第4話 招かざる客
突然押しかけて来た一団は大柄な男ばかりで、物々しく武装しており、全員恐ろしげな髭面です。ざっと見たところ、二、三十人はいるでしょうか。人数も武力も足りない私たちは威圧されて、動けなくなってしまいました。
……そう言えば、ソフィーから聞いたことがありますわ。帝国北部はとても寒く、恐ろしい獣やもっと恐ろしい北の蛮族に襲われるため、そこに住む人々は髪や髭を長く伸ばし、身体を鍛えて大きくする。だから彼らは力も強いし気が荒い、と。
まるでこの人たちのようではありませんか。
そんな彼らの先頭に立つ不遜な顔つきの騎士の前へ、ヨハンとライモンドが立ちはだかりました。
ヨハンは剣の柄に手をかけ、迎え撃つ体勢です。一方のライモンドは交渉役として沈着に語りかけます。
「さよう。当館はミーナローゼ姫のお住まいであるが、そなたらはそれを承知で狼藉を働こうと言うのか?姫に御用があるのならば、まずは剣を収めて名乗っていただこう」
チッ。騎士は面倒くさそうに舌打ちして(失礼にも程がありますわ、この下郎!)、剣を鞘に収め、ガラガラ声を張りあげました。
「我は《銀の疾風》ノルトライン侯爵の配下、ゲオルグ・マイヤーと申す!我が主の花嫁を迎えに参った!」
帝国語ではありますが、やけに癖の強い、変わった発音です。これが訛りというものかしら。ライモンドは険しい顔で聞き返します。
「花嫁、ですと?」
「そうだ。ノルトライン侯爵はミーナローゼ姫を妻にお迎えになるのだ!」
「は?」
いきなりの、しかも一方的な宣言に、私は思わず間の抜けた声をあげてしまいました。
ノルトライン侯爵?どこのどなたですの?……名前は聞いたことがあるような、ないような気がしますが、ともかくそんな方から求婚どころかお便りすらいただいたことがありませんわ。
すると、すかさず
「なにをいうかッ!」
私の隣に立つシャルル王子が私の手をぎゅっと握り、気丈に反駁しました。
「ひめは わがあにうえの はなよめだッ」
王子のひょろりと細い侍従も、負けじと口を添えます。
「こちらにおわすのは聖ハイランド王国第二王子シャルル殿下でございます。本日はミーナローゼ姫が、我らが王国に輿入れなさる日。この縁談はシュバルツレーヴェ帝国皇帝陛下直々の命によるものでございますよ?ノルトライン侯爵は何の思い違いをなさっておいででしょう」
父親としてクズとはいえ、皇帝陛下の御名を出せばこの下郎もおとなしくなるでしょう……と思いきや、髭面騎士はフンと鷲鼻を広げて侍従を馬鹿にしました。
「皇帝などもうおらぬわ」
?!?!?!?!?!
場が静まり返ります。
この下郎、何を言っているのかしら???
こちら側が一斉に口を閉じたのを訝り、髭面の下郎は首を傾げました。
「いや、捕らえて断頭台に送ると仰せだったか?」
断頭台?!なんて恐ろしい!
私は震えあがりました。
助けを求めてライモンドを見れば——彼は後ろに組んだ手を動かし、髭面どもに見えないようにこっそり指で文字を宙に書いています。私はハッとしてその指の動きを追います。
Z E I T——時。時間。
……つまり、時間を稼げと伝えたいのね?時間を稼げばなんとかなる、と。
ライモンドがなんとかなると言えば、きっとなんとかなるのでしょう。これまでもそうでしたもの。この身を縛り付ける恐怖が少しだけ去りました。
やや落ち着いて辺りを見渡します。
こちら側の戦力は聖ハイランド王国の騎士が六名と騎士の格好をしたヨハン、ライモンド、シャルル王子とその侍従、そして私とソフィーとミラの女性三名のみ。奥には使用人たちがいるはずですが、おそらく荒事の役には立ちません。
それはそのはずですわ。王子は馬車で日帰りできる片田舎に姫を迎えに来ただけで、私たちも昼食会兼お別れ会を催して出発するだけの予定でしたもの。まさか荒くれ者の一団に襲われるなんて思いもしませんでした。
対して、あちら側は外で待機する騎士も併せて、屈強な大男たちが三十人ほど。私を攫う気満々で武装しています。
……これで本当になんとかなりますの??
また不安に襲われる私の前で、ライモンドが声をあげました。
「申し訳ないが、話が見えないので説明してもらえないか。皇帝陛下が不在とはどういうことだ」
「どうもこうも」
髭面の下郎が勝ち誇って胸を張ります。
「我ら北部連合が、性悪な暗君を引きずり下ろしたまでよ」
……この無礼な物言い、だんだん不快になってきましたわ。
私がムッとして顔をしかめると、シャルル王子がまた私の手をぎゅっと握り締めました。驚いて王子へ顔を向ければ、王子は唇の前に人差し指を立て、私をじっと見上げていました。
静かに。落ち着いて。そういうことかしら?本当に聡明な殿下ですね。
一方、ライモンドは無礼な髭面と話を続けています。
「まさか。帝都が陥落するわけがない。帝国軍はどうした?」
「中央平原で我らが破った。同時に帝都は火の海だ。我は一足早く姫を迎えにこちらへ参ったが、今頃はもう、皇帝の冠は諸侯に取り上げられているだろうよ」
北部の反乱。帝都の炎上。皇帝の崩御……そんなことが実際に起きていますの?今日はこんなに良いお天気で、このド田舎はこんなにのどかなのに??
「そんな……」
シャルル王子が青ざめました。力なくつぶやきます。
「あにうえは……?」
まあ、そうでした!私の血の気も引きます。
私の婚約者は皇帝陛下に呼ばれて帝都へ向かっておられるのでしたわ……大変!どうしましょう!あのクズ父、本当に余計なことしかしませんね。聖ハイランド王国にまで取り返しのつかないご迷惑をかけることに……!
そんな王子へ、傍らの侍従が小声でひそひそと告げました。
「シャルル殿下、気を確かにお持ちください。あのヴィクトル殿下が容易く害されるはずがございません」
「……ああそうか。そうだな。あにうえだものな、うん」
シャルル王子は半ば自分に言い聞かせるように頷きます。そして、それでも兄ヴィクトル王子への信頼が勝ったのか、すぐにその青い瞳に勝気な輝きが戻りました。凄いわ。きっとヴィクトル殿下はとってもお強い御方なのね。
思考が逸れたところへ、ライモンドの渋る声が響きました。
「貴殿の主張は理解したが、そもそも、当方にはノルトライン家より事前に何の連絡もなかった。帝都の状況も確認できない。ゆえに、貴殿の話だけで姫を送り出すのは承知しかねる。そもそも貴殿は本当にノルトライン侯爵家の騎士なのか?」
そうですわ、こんな野蛮な髭面が騎士だなんて信じられません。ライモンド、もっと言ってやって!
ところが。
「我を疑うのか?!」
野蛮な髭面は野蛮なだけあって、突然激高して怒鳴り始めました。嫌だわ怖い! そして彼は己の胸の装甲をバンバン叩きます。
「おまえの承知など要らん!侯のお手紙なら此処にあるわ!早う姫を出せ!!」
耳障りな金物の音が続きます。先頭の騎士に従い、後ろの大男たちが個々に剣を抜きました。力づくで私を攫うつもりなのでしょう。
私は怖くて声も出せません。
ソフィーとミラが無言のまま、私を庇うように前へ出ました。
二人ともその身を盾にする決意だわ。なんてこと!
目尻に涙が浮かびました。
どうしてこんなことに。私たちが何をしたというの?……ああもう、嫌よ!嫌!嫌だわ、こんな——お母様と同じ目に遭うなんて!皇帝陛下も侯爵も結局みんな同じじゃないの!女を攫い、子供を捨てる……私たちがどんな惨めな気持ちでいるか、どれほど怒っているかなんて少しもわからないのね!横暴な男なんて大ッ嫌いッ!!
ぷつり。何かが切れる音がはっきり聞こえました。
熱い怒りが沸き上がり、口が勝手に開きます。
「いやですわ!!」
決然とした私の叫びが、ホールいっぱいに反響しました。
か弱い(はずの)姫君が口を利くなんて思わなかったのでしょう。
髭面の騎士たちは目や口を開け、一瞬ぽかんと私を見つめます。私はソフィーとミラの隙間で胸を張り、強気に顎をあげました。
「ライモンドが言う通り、わたくしはノルトライン侯爵から何のお声がけもいただいてはおりません!お手紙すら贈っていただけないのに、無理やり花嫁になれとは——侯爵閣下は誠に勝手で横暴な方ですのね!」
「なッ」
「そのように剣を突きつけて攫っていこうなんて、皇帝陛下がお母様になさった仕打ちと一緒……いいえ、もっと酷いわ!!暴力で操を奪うおつもりなら、いっそのこと自死した方がましですッ!」
自死。その一言に、その場にいた者がみんな息を呑みました。
なるほど、これは良い切り札ですわ。頭の片隅で、冷静な私が呟きます。念を押してみましょう。
「わたくしは名誉のための死をおそれません!」
目に見えて、髭面どもが動揺しました。
「そ、それは困る……」
マイヤーとかいう下郎がうめきます。
ここよ!ここが付け入る隙だわ。
心の声に従い、私は強硬に言い立てました。
「ならば、せめてそのお手紙とやら読ませてくださいませ。わたくし宛ての手紙なのでございましょう?聖ハイランド王国への輿入れに横槍を入れ、外交問題を起こしても構わないとおっしゃるのですから、よほどの理由が書いてあるのでございましょうね?」
私が目を吊り上げてキッと睨めば、髭面の下郎は歯を剥き出して睨み返してきます。
まるで醜い悪鬼だわ。あんな酷い面相を見つめなければならないのは苦痛ですが……今は引くに引けません。
内心冷汗をかきながら睨み合っていると、髭面マイヤーの傍へ、赤毛の髭面騎士が近づきました。
「隊長。侯爵は姫君を『丁重に』お迎えせよと仰せでしたぜ……」
「わかっておる!」
マイヤーは憎々しげに言い捨て、懐から皮袋を取り出しました。渋々といった様子でへりくだります。
「では——姫君。手紙を読めば、我々と来てくださいますな?」
「内容によりますわ」
ツーンと私はそっぽを向きます。
ぐぬぬと唸るマイヤーと取り澄ました私の間に立たされたライモンドは、気を遣うふりをして私を振り返りました——が、その目は温かく和んでいました。
良かった。これで時間が稼げますでしょうか。あとでよくやったと褒めてくださいね。
一方、不機嫌きわまりないマイヤーはそれでも革袋の中を探り、封蝋がきちんと押された手紙を取り出しました。ヨハンが、私たちを代表してその手紙を受け取るためにゆっくり歩み出ます。
押しかけて来た髭面騎士たちの間に、やれやれと弛緩した空気が流れます。再び剣を収める者、大きなため息を吐く者、私語を始める者、外を気にする者……。
そしてヨハンがマイヤーから手紙を預かっている間に、ライモンドは私に近寄りました。
「姫様。よく頑張りましたね」
小声でそう告げながら、ライモンドは笑顔を作ります。いつも頼もしいライモンドの笑顔が——このときはどこか寂しげで、張り詰めているように見えました。
……ヒューィ。ヒューィ。
強い北風が吹きすさぶ音が、遠くから微かに聞こえてまいりました。あら?今日は春のうららかな陽気でしてよ?
ヒューィ。ヒューィ。
その音は四方八方に広がり、こちらへ迫って来ます。髭面騎士たちがざわつき、一部が外へ出ました。
ライモンドは琥珀色の目を細めます。
「名残惜しゅうございますが……」
ヨハンが踵を返し——なぜか腰をぐっと落とします。
「お時間です」
そう告げるなり、ライモンドは半身を開き、ソフィーとミラが両脇へサッと離れました。
えっ?!
大柄なヨハンが、恐ろしい速さでこちらへタックルしてきます。そして、あっと言う間に私とシャルル王子を両脇に抱え、そのまま奥へ駆け出しました!
私は目が点になります。どうなっているの?!
「待てえ!!」
怖ろしい怒鳴り声。追いすがる荒々しい足音や武具の音。
私たちを抱えたヨハンが通過した途端、使用人たちが急いで厚い扉を閉めました。そのまま大勢で束になって扉を押さえ込みます。
ヨハンは廊下を大股で駆け抜け、広い庭に面した開放的な食堂へ——今、その先の庭には、馬に乗った人々が続々と駆けつけておりました。
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