⑦
「それじゃー今日こそ、サクッと課題、クリアしちゃおうっ!」
瑠利子と電話した翌日の放課後。ペアリングの課題の為、最後に教室に着いた瑠利子が、開口一番そう言った。元気そうな吸血鬼の姿を見て、克実が安心したように、ほっと一息つくのが視界の端に見える。アイリスは意味ありげな視線を俺に送ってきたと思ったら、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。何なんだ? 一体。
首を傾げている間に、瑠利子がアイリスと克実の傍に寄っていく。当然俺は距離を取っているため、その様子を眺めるだけだ。目眩を抑えるように手の甲を額に当て、ついでに冷や汗を拭う。顔を上げると、瑠利子は鞄の中に手を突っ込んで、お菓子の袋を取り出していた。
「きのーは変な感じで帰っちゃって、ごめんねー」
「い、いえ、そんな! わ、私の方、こそ、す、すみま、せん、ですぅ!」
「ええ、そうです。悪いのは瑠利子さんではなく、冬馬さんですから」
……本当に、何なんだよ、一体。
だが、今回の一件については、本当に俺が悪いので、何も言えない。そうこうしているうちに、瑠利子は袋を開ける。
「きょーのお菓子は、クッキーだよぉ。バニラとココア、どっちがいーい?」
「では、バニラにしますわ」
「ば、バニラで、お、お願い、しま、すぅ!」
「はーいよー」
そう言って、瑠利子は白い包みを二人の吸血鬼に渡していく。その後俺の方へ振り向くと、瑠利子は赤い包を俺に向かって放り投げた。少し高めに投げられたそれを、俺は椅子から腰を上げて、キャッチする。包の表面には、ココア味と記載されていた。
「とーまは、そっちが好きだったよねぇ?」
「あ、ああ。本当に、よく覚えてたな」
にししっ、と笑い、瑠利子が自分のクッキーに齧りつく。そのクッキーの色は、白ではなく――
……あれ? あいつ、バニラ派じゃなかったっけ?
疑問に思っていると、アイリスと克実が信じられないものを見るような目で、俺と瑠利子の方を見ていた。
「う、嘘ですわよね、冬馬さん、瑠利子さん。お二人がまさか、まさかココア党だったなんて……っ!」
「ひ、非国民、ですぅ!」
「な、何なんだよ、その反応」
ココアに恨みでもあるというのだろうか。
……ココア、美味いと思うんだけどなぁ。
もらったクッキーを食べ終える辺りで、俺達は言い合わせたわけでもないのに、誰ともなくVRゴーグルを手にしていた。
「では、今日の役割は、どういたしましょう?」
「あーし、外交官やるっ!」
VRシミュレーションを始めてから、初めて瑠利子が自分の役割を主張した。他の二人が、一瞬眼を見張る。でも次の瞬間には、嬉しそうに頷いていた。
「はい。瑠利子さんは、外交官という事で」
「で、では、わ、私が、騎士、やり、ますぅっ」
「じ、じゃあ、俺とアイリスが文官だな」
幾度となく失敗を重ねた役割の組み合わせで、俺達は再び課題に挑む。
ゴーグルをかけると、何度も見た映像が眼前に映し出され、やがてアイリスが待つ会議室へとたどり着いた。
「瑠利子さんとは、無事、仲直り出来たみたいですわね」
アイリスが俺に、文官グループで話しかけてくる。
「ま、まぁな。別に、敵対していたわけじゃないし」
「では、好き合っておりましたの?」
「……お、お前と同じだよ」
怖いだけで、嫌いなわけではない。
……しかし、今日はやけにアイリスのやつが絡んでくるな。
どうしたんだ? とアイリスを見ると、彼女は見たこともない程顔を真赤にしていた。
「お、同じっ。わ、わたくしと、冬馬さんが、す、すすす――」
「お、おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃありませんわっ!」
……大丈夫じゃないのかよ。
そうこうしているうちに、アラートが鳴り始める。
「ど、どうする? 一度リタイアしてやり直すか?」
「い、いえ、やり遂げますわ! せっかく瑠利子さんがやる気になってくださっているのです。わたくしは、わたくしにできる事をいたします」
アイリスの言葉に頷くと、俺はシミュレーションの開始を選択し、文官としての方針を口にした。
「ま、まずは外交に必要な資源から生産していこう。敵の初陣を退けたら、生産の割合を外交・軍事に二分して、徐々に軍事側の生産比率を上げていく」
「……大丈夫ですわよね? 前みたいに、敵を支援するような事は」
「だ、大丈夫だ。瑠利子が目的意識さえちゃんと持っていれば、なんとかなる」
アイリスが、少しだけ俺から顔をそらした。
「昨日の今日で、随分と信頼なさってるのですね」
「も、元々あいつは頭は悪くない。要領が悪いだけだ」
「それ、今回のシミュレーションだと相性最悪ですわね……」
「だ、だから出来る事から一つ一つやっていけ、と伝えてある」
「……なるほど! だから、『お前と同じ』というわけですわね! 意味がわかりましたわっ!」
俺にはさっぱり意味がわからないが、それでも既に、敵の初陣がこちらに向かっている。それに対応するため、城の住民達に指示を出しながら、財源を瑠利子へ連携していく。途中で食材の数値が一気に桁レベルで急上昇したかのように見えたが、瞬きした後にはもう数値が元に戻っていた。
……俺が人間だから、見間違えたのか?
詳細は調べようと思えば調べれるが、そんな事をしていたら、生産が更に遅くなる。ただでさえ足を引っ張っているのに、そんな事をしている余裕、俺にはない。
そろそろ武器の量産に取り掛かろうと、工房の整備に取り掛かった時、プレイヤーグループのウィンドウが開いた。そこには、あわあわと慌てる克実の姿が表示される。アイリスが絶望的な表情を浮かべ、俺の方を振り向いた。
『た、大変ですぅ! て、敵の城から、だ、第二陣、でましたっ!』
克実がプレイヤーグループに、偵察に出した報告書を投稿する。どこかで、見たような光景だ。俺の記憶違いだと思いたかったが、しかしそこには、敵の城から第二陣が出立したと記載があった。ついでに映像も流される。
『い、以前に比べれば遅いですが、そ、それでも、敵の第二陣が出てくるの、早すぎますぅっ!』
それは、俺もアイリスも理解している。その原因についても、心当たりがあった。だが、そんなはずはない、と思うものの、過去敵に資源を送ったという実例があるだけに、ある疑念を拭い去る事が出来ない。
そんな中、プレイヤーグループのウィンドウが、新たに開く。
『とーま、アイリス、ちょっとお願いがあるんだけどさー』
「る、瑠利子さんっ!」
「お、お前、外交の状態、どんな感じだ?」
アイリスと俺が、食い気味に口を開く。だが、当の瑠利子は、ぽかん、とした表情を浮かべていた。
『じょーたい、って、何のこと?』
「だから、財源が――」
『あーっ! それならだいじょーぶっ! あーし、ガンガンもーけてるからさーっ!』
「え?」
「な、何?」
アイリスと共に間抜けな声を出してしまったが、急いで確認すると、確かに資金の数値が知らない間に二桁程上がっている。
……はぁ? 二桁上昇! 何だそりゃっ!
こんな増え方、見たことがない。何かが、おかしい。おかしいが、この様子だと瑠利子の外交は上手く行っている。敵に資源を送ってしまったと言うような事は、ないみたいだ。
……なら、第二陣の出撃が早まった原因は、一体何なんだ?
見ればアイリスも克実も、困惑した表情を浮かべている。俺も似たような表情をしている事だろう。しかし唯一、瑠利子だけが不満顔だった。
『ねーねー! だからあーし、お願いがあるんだってばぁーっ!』
「そ、そうだったな。何だ?」
『近くのお城に贈り物届けたいんだけど、あーし達のお城でこーじょー作れないかなぁ?』
「け、献上品の生産って事か?」
『そー! それっ!』
瑠利子の要望は、何も間違ったものではない。むしろ非常に建設的なものだ。アイリスも同じ意見の様で、念の為の確認ですが、と断って、口を開いた。
「近くの城、とおっしゃいましたけど、中立の城の事ですわよね?」
『もっちろーんっ!』
「……いいでしょう。敷地、費用はわたくし達の方で準備いたします」
「な、何を作るのかは、外交に必要なものがわかる瑠利子が設定できた方が良いな。工場の指揮権限も瑠利子に渡しておく。工場の生産状況のコントロールは、俺達の方でやっておくよ」
『……どーゆーこと?』
「す、好きなもん作るように指示していいから、量産は俺達に任せろってことだ!」
『なるほどーぉ! ありがとーねっ!』
「そ、それから、克実!」
『は、はいですぅっ!』
突然名前を呼ばれた甲冑姿の吸血鬼が、ウィンドウの中で敬礼した。
「ひ、ひとまず敵の初陣を退ける事に注力してくれ。第二陣の到着までに、こっちで瑠利子が稼いでくれた財源使って、出来る限り軍備の強化も進めておく」
『わ、わかりました! あ、あの、このゲーム、よ、傭兵システムもあって、お、お金は掛かってしまうんですが――』
「兵を一時的に増強出来るわけですわね? 必要な予算を見積もった後、連携していただけます?」
『り、了解ですぅっ!』
『あーしも後でお買い物したいーっ』
「さ、流石に外交に必要な分は残しておくよ」
ウィンドウが消え、俺とアイリスは、そこから暫くの間、ひたすら無言で、今話した内容をこなす事に集中した。混血鬼と人間のペアで、吸血鬼二人の期待に答えるのは、かなり無茶だ。無茶だが、やるしかない。
敵の第二陣が早まった原因は、結局、謎のままだ。だがしかし、それでも瑠利子が自分で考えて結果を出しているのに、俺がただのお荷物に甘んじているだなんて、耐えられない。額に汗を浮かべながらNPCへ指示を飛ばすアイリスも、きっと同じ思いだろう。
何かを成したいと願ったアイリスは、自分が居てもいい場所を求めている瑠利子に、何か思う事があるのかもしれない。
作業を続けていても、克実から連絡がないということは、初陣は無事退けられたのだろう。そうだ、傭兵の手配もしてやらないといけなかった。瑠利子が予想より遥かに稼いでくれているから、申請があった分より、多めの傭兵を用意してやろう。これで第二陣が防げるかはわからないが、ないよりマシなはずだ。
自分の処理の遅さに、少し苛立つ。それでも、と続けていた作業が中断されたのは、プレイヤーグループのウィンドウが開いた時だった。
『た、大変ですぅ!』
「……今度はどうしたのです? 克実さん」
あわあわと慌てる克実の姿を見て、アイリスが小さく唇を噛んだ。俺も訃報の予感に、何も口に入れていないのに、口の中に苦味が広がった。
そんな俺達に向かって、克実は告げる。
『て、敵の第二陣、ひ、引き換えしていきますぅっ!』
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