②
「すみません、遅くなりました! クラスメイトに少々捕まってしまいまして」
アイリスの声に、俺達は振り向いた。俺達が居るのは、体育館と校舎の間にある渡り廊下、その途中、直角に曲がった道の先に立つ、武道館の裏。終業式終了後、自分の教室に戻らず、四人でここに集合する事にしていたのだ。
「だいじょーぶ! あーし達も、今来た所だからさぁーっ!」
俺達がここに集まった理由は、ペアリングの結果を、一秒でも早く聞くためだ。結果を聞くのに、放課後まで待っていられない。本当は早朝聞きに行きたかったのだが、瑠利子がそんなに早く起きれないというので、断念した。瑠利子だけ置いていくという話は、議論の俎上にすら上がらなかった。ここまで来たら、最後の結果は、四人揃って聞きたい。
瑠利子の言葉に、克実も同調する。
「は、はい。そ、それに、こ、ここに、集合、す、する、事に、な、なった、の、は、わ、私、達の、せ、せいでも、あ、あるの、で」
克実の言った通り、俺達が体育館の前ではなく武道館裏に集まっているのは、俺と克実の体調を鑑みての行動だ。終業式で体育館は、人間と吸血鬼が詰められて座ることになる。幼稚園の時みたいに寄ってこられる事はないが、それでもきついものはきつい。体育館から離れて、武道館、の更に裏に回って、俺と克実はある程度調子を取り戻していた。
「じゃ、じゃあ、金指先生に会いに行くか」
「そうですわね。わたくしも早く、お父様とお母様に結果を報告したいですし」
アイリスの言葉に、俺達は頷いた。結果が出ているのに、知ることが出来ないもどかしさは、ここに居る全員が共有している。学力テストは答案の結果が通知表より先に返ってくるのに、ペアリングだけ結果が通知表と一緒のタイミングというのは、納得感がなかった。
……金指先生にも、何度もメッセージで結果だけでも伝えて欲しいって言ったんだけどな。
結果は、梨の礫。しかし、音沙汰がないなら、こちらから知りに行けばいいだけの話だ。
「そろそろ、他の生徒達も全員校舎に入りますわ」
「職員室へ、れっつらごーっ!」
武道館裏から生徒の様子を伺っていたアイリスと瑠利子がそう言って、俺と克実に振り向く。俺と克実が頷き、武道館裏から、校舎へと続く渡り廊下に足を踏み入れた、その時――
「うっ!」
俺は突然襲ってきた全身の震えに、その場に蹲った。
「と、冬馬さん!」
「とーま、だいじょーぶっ!」
「と、冬馬くん、し、しっかり、し、して、くださいぃ!」
三人の声が、遠くに聞こえる。吸血鬼三人に近寄られているのにも関わらず、俺の体調に変化は表れなかった。それはそうだろう。なにせもう、俺の目眩も、冷や汗の量も、最悪の状態になっているのだから、これ以上悪くなりようがない。
渡り廊下の手すりに、俺は背中からもたれ掛かる。吐き気が酷い。体調の悪さは、幼稚園で吸血鬼の児童に群がられた時の比ではない。つまり、居るのだ。ここに、この学校に。
距離が離れていても、俺の吸血鬼恐怖症が発動する程の、吸血鬼が。
「きゃぁっ!」
瞬間、校舎の四階の窓ガラスが、全て粉砕した。破壊音とアイリス達の悲鳴、そして校舎から響く阿鼻叫喚が、同時に俺の耳に聞こえてくる。何かが、尋常じゃないスピードで、校舎の中へ飛び込んできたのだ。
「嘘、ですわよね……」
茫然自失となったアイリスが、俺達に振り返る。それを受けて瑠利子は泣き顔になり、何かを認めたくないと、首を横に振り続ける。その隣で克実はフードを目深に被り、自分の目に映るもの、その全てが恐ろしいと言わんばかりに、震えていた。
俺は、吸血鬼恐怖症を発動させながら、それでもアイリスと同じ様に、嘘だと言いたい気分だ。こんな状態でありながら、俺は見てしまったのだ。見えてしまったのだ。校舎に二十程の、赤い、いや、血の色の残像をした何かが飛び込んだのが。
血の色をしたそれは、人形でもあり、つまりそれは、どう考えても、『変態』した多数の吸血鬼以外の何物でもなかった。
人間の血を吸った吸血鬼達が、この学校に乗り込んできたのだ。
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