ある日の放課後、俺は、俺達が初めて引き合わされた教室に向かっていた。理由は俺から、最後の課題を吸血鬼三人娘に伝えるためだ。いつもならメッセージを送って終わりにしていたのだが、どういう意図があるのか、金指先生から今回の課題の内容については、必ず対面で説明するように言われている。そのため、放課後、例の教室へ集まるように、三人に伝えていたのだ。

 俺が教室の前に立つと、中から既に声が聞こえてくる。扉を開けると、そこには俺以外のメンバーが揃っていた。

「皆さん、見てください! 先日、人工血液開発に向けた医療業界への進出が発表された事を受けて、アータートン社の株が十パーセントも上昇しておりますわっ!」

「へぇー、そーなんだぁ。あーし、よくわかんないけど、すごそーだねぇ。ところでアイリス、グミ食べる?」

「いただきますわ! あ、わたくし、そちらのパイン味にしてくださいまし」

「ほいほーいっ! かつみはー?」

「わ、私は、れ、レモンで、お、お願い、しますぅ」

「にししっ、かつみはブレないなぁ。じゃ、あーしはマスカットにしーよっと」

 瑠利子からグミをもらった克実は、すぐに携帯ゲーム機の操作を再開し、アイリスはスマホに表示した両親の会社の株価について、瑠利子相手に熱弁を奮っている。話を聞かされている瑠利子は、うんうんと、全く理解していない表情で頷き、物欲しそうに顔を上げた克実へ、グミを差し出していた。統一感がないくせに、一体感は何故かしら感じられるこの不思議な光景を、俺は当たり前のように受け入れていた。

 俺は目眩と滲んだ冷や汗を拭い去ると、騒ぐ吸血鬼達に吃りながらも声を掛ける。

「お、お疲れ」

「あら? 呼び出しておいて一番最後にいらっしゃるだなんて、いいご身分ですわね」

「そーだそーだー! そーた、おっそいぞーっ!」

「お、おつかれ、さま、ですぅ……」

「……な、何だかもう帰りたくなってきた」

 そう言いながらも教室の中に入り、俺は扉を閉める。いつものように三人と距離を取った席に座ると、俺は口を開いた。

「じ、事前に連絡してある通り、俺達の最後の課題を伝えるぞ」

「もったいぶらずに、さっさとおっしゃってくださいな、冬馬さん」

「そーだよ、とーま! ここまで来たあーし達なら、どんな課題もらくしょーっしょ! ぶいっ! ほら、かつみもっ!」

「ぶ、ぶぃ?」

「む、無理しなくていいぞ」

 アイリスは自信満々に長髪を揺らし、瑠利子は左手でグミをつまみながら、右手でピースをする。克実は瑠利子に言われて、あわあわとしながら、ぎこちなく両手でVサインを作っていた。

 ……でも、確かになんとかなりそうだな。

 最後の課題は、俺が手出しをする事を禁止されている。でも、この三人に任せておけば、きっとなんとかなるだろう。

 そう思っていると、瑠利子が何かに気づいたように、新たにグミの袋を取り出した。

「あ、とーまもグミ、食べるよね?」

「瑠利子さん? それ、間違っているんじゃありません? 投げようとしているのは、みかん味ですわよ?」

「だいじょーぶっ! あってるよ、アイリス。とーまは、グミはみかん味なんだぁー」

「なっ! と、冬馬さん、飴はパイナップル味だったではありませんかっ!」

「い、いいだろ? 別に」

「よくありませんわっ!」

 ……何でだよ。俺の好きなもん食わせろよ。

「あ、アイリスさん。わ、私が、ぱ、パイナップル味、た、食べ、ます、から、そ、その、お、落ち、落ち着いて……」

「あぁ、克実さん。わたくしの心を癒やしてくださるのは、あなたしかいませんわ」

 アイリスはグミを持って立ち上がり、座っている克実にパイナップル味のそれを食べさせながら、彼女の頭を撫でている。自分よりも身長が低いアイリスに撫でられながら、あわあわとしている克実を見ていると、瑠利子からグミが投げられた。受け取り、それを見ると、そのグミは赤い色だった。

「り、りんご味じゃねぇかっ!」

「にししっ。当たり前だって思って油断しているとぉー、いつか取り返しのつかない事になっちゃうかもよー? とーま」

「流石ですわ、瑠利子さんっ!」

 アイリスと瑠利子が熱い握手を交わし、悪くもないのに克実が頭を俺に向かって下げている。まぁ、いいんだけどさ。りんご味も美味しいし。

 グミを口の中に放り込んで噛み砕きながら、俺は最後の課題の内容を発表した。

「つ、次の課題は、課外奉仕だ。俺は参加できないから、お前らの助けに掛かっている」

 そう言うと、何故だか克実の表情が固まった。何だ?

「具体的な内容は、どういったものですの?」

 俺が疑問を口にする前に、アイリスが手を挙げる。ひとまず俺は、アイリスの疑問に答える事にした。

「よ、幼稚園の手伝いだな」

「じゃー、今回のあーし達の目的はー、子供達のめんどーを見るって事ぉ?」

「だ、だいたいその通りだ。保育士の方の手伝いという側面もあるが、子供の面倒が見れていれば、多分大丈夫だろう」

 瑠利子の言葉に、俺はそうやって返す。瑠利子は満足そうに頷いているが、克実は表情を先程からピクリとも動かさない。いや、正確には動いている。何かを恐れた様に、震えているのだ。

「――です……」

「ど、どうしましたの? 克実さん」

「かつみ、だいじょーぶ?」

「む、無理です」

 そうつぶやいた後、克実は突然立ち上がった。その反動で彼女の座っていた椅子が、床に倒れる。椅子と床がぶつかり、教室に渇いたような音が響いた瞬間、克実がフードを目深に被り、叫んだ。

「か、課外奉仕、とか、よ、幼稚園、とか、ぜ、絶対、絶対絶対、わ、私、無理ですぅっ!」

 そしてそのまま、教室から飛び出していく。克実の絶叫した残響が耳に残る中、残された俺達は、ただただ唖然とし、呆然とし、愕然となり、互いの顔を見合わせていた。

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