『人間撲滅派』は、この社会から人間をなくす、あるいは吸血鬼の管理化に置こうとする過激テロ組織の事だ。組織によって、人間をどう扱うか差はあるみたいだが、人間に対して人権や尊厳なんて考えを、奴らは微塵も持ち得ていないというの点は、共通している。そして、俺達の学校に乱入してきた吸血鬼達は、どうやらその一派らしい。

 何故それがわかったのかと言うと、俺のスマホ宛に、ショートメッセージが送られてきたからだ。

「冬馬さん、これ……」

 アイリスが、顔面を蒼白にして、自分のスマをの画面をこちらに向ける。そこにはショートメッセージの内容が記載されており、俺のスマホに届いたものと、全く同じ内容だった。ショートメッセージには、こう記載されている。

『はじめまして、紳士淑女の吸血鬼の皆様。我々は、『ペッジョーレ』。世間では『人間撲滅派』だなんて呼ばれておりますが、我々は同胞たる吸血鬼を血の呪縛で縛る、卑しく下等な人間から開放するという崇高な使命と志を持って活動しております。この度は多少、ドアのノックが手荒くなりましたが、いくつかのお願い事項をお守り頂けるのであれば、窓ガラスが割れる以上の事は起こりません。ああ、そう心配なさらなくとも、結構です。我々のお願いというのは、至ってシンプルなものが、二つだけ。一つ目は、皆様に、みだりに騒がないで頂きたい、というものです。このショートメッセージが届いている事からご理解頂いているかと思いますが、連絡経路は全て我々が掌握させて頂いております。おりますが、もし万が一、この学校の敷地内から出ようとしたり、外部へ連絡を試みられた同胞の皆様は、我々の崇高な目的の尊い犠牲となって頂く事になります。最近新調した我々の銃の性能を、この様な場で披露する事になるのは、我々も望んでおりません。そして最後、お願いの二つ目ですが、アータートン社のご令嬢、アイリス・ド・アータートンさんと我々が、お話させて頂く機会を、皆様に作って頂きたいのです。我々が、この家畜にも劣る存在が跋扈する様な場にわざわざ出向いたのは、かの令嬢とお会いするためにほかなりません。ですが、アイリス嬢は、今ご自分のクラスにはいらっしゃらないようなのです。ああ、我らの求める姫は何処へ? アイリス嬢とお話させて頂く機会を頂けるのであれば、同胞の皆様の、今後健やかなる生活は保証致しましょう。少なくとも、今日、この学校の敷地を出るまでは。皆様から、アイリス嬢がどちらにいらっしゃるのか、有益な情報提供をお待ちしております。無論、このメッセージをお読みになった、アイリス嬢ご本人からのご連絡もお待ちしております。ああ、最後に一つ。我々も多忙故、次の予定が差し迫っております。このメッセージを配信してから、悲しいことに、もしまだアイリス嬢とお会いできない状態が続いている場合、十分毎に、各クラスからお一人ずつ、我々の銃の性能を体験して頂く事になります。残念ながら、体験して頂いたとしても、その感想を聞かせて頂く事は出来ないでしょうが。ああ、アイリス嬢。一分一秒でも早くお会いしたい。お会いして我々の崇高な目的を聞いてくだされば、ご聡明なアイリス嬢はきっと、我々の考えに賛同してくださるでしょう。それでは、良いご連絡を頂ける事を期待しております。最後に。これを見ているブタ共(人間)は死ね』

「と、とーまぁ……」

 瑠利子が不安そうに俺の様子を伺い、克実もスマホを持ちながら震え始めた。

「が、学校、全体の、す、スマホを、は、ハック、する、め、『変態』が、で、出来る、なら、ぺ、『ペッジョーレ』、は、ぶ、『血等』、の、の、能力、ランク、Aの血、を、の、飲んで、いる、こ、事に、なり、ます」

 克実が言った通り、通信機器の掌握が出来るような『変態』が出来るのなら、汎用性と有用性から、能力Aの『血等』、その血を奴らが飲んでいると言われても、不思議ではない。本来Aランクの『血等』は、震災等での人命救助に使われる。今回のスマホハックでは、例えば孤立した人のスマホと連絡が取れるようにする事で、被災者の命を救う事が出来るようになるのだが、テロリストにこの血が渡ると、今の様に通信遮断による陸の孤島を作り出す事も可能となるのだ。

 ……でも、Aにしては、有効範囲がこの学校の敷地内だけというのは、狭すぎる。あえて能力を絞っているのか?

 頭に浮かんだ疑問に思考が持っていかれそうになる中、俺の視界は、スマホを操作しているアイリスの姿を捉えた。

「お、おい。アイリス、お前、何してるんだ?」

「何って、決まってますでしょう?」

 当然の様にそう言い放つ彼女へ、瑠利子と克実が駆け寄った。

「あ、アイリス、まさか、あのテロリストに会いに行く気なのーぉっ!」

「あ、危ない、よ、あ、アイリス、ちゃん。や、止めた、方が、い、いい、よぉっ!」

「ですが、わたくしが行かなければ、誰かが殺されますわ」

 スマホから顔を上げもせず、アイリスがそう言い切る。

「我が身可愛さでテロリストから逃げ回るなど、そんな真似、アータートン社の娘として出来るわけがありません」

「ば、馬鹿野郎。高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)だとでも言うつもりか?」

 俺はアイリスに再度考え直させるべく、口を開いた。

「な、何をされるか、わからないんだぞ。危険過ぎる」

「ですが、向こうはわたくしと話がしたいだけだ、とおっしゃっていますわ」

「そ、それを、本当に信じているのか?」

「……じゃあ、じゃあ冬馬さんはどうすればいいっておっしゃるのですっ!」

 そこで初めて顔を上げたアイリスの両目には、透明な雫が、今にも零れんばかりに溜まっていた。

「わ、わたくしのせいで、誰かが、死ぬかも知れないんですのよ? わたくしなら、それを助けれるかも知れないんですのよ? わたくしは、自分の、自分に出来る事を、成し遂げたいと思っているだけです」

「そ、それは、お前がそんな震えながらやらなきゃならない事なのかよ……」

「……そういう冬馬さんは、どうなんですの?」

「な、何が?」

 そう聞いた俺の目を、アイリスが煌めく緋色の瞳で見つめている。

「どうして、冬馬さんは、そんなにわたくしを止めようとなさるのですか?」

「ど、どうしてって……」

「もう、ペアリングの課題は終わりましたわ。貴方が怖がるわたくしと関わる理由は、もうないはずです」

「ちょ、アイリス、そんな言い方しなくてもいいじゃんっ!」

「そ、そうです、アイリス、ちゃん、そ、それは、いくら、な、何でも、い、言い過ぎ、ですぅっ!」

 瑠利子と克実がアイリスにそう言うが、アイリスは俺から目を逸らすことはなかった。その視線を受けて、俺もアイリスに言われた言葉の意味を考える。

 確かに、もう俺とアイリスの間で、維持すべき関係性はないのかも知れない。元々、落ちこぼれ同士が寄せ集められてスタートした関係なのだ。だから、その関係性をついでいたペアリングの課題が終わった今、確かに俺達の関係性は切れてしまったのかも知れない。ここでアイリスが居なくなったとしても、俺達の、いや、もっというと、高校を退学したくない俺の合否は、既に変わることはないのだ。そして無事三学期を迎えられたのであれば、俺はもうこいつらと、アイリスだけでなく、瑠利子とも、克実とも、ペアリングをする必要はどこにもなくなる。

 終わりの見えた関係。アイリスが言ったのは、いずれ来る終末が、少しだけ早まっただけだろう? と、そういう事なのだろう。アイリスがそう思い、そう願うのであれば、俺はそれを、受け入れるしかない。何故なら誰かとの関係性は、相手の気持ちがあって、初めて成り立つものなのだから。

 ……何だか、似たような話を、今日達矢としていた気がするな。あの時、あいつは――

「もう、いいですわ」

 何も言えないでいる俺を、失望したような眼差しで一瞥したアイリスは、ついにスマホのボタンを押した。つまり、テロリストに自分から連絡したのだ。

「……皆さんは、ここにこのまま隠れていてください。後は、わたくしがなんとかしますわ」

「で、でもーぉ……」

「あ、アイリス、ちゃん……」

 心配そうな声を上げる瑠利子と克実に向かって、それでもアイリスは、気丈に笑った。

 

 体育館へ続く渡り廊下に、校舎側の入り口から、四人の人影が現れた。それぞれ体型は様々で、ガッシリとした背が高い者、子供のように背が低い者、太っている者、痩せている者がいる。しかし、共通して言えるのは、全員耳にインカムを付け、黒い戦闘服に身を包んでいるという事と、美形の男という事だ。それはつまり、吸血鬼の外見的特徴と合致しており、事実彼らは、吸血鬼。『ペッジョーレ』の一員だ。

 そんな彼らを、渡り廊下の手すりにもたれかかっていたアイリスが出迎える。

「わざわざご足労頂き、感謝いたしますわ」

 アイリスはその銀髪をなびかせ、彼らと対峙する。その様子を、俺と瑠利子、克実は、武道館裏から覗き見ていた。

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