体になったからか、男の時よりも少し時間がかかるが食べ終わる。
「ごちそうさまでしたっと。さて・・・食器を片付けたら学校へ休みの連絡だけ入れるかな・・・」
チラリと時計を確認してからそう呟いた。時間はまだ7時過ぎだったが、この時間には先生方も学校に出ている筈なので、食器だけ片付けてから電話をかける。電話はすぐにつながり、本日も昨日同様少し演技をしながら休む旨を伝えると、これまた昨日同様すんなりと通った。
「昨日もそうだったけど、今日も随分あっさりだなぁ・・・。美少女特典とかか?」
優はそんなありもしない特典を思い浮かべる。直ぐに、毎日の真面目な学校のおかげだろうと思いなおした。それかもしかすると、優等生の幼馴染のおかげかもとも一瞬頭によぎり、やはり持つべきものは頼れる幼馴染だと頷いた。
「さてと・・・、学校に連絡も入れたし、取りあえず布団をどうにかして、その後はちょっと調べものかな」
優は次のするべき行動を頭に思い浮かべる。まず第1に使用が出来なくなった布団の処理。そして第2に昨日の阿部から聞いた話を元に調べものだ。
まず優は自室に戻り、持ってきた大きなゴミ袋に使用不可能となった上下の布団を詰めた。
「よいしょっと、まぁこの布団も結構長い間使ってたし、・・・使ってたんだよな?まぁ使っていたと仮定して、変え時だと思って捨てようっと。取りあえずゴミに出すまでは・・・ここでいいか」
そう言ってゴミ袋に詰めた布団を押し入れへと詰め込もうとする。だがその前にもう1つの用事である調べものを行う事にした。
するべき行動の第2、阿部から聞いた話を元にする調べものとは、アイテムの捜索である。
阿部は、何かしらの由来があるアイテムのせいでパラレルワールドに迷い込むという設定を話してくれた。なのでそれを元に、何らかの怪しい物品でもあるのではないかと思い、取りあえずは自分の身の回りから調べていく事にしたのだ。
「と言っても、押し入れの中にはさすがに無いと思うけどな・・・」
そうは言いつつも念の為だと押し入れを探る。押し入れに入っていたものは、季節じゃない服に、昔の玩具、後は暖房器具や扇風機ぐらいだった。流石にこれらは違うと思い出した物を片付け、ついでに捨てる予定の布団も片隅に置いておく。
「まぁ予想通りか。次は部屋の中かな・・・」
部屋の中を見回すと、男の時の記憶とは所々違ったものがある。なのでそれらを1つ1つ確認していく事にした。
何処かの雑貨屋で買った物であろう小物。誰かからのお土産だろうか、かわいらしい置物。大切に飾ってある人形とお守り。化粧箱に収められた化粧道具。ヒラヒラの服。キラキラとしたアクセサリー。
それらを見て行くが、パッと見でこれだと言うものは見当たらない。
「というか、見てわかる様な物なのかな?もしかしたらこのアクセサリーの中にあったり、このお守りだったり・・・」
優は適当にアクセサリーを取りジロジロと見る。だが数個見たところで違うかな?と思い、次はお守りを手に持つ。お守りの表を見て、裏返して裏を見る。古くなって少し解れているくらいで普通のお守りに見えるのでこれも違うだろう。
「んー、後は家の中を探してみて、なかったら後はベタな所だと神社とか・・・?大穴で涼真の家とか・・・」
優は顎に手を当て首を傾げながら考える。取りあえずは家の中かなと思い、家の中を軽く探すも、見える範囲では特に怪しいものはなく、父親の部屋は鍵がかかっていて入れなかった。因みにだが、優が昔に父親の部屋に無断で入り、大事な資料などを汚したことがあって、それ以降父親の部屋には鍵が付けられ無断ではいれなくなっていた。
「さすがに父さんの部屋の鍵を壊してはいる訳にも行かないよな・・・まぁ他が全滅でどうしようも無くなったらかな・・・」
家の中を一通り見終わり時計を見ると、時間は10時近くになっていた。そろそろどの店も開く頃なので、とりあえず次は外出かなと考え、優は着替えるために自室へと戻っていった。
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作者より:読んでいただきありがとうございます。
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