第4話

 幸平の店から出た優は一度自宅へと帰り、リビングのソファーに腰を下ろして先ほどの事を思い出していた。


「おかしいな・・・確かにボックス席に人がいたと思ったんだけど・・・。それに何だったんだあの男。変な感じがしたな」


 優は奇妙に感じた事を思い出して少し考えていたが、何となく答えが見えた気がして毒づいた。


「もしかしてあれが所謂、視姦されるって奴か?キモッ!女の子の気持ちが解ったわ・・・。って今は女の子だっけ・・・」


 優は、あの時感じた妙な居心地の悪さは変な目で見られたからだ、と結論づけた。ボックス席の客については単なる気のせいだろう。そう自分の中で答えを出し、これ以上それらを考えることを止めた。


 なぜならそんな事よりも重大な事があるからだった。優はわかってしまったその重大な事実について頭を抱え考え込んだ。


「そんな事より、あれだな・・・。やっぱり俺は元から女だと普通に認識されてるな。・・・どうしよう。俺はもう女として生きるしかないのか?いやでも俺は女の子が好きだから男の恋人とか無理だぞ・・・。いやまてよ・・・ブツブツ・・・」


 優は前向きに、このまま女として生きていった場合を考え、そしてその場合の将来についても考えていた。出来るかもしれない恋人の事を考え、将来つく仕事の事を考え、そして友達の事を考えた時、ある人物が頭に浮かんだ。


「そうだ!阿部さん!ダメ元だけど阿部さんに相談してみよう!」


 優の頭に浮かんだのは父の友人『阿部達也』、阿部達也は父の友人であると同時に父の同業者でもある小説家だった。

 全国を飛び回りネタを探す父と違い、阿部は自宅で創造の翼を広げファンタジー小説を書いたり、またネットを使い情報を収集してSFやミステリー等幅広いジャンルを書く人物であった。


「阿部さんならこういう状況になった本も書いてそうだし、何かヒントみたいなのくれるかも!」


 阿部も決して現実に起こるとは思っていないが、『もしかして』と創造で書いているので、優が一人で考えるよりかはこの状況に対するましな打開策を考えてくれるかもしれない。優はそう思い、阿部に相談する為に再び家をでた。


 ・

 ・

 ・


『ピンポーン』


 優の家からそこまで離れていない場所に小説家『阿部達也』の家はあった。その家はなんてことはない一軒家で、庭の手入れをさぼっているのかあまり大きくない庭には雑草が生い茂っていた。


『ピンポーン』


 優はチャイムを再度鳴らす。

 郵便受けにも新聞がたまり、如何にも留守といった感じだがこれは何時もの事。チャイムも毎回何回か鳴らさなくては出てこないのである。


『ピンポーン』『ピンポーン』『ピンポーン』


 しつこく何回か鳴らしていると、ドアの前に人がいる気配を感じた。そこで優はドアの向こうにいるであろう人物に向かって声をかける。


「阿部さん、私です。佐十です。佐十優。ちょっとお話がしたくて来ました」


 優がそう声をかけると玄関の鍵が開く音がしてからドアが開く。そしてその向こうから一人の男が現れた。

 その男は長く伸びた髪とダルダルの服を着た40歳くらいの男だった。その男、阿部は優の姿を見ると笑顔になり、声をかけてきた。


「らっしゃい!どうしたん優ちゃん?俺になんかようか?」


「はい阿部さん。すこしお話がしたくて突然来てしまいました。今大丈夫ですか?」


「おお、ええで?・・・っは!?とりあえずはよう中へ!」


 阿部は周りを見回し、焦った様に優を家の中へと誘う。優は「またか・・・」と思いつつ家の中へと手早く入った。すると阿部はそれを確認し、鍵をしめてからドアに耳を当てて外の様子を伺っていた。やがて大丈夫だと解り、ドアから耳を離してホッと安堵のため息を吐いた。


「阿部さん、またですか?締め切りやばいんですか?」


「いやぁ~、大丈夫っちゃあ大丈夫なんやが、なぁ?」


 阿部は優の問いにあいまいな感じで返事を返す。恐らく大丈夫ではないのだろう。阿部達也という男は度々このような状態になる。


 小説家・阿部達也。彼はそこそこに名の売れた小説家で、雑誌の連載も持っている。そして度々その締め切りに追われる状態になる。彼はメンタルが筆に出るタイプで、気分よく乗っているときは問題ないのだが、一度気分が乗らなくなると、途端に筆の進みが遅くなるのである。

 なので度々締め切りに追われ、担当編集者から隠れる様になるのだ。


 父・雄一の友人で昔から知っている阿部が、また気分が乗らず原稿が進んでいないことを優は察したが、今は優にも差し迫った問題がある為あえて気づかないふりをすることにした。


「そうですか、ならリビングへ行っても?」


「ああ、ええで。まぁリビングなんてしゃれた感じやないけどな」


 阿部から了解をもらえた優は、勝手知ったる家なので目的の部屋までずんずんと進む。阿部はそれに慣れているのか後ろを進み、途中で台所に寄り冷蔵庫から飲み物を取り出してからリビングへ現れた。


「ほい、お茶。で、話ってなんや?」


「ありがとうございます。あ、先に頂いてもいいですか?」


「ええで。ゆっくり飲みなや」


 阿部が渡してきたお茶のペットボトルを開けて少し飲み、程よい温度だったお茶で気持ちを落ち着けてから、優はあらかじめ考えてきた設定を話し出した。


「えーっとですね、実は私も小説を書き始めたんですが、そのアドバイスがほしくて・・・」


 優は阿部に少し上目遣いになりながらそう話した。自分でも少しあざといかなと思ったが、効果のほどは・・・。


「おお!ええでええで!何でも聞きな!いやぁー、優ちゃんもこっちの道に興味がわいたんかぁ。ええやんええやん、物語を綴るのはハマったら人生変わるほど楽しいでぇ!?」


 どうやら抜群だった様だ。男だった時もこのような感じで優には優しかった記憶はあるが、今はそれにもまして優しい感じがして、若干顔がにやけているようにも見えた。


「あはは・・・。確かにそうですね、話を書くのは楽しいです。でも、やっぱり展開を広げていくのが難しくて・・・」


「あー、まぁ最初はそうやろうなぁ。一緒に考えたるからどんな感じで難しいのか話してみ?」


「はい、えっとですね。SF物なんですけど、パラレルワールドのお話しなんです。ある朝起きるとパラレルワールドに迷い込んでしまっていて、性別が変わっているんです。それで周りの人はそれを疑問に思っていなくて、居心地も悪くはないんですけど元の世界に戻りたい主人公は困ってしまうんです」


「なるほどなるほど、まぁありがちな感じやな。で?」


「はい、それでどうやって元の世界へ戻る方法を探すかって所で詰まってしまって・・・。阿部さんならどのようにします?」


「なるほどなぁ、まぁ結構ミソな部分やもんなぁ。そやなぁ・・・」


 阿部は目を瞑って黙り込み、少し考え込んでしまった。そして優は阿部の出す答えに期待しワクワクしていた。


 元の世界に戻るヒントになるかもしれないし、単純に阿部がどういう話をするのかも気になるのだ。


 実は優、阿部の書籍のファンである。父・雄一はホラー系をメインで書いているのであまり好きではないのだが、阿部は心をワクワクさせるような楽しい話をよく書くので、書店で見かけている内にすっかりファンになってしまったのだ。

 その阿部の考えが聞けるのである。ワクワクしないはずがない。


 やがて阿部はゆっくりと目を開き、口を開いた。


「・・・そうやなぁ、パラレルワールドに迷い込んでしまったっていう事やけど・・・、戻る方法の展開を広げるとなると、原因が有ると無いで考えてくとか・・・?」


「といいますと?」


「原因が有って飛んだなら、その原因を見つける為に動いてそれに絡まるストーリーを足していく。逆に無いなら、そのままパラレルワールドに残って元の世界とのギャップやらを広げていったり、新しく超能力的な物を出して元の世界へ戻るために戦うみたいな感じ・・・やな」


「なるほど・・・、因みに原因が有るなら阿部さんならどういう原因にしますか?」


「ベタな所やとアイテムやな。どこどこ由来のこれこれがあったから時空の歪みができたーとか。後は人っていう手もあるなあ。時空をつなげる能力を持っとって何かしてほしいから主人公を呼ぶために使ったとか」


「おぉー・・・勉強になります」


 阿部が考えるにしては普通過ぎるが、優が小説を書くという前提の元に考えているので定番所を教えてくれていると解りつつも、やはり本物の作家が言うと説得力があると、優はすっかりただのファンになって話を聞き入っていた。


 暫くはそんな具合で話が続いていたのだが、阿部が時計をちらりと見て話を打ち切った。


「優ちゃん、そろそろ時間やから帰り。そこまで家遠ない言うてもこの時間からなら暗なるで?」


「あ、本当ですね。気づきませんでした」


 ただの1ファンになって話にのめり込んでしまっていた優は阿部に言われて初めて時間に気付いた。確かにこの時間だと家に着くころには日が落ちていそうだ。


「ありがとうございました阿部さん。今日は帰りますね」


「おう、また話に詰まったら相談しにきなや。いつでも来てええで?」


「はい!またぜひ!」


 そう言いあい、優と阿部は家の玄関に移動する。そして優が靴を履いていると阿部がぽつりと言った。


「優ちゃんに楽しみが出来て明るくなってよかったわ」


「え・・・?私暗かったですか・・・?」


 阿部が呟いた言葉を聞きとった優は少しへこむ。確かに陽キャといったタイプではないが、暗いと思われているとは思っていなかったのだ。

 なのでそんな風に言われ、気分が落ちていると阿部は慌ててフォローしだした。


「あ、いやそんなことないて。普段趣味らしい趣味もなくてあれやったからそれやおもて・・・な?」


「は・・・はぁ・・・」


「まぁ気にしなさんなや。ほらはよ帰り!真っ暗になるで!」


「わかりました。それではさようなら」


「あぁ・・・またな!」


 阿部はしどろもどろになりながら言い訳の様な事を言い、最後には優を急かしてきたので最後に挨拶をすると、阿部は寂しそうな声色だったが嬉しそうに手を振り見送ってくれた。


 優は釈然としないと考えつつも、確かに暗くなる前に帰るべきだと思い阿部の家をでる。外に出ると日が落ちつつある逢魔が時であった。


「急いで帰ろっと」


 優はそう呟き、駆け足になりながら家へと道を進んだ。河原沿いの道を進み、やがて川に架かる橋が見える辺りまで来た時、息が上がってしまい足を止めた。そしてのどの渇きを覚えたので、阿部の家でもらったペットボトルのお茶を持っていた手提げバックの中から取り出して飲み、一息つく。


「ふぅー、流石にここからだと暗くなる前に着くだろう。ちょっと急ぎ過ぎたかな」


 息を整えるために、夕日に照らされる川の景色を見ながらゆっくりと歩く。


 辺りには優しい風が吹き、人も見当たらず静かだった為、まるで一人だけの世界みたいだ、と少々センチメンタルな気分になっていた。


 そんな風に歩いていると、まだ遠くに見える橋の上に人影を見つけた。


 その人影はゆらゆらと頼りない歩き方で橋の上を進んでいた。


 ゆらゆら ゆらゆら と


 よくよく見ると橋の欄干の上、その狭いスペースを歩いている様だ。


「危ないなぁ。あ、もしかして偶に聞く迷惑系ミーチューバー?」


 優は、ミーチューブという無料動画サイトで度々問題視されることのある、主に人の迷惑を顧みない行為を行う人達の事を思い出した。


 優は本当にいるんだなぁと思い、チラリチラリと見ていた。




 ゆらゆら ゆらゆら




 優が橋に近づくにつれてその揺れは増しているような気がした。


 危ないなぁ。馬鹿だなぁ。そんな思いと同時に、何か言い表せない感情が優の中に渦巻き目が離せなかった。





 ゆらゆら ゆらゆら ゆら~~





「あっ!」


 遂に人影の揺れは限界を超え、寄りにもよって橋の外側へと落下する。


 流石に迷惑系ミーチューバーであろうと、事故を起こした人を放って置けない!そう思った優は道の土手を降り、人が落ちたであろう川の地点へと急ぎ走る。


「おーい!どこだー!?大丈夫かー!?」


 日が落ちかけ、色が変わった川へと向かって優は呼びかける。


「おーい!いるのかー!?返事しろー!?」


 しかし一向に返事は帰ってこない。落ちた拍子に気を失ったのだろうか。


「おーい!おーい!」


「おーい!いるのかー?」


 おーい!おーい!


「おーい!返事しろー?」


 おーい!おーい!


「おー・・・ん?おーい!」


 おーい!


 呼びかけている内に自分の声に少し重なり声が聞こえるのに気が付いた。


 何処から聞こえる!?と川の方によく目を凝らすと橋の影になった位置で手を振っている気がする。


「おーい!そこかー!?」


 おーい!おーい!


 優が呼びかけると声を返してくる。


 優は自分が行って助けるしかないと思い、靴を脱いで川の中に入ろうとする。


「今行くぞ!まってろ!」


 おーい!おーい!


 優は川の中へ足を入れようと・・・・。


















 突如、ガッ!と後ろから肩を掴まれる。



 ギョ!?っとして振り向くと一人の男がいた。何処かで見た様な男だった。


「何をしている・・・?」


 その男は優に問いかけてきた。優はそれで川の中の人の事を思い出し再び川の方を見て叫ぶ。


「あ、あの!あそこに人が!橋の上から落ちたんです!」


 優は橋の影になっている部分を指さす。しかし・・・。


「どこにいるんだ?何も見えないが?」


「・・・え?ほらあそこ・・に・・・」




 男に問われ影の部分を見ると、そこには誰もいなかった。



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 作者より:読んでいただきありがとうございます。

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 2022/2/3 少しだけ改訂

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