「…………はぁ?」

 唖然とするアイリスがきちんとした言葉を発するより早く、プレイヤーグループに報告書が投稿される。第二陣が自分たちの城へ戻るために、方向変換した映像も映し出された。

 克実が息を巻いて、両手を握り、ガッツポーズを取る。

『せ、せっかく多めに傭兵を雇ってもらったので、そ、その、追撃をしたいのですがっ!』

「今からわたくしたちの城から出撃させて、間に合いますの?」

『そ、それが、中立の城が、や、やけに協力的で、て、敵の足止めとか、してくれてるみたいで。よ、余裕で、間に合いますぅ』

「……なんですって?」

 そのアイリスの疑問をかき消すように、新たがウィンドウが開いた。

『ねーねー、とーま、アイリス。あーし達のお城で作ってる小麦とかお塩の量、もー少し数、増やせないかな?』

 それを聞いた俺は、瑠利子に向かって、思わずこうつぶやいてしまう。

「……お、お前か?」

『へ? あーし、また何かやっちゃった? だったらゴメン! ほんとゴメンっ!』

「い、いや、何でもない。きっと俺の気のせいだ。で、第二陣の追撃だったな」

『あ、だったらかつみ、お願いがあんだけどさー。敵に向かうとちゅーにあるお城に、お菓子届けてくれなぁい?』

「お、お菓子?」

『そー、お菓子っ!』

 ドレスの裾を掴み、瑠利子はさも嬉しそうに笑いながら一回転した。

『あーし、バカだけど、とーまが言ったみたいに、一つずつなら考えられるってゆーかぁ。だから、何のためにこの課題に取り組んでるんだろーって考えたら、ここでも皆でお菓子食べれたらいいなーって思って』

 その言葉を聞いて、俺の脳裏に、昨日瑠利子と話した会話の内容が蘇る。

 

『何故それをするのか? 何のためにするのか? お前がペアリングの課題をクリアしたいのは、何のためだ?』

『学校が、好き。あーし、皆ともっと一緒に居たい。お菓子食べながら、おしゃべりしたい! だからまだ、ここに居たいっ!』

 

『だからあーし、こっちの世界でも、お菓子作ることにしたんだぁ』

「……材料は、どうしたんですの?」

『へ? ふつーに買ったよ? 敵のお城から』

『て、敵の城から、ですかぁっ!』

 克実がウィンドウの中で目を見開き、頭を抱える。

『そ、そんな、な、何でよりによって、て、敵から買ったんですか? そ、それ以前に、な、何で敵から、か、買おうと思ったんですかぁ? そ、そんな選択、どうやったら出てくるんですかぁっ!』

『何で、って言われても。あーし、前に敵に贈り物しちゃったじゃん? だからー、お買い物もふつーに出来るかなぁ、って思って。そしたら出来たからー、お菓子の材料はどこで買ってもいいかなぁ、って思って、そのままポチッとなー』

「……なるほど。第二陣が早まったのは、そういうわけでしたのね」

 つまり、瑠利子が敵から食材を買い取ったので、敵の城に資金が集まった。敵はその金で、軍備を増強する事ができ、第二陣の準備が早く済んだのだ。

 つまり、第二陣が早まった原因は、またしても瑠利子だったのだ。

 しかし、それによって、また謎が生まれた。それは――

「る、瑠利子。お前、敵の城から、何を買ったんだ?」

『もぉー、お菓子って言ったら、小麦粉でしょー? だから取り敢えず、買えるだけ、ぜーんぶ買ったよっ!』

『む、麦の、買い占めっ!』

 克実の頬が引き攣るのにも気が付かず、瑠利子は続けていく。

『後は、お塩にー、お砂糖にー、色々買える時に、今の今まで買い続けてぇ。あ、そうそう。お菓子を作るのは、最初は他のお城にお願いしてたんだよねぇ。とーまたち、せんそーの支度で忙しそうだしぃ』

「……お菓子の生産を、外注してましたのね」

『うん! でも、最初はそれで稼げてたんだけど、上手く行かなくなってきてさぁ。自分でも作ったほーが、安くて早いかな? って思って。だからとーま達にお願いして、作ってもらったんだよね。お菓子こーじょー』

「あれ、お菓子工場だったんですのっ!」

 自分が何を手配させられていたのか理解したアイリスが、驚愕の表情を浮かべる。俺も似たような顔をしているだろう。しかしついでに、口角は釣り上がっているに違いない。

 資金の数値が増えたのは、瑠利子が中世を舞台にしたこの世界で、お菓子を売りさばいたからだ。娯楽の少ない中世で、さぞやお菓子は飛ぶように売れるだろう。

 でも瑠利子は、まだやっている事があるはずだ。何故ならきっと、こいつは、ある事象にぶつかっているはず。

 だから俺は、瑠利子に聞いた。

「そ、それで、瑠利子。お前、敵の城が何も売ってくれなくなって困ってるんだろ?」

『わっ! すっごーいとーま! よくわかったねぇ! そーなの、きーてきーて! もーあーしに売る品は、ほんとーにないんだってぇ。あーし、敵のお城はお得意様だったから、二倍の値段で買うって言ったらちょろっと出してきたけど、もー全然お買い物させてくれなくってさぁ。だから、とーま、アイリス、お菓子の材料、作れないかなぁ? せんそーで忙しいのは、わかってるんだけどさぁ』

 しょぼくれる瑠利子に、克実がもう我慢できないとばかりに、声を張り上げた。

『な、何言ってるんですか! る、瑠利子さんがやったのは、と、とんでもないことですよっ! し、食材の買い占めに、ろ、労働の外注化。ち、中立のお城がて、敵の第二陣を足止めしてくれているの、こ、これが理由だったんですぅっ!』

『……どーゆーこと?』

「つまり、会社の下請け構造と同じですわね。わたくしたちの城から、中立の城はお菓子の生産の依頼をされている。つまり、お金を払って労働していただいているわけですわ。でも、わたくしたちの城がなくなると、周りの城は、お金がもらえなくなって、仕事がなくなってしまいます。大量の失業者が発生して、城が持たなくなりますわ」

『えーっ! 大変じゃんっ!』

『そ、その状況を作ったのは、る、瑠利子さんですよぉっ!』

 もはや半泣きになりながら、克実がウィンドウ越しに瑠利子に向かって指をさす。

『だ、第二陣が引き換えしたのは、る、瑠利子さんが、敵の兵站まで、か、買い占めたからですよぉっ! る、瑠利子さんがやったのは、り、立派な貿易戦争ですうぅっ!』

 そう言われた瑠利子は、さも侵害だと言わんばかりに、頬を膨らませた。

『むーっ! ちっがーうーっ! あーしはただ、ここでも皆でお菓子が食べたかっただけなんだからねぇっ!』

「あ、あはははははははは! あはははははははははははっ!」

 もう、無理だった。限界だった。堪えることが出来ず、俺は全力で爆笑する。そうだ、そうだ、そうだった。忘れていた。自分で言っていたのに、すっかり忘れていた。

 瑠利子は別に、頭は悪くない。昨晩だって、考えなければならない事を絞って考えさせたら、ちゃんと自分で答えることが出来たじゃないか。

 ただ、絶望的に要領が悪いのだ。だから、皆でお菓子を食べるという目的のために、この世界で貿易戦争なんてものを起こしてしまうのだ。いや、起こしたことにすら気づかないほど、自分の目的に向かって、邁進し続けるのだ、この幼馴染は。

 突然笑い始めた俺を怪訝に見つめる三人の吸血鬼に、俺は涙を拭きながら話しかける。

「い、いいぞ、克実。行け」

『な、何がですか?』

「だ、第二陣の強襲だ。傭兵には、払った分だけ働いてもらえ。それから、瑠利子」

『ん? なーに?』

「ふ、増やして欲しい材料の一覧を後で送ってくれ。検討する。いいよな? アイリス」

「……この状況で反対する人なんていませんわ」

『わーいっ! ありがとう、とーまっ、アイリスっ!』

『で、では、わ、私は出撃しますっ!』

 そういい終えて、二枚のウィンドウが閉じる。文官グループで、アイリスが俺に問いかけてきた。

「ここまでが、冬馬さんの作戦ですか?」

「も、もしそうだったら、こんなに驚いてないって」

 これは、嘘偽りない本心だ。俺も、まさかこんな事になるだなんて、想定もしていないし、想像も出来なかった。

 昨晩、瑠利子とは、まずは目的意識を持って課題に臨もう、という話をしていた。その中で出てきた問題や、やらなくてはならない事は、一つ一つ問題を解決していこう、とも話していた。

 その前提で、瑠利子の役割は、外交官がいい、と決めたのだ。

 文官は、外交官と騎士のやり取りが発生する。騎士は軍事に特化出来るが、守りと攻めの両方に対応する必要がある。つまり、複数のことを必然的に同時に行う必要があるのだ。

 一方、外交官は他の城との交渉や、資源確保のための根回しなども求められるが、最悪資源を確保できれば、軍備は整い、内政も進められる。だからまず、瑠利子は外交官で、食材、食べる物から一つずつ解決していこうと、そういう話をしていたのだ。

 逆に言うと、それ以外の話はしていない。だからこの成果は、本当に瑠利子一人で成し遂げたものなのだ。

「冬馬さん。本当の、ほんとーに、瑠利子さんとは、何もないのですわよねぇ?」

「だ、だから言ってるだろ? 瑠利子にした大切な話は、目的意識をちゃんと持ってって事ぐらいだよ」

 そう言った俺を、アイリスが訝しげに横目で見る。そして、彼女は文官としての作業に戻っていった。俺も瑠利子から届いた増産依頼のある資源の生産に乗り出す。まだ俺達は、課題をクリアしたわけではないのだ。最後まで、気は抜けない。

 と、言っても、そこからは何の波乱もなく、俺達は敵の城を倒した。敵の資源を、ごっそり奪っていたのだから、当然といえば、当然の結果だろう。あれほど解決の糸口が見つからなかった課題を、俺達は難なくクリアできた。

「やったーっ! クリア出来たよー、とーまっ!」

 ゴーグルを外すと、いの一番で、瑠利子が嬉しそうに叫ぶ。彼女の喜びを伝えるように、サイドテールが揺れている。その髪を夕日が照らし、黄金色に染め上げていた。

 その一瞬、瑠利子の姿が、ゴーグルを付けているわけでもないのに、VR上で見たドレス姿が重なった。現実ではもう見ることの出来ない幼馴染の姿を、それでいて、出会った時と同じ様に浮かべるあどけない笑みを、俺は自分の目に焼き付けていた。

「さー、現実に戻ったし、現実のお菓子、皆で食べよーっ!」

 瑠利子が残っていたクッキーを机の上にばら撒き、それに引き寄せられるように、アイリスと克実が近づいていく。

「あ、アイリスさん! ど、どう、したの、ですか、こ、ココア、になんて、手にしてっ! ま、まさかアイリスさん、か、隠れココア党、だったん、ですかぁっ!」

「そ、そうじゃありませんわ! た、たまには違う味も、そう、バニラの良さを再確認するために、これはあえてわたくしはココアを手にしているだけですっ!」

「そ、そんな事、言って、ど、どうせ、裏では、と、とっかえ、ひっかえ、や、やってるんじゃ、な、ないん、ですかぁ? ふ、不潔! アイリスさん、不潔ですぅっ!」

「にししっ。アイリスって、お高くとまってそーだけど、案外、むっつりっていうかぁー」

「そ、そう、ですぅ! あ、アイリスさん、淫乱ですぅっ!」

「だ、誰が淫乱ですか誰がっ! わたくしはまだ、って冬馬さん、何故まだ教室に残っていますのっ!」

「か、勝手に話し始めたのはお前らなのに怒られるとか、理不尽過ぎるだろっ!」

「いいから、早く出ていってくださいませっ!」

「い、いいけど、その前にVRゴーグル、こっちに投げてくれ。金指先生に返してくるからさ」

 そう言うと、三人の吸血鬼は見計らったかのようなタイミングで、三つのゴーグルを同時に俺に向かって放り投げてきた。

「ば、馬鹿! 三つ同時に取れるかっ!」

 そういいながら両手を広げて三つ受け取れないかチャレンジしてみるが、当然の如くその試みは失敗。備品なので壊さないように、なんとか直接地面にぶつかるのは避けれた。つまり俺の体に直撃させて、衝撃を和らげたのだ。

「何をやっているのですか、冬馬さん! それぐらい、ちゃんと受け止めてごらんなさいっ!」

「にししっ。アイリス、今のは流石に無理なんじゃないかなぁ」

「あ、あの、その、だ、大丈夫、ですか?」

「な、なんとかね。それじゃ、俺、これ職員室に届けに行って、そのまま家に帰るわ」

 その言葉を聞いているのかいないのか、姦しく騒ぎ始めた吸血鬼達を残して、俺は教室を後にする。その途中、俺は気がついた。ゴーグルの中に、何かが入っている。

 そのゴーグルは、きっと瑠利子が使っていたものだろう。ゴーグルの中に一つ、赤い包のクッキーが入っていた。

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