第三章

「冬馬。お前、大丈夫か?」

 授業の合間、机に突っ伏して眠っていた俺に、誰かが声をかけてくる。血の巡りが悪い頭をもたげ、声の主を確認しようとした。が、視界が朦朧としている。

「……ん?」

「……本当に大丈夫か? お前」

「ああ、達矢か……」

「達矢か、じゃねぇよ。風邪でも引いてんのか?」

 重たい体をどうにか起こして、俺は達矢に顔を向ける。変に心配されたくなくて、俺の口からは御礼の言葉よりも先に、軽口が飛び出していた。

「でも、知らなかったよ。お前が人の顔色を見て、気遣いが出来る様なやつだったなんて」

「ばっか。オレじゃねーよ。加奈女のやつが、朝からお前の調子が悪そうだって言っててよ」

「……ああ、そういう事か」

 見れば、加奈女は自分の席から、俺の事を心配そうな様子で伺っている。吸血鬼の自分が近づくと、俺の具合が悪くなると思って、距離を取ってくれているのだ。今度こそ俺は、素直に申し訳なく思う。

「……悪かった。後で加奈女にお礼を言っておいてくれ」

「おい、わざわざ出向いたオレには何もないのかよ!」

「そんなわけないだろ? ありがとう。でもこれも、自業自得だからな」

 学ランの内ポケットに手を当てながらそう言うと、達矢は腕を組み、口をへの字に曲げる。

「ペアリング、また上手く行ってないのか?」

「……まぁな」

「十一月ももう半ばも過ぎたし、あまり無理しすぎると、本当に風邪引いて倒れちまうぞ」

「皮肉でも何でもなく、ご忠告痛み入るね。でも、これが最後なんだよ」

 そう、この最後の課題さえクリア出来れば、俺達四人は無事、退学を免れる。全員で、三学期を迎えることが出来るのだ。

 しかし逆を言えば、クリア出来なければ、俺達全員、退学なのだ。

 その事情を知っている達矢は、眉間に皺を寄せ、難しげに唸り声を上げる。それを見て、俺は思わず笑ってしまった。

「大丈夫、なんとかなるって」

「でもよ……」

「それより、お前、課外奉仕の課題、今までどんな所に行ったんだ?」

「ペアリングの課題か? それなら、河川敷を掃除するボランティアとか、老人ホームの手伝いだったり、あ、幼稚園の手伝いにも行ったな」

「行った先で、何かトラブルとか、嫌な目にあったこと、あるか?」

「いいや。普通にやれば、普通に終わるぜ? オレ達を受け入れる方も、何か問題が起こったら責任問題になるだろうし、学生に変な仕事も頼まないだろ」

「……だよなぁ」

 そこで次の授業の開始を告げるチャイムが鳴り、達矢が加奈女の席に寄って一声掛けた後、自分の席に戻っていく。こちらを向いた加奈女に手を振って、俺は自分のスマホを机の下で取り出した。メッセージアプリを起動させ、あるアカウントとのメッセージの履歴を表示。そこには、俺が送ったメッセージを、相手が確認していないという事実が映し出されていた。

 次の授業の教科書を取り出した後、俺は額に手を当て、自分の思考に沈んでいく。

 俺達に出された最後のペアリングの課題は、課外奉仕。これさえ乗り切れば、皆、三学期を迎えられるというのに――

 ……克実のやつ、今日も学校に来ないつもりか。

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