俺達落ちこぼれ四人組は放課後、またあの路地裏に集まっていた。理由は当然、失敗した課題の、リベンジマッチ。

 ターゲットとなる三毛猫は、余程ここの暗がりが気に入ったのか、俺達が取り逃がしたあの日から、あまり広範囲に行動はしていないようだ。猫の都合なのだろうが、俺にとっても非常に都合が良かった。

 路地に置かれたダンボールの上で、呑気に欠伸をしている猫を見ながら、俺は口を開く。

「い、いいか? 作戦は、伝えた通りだ」

 そう言って俺は、他の吸血鬼たちを見渡す。貧血のせいか、頭は重たいし、相変わらず目眩もして冷や汗も止まらない。それでも俺は、なんとかこいつらと向き合えている。

「きょーは、アイリス一人でやらないのーぉ?」

 瑠利子はポテトチップスを頬張りながら、アイリスに問いかける。問われた吸血鬼は、少し悔しそうに唇を噛んだものの、毅然と顔を上げて答えた。

「わたくしは、わたくしに出来ることを、まず成し遂げますわ」

「ちぇ。きょーは楽出来ないかーぁ」

 面倒臭そうにそう言いながら、瑠利子は食べていたお菓子を鞄にしまう。それを見て克実も、あわあわと携帯ゲーム機を懐に収めた。

「じ、じゃあ、もう、わ、私達、い、行って、いい?」

 首をかしげる克実に、俺は首肯する。

「あ、ああ、作戦開始だ」

 言うが早いが、三人の少女達は、一斉に走り始めた。

 瞬間、自分を狙う気配に気づいたのか、三毛猫は耳を震わせた後、路地の奥へと走り出す。その後ろを、一筋の影が追討した。ポリバケツをひっくり返し、ビルのパイプを伝って逃走する猫を追うのは、両親のために何かを成し遂げようともがく、混血鬼だ。

「お待ちなさいっ!」

 アイリスは猫を捉えようと懸命に手をのばすが、既の所で、その手は宙を掴む。舌打ちしながら、時に蹴躓きながらも、その銀髪を振り乱して、彼女は決してその歩みを止めることはない。

 ペアリングの課題に再チャレンジするに当たり、俺は作戦を基本的に変えなかった。あの三叉路に、囮役が猫を追い込む。そう、今回も、アイリスは囮役だ。しかし、彼女は俺の作戦に従ってくれている。

 変えたのは、俺の言い方、伝え方だ。アイリスが、自分の力だけで課題をクリアしようとした、その理由。彼女の想いを汲んだ上で、何故アイリスが囮役に相応しいのか、その理由を話し合った。お前の力が必要なのだと、助けを求めた。

 アイリスが恐れているのは、認められない事だ。

 だから、俺は認めた。お世辞ではなく、俺の求める囮役は、猫にギリギリ追いつきそうで追いつけない、猫が罠にはめられていると気づかせない、そんな追跡者役。その役は本当に、アイリスが適任だったのだ。

 でも、前回、俺は言葉を間違えた。混血鬼である自分も何かを成し遂げれるのだと、自信を持って両親に抱きしめてもらいたいと願う、ただの一人の少女の心に届くような伝え方が、出来なかったのだ。

 だからアイリスには、改めて囮になって欲しいことを伝えた。そのうえで、アイリスが猫を捕まえられるのであれば、捕まえても構わないと、そうも言っている。

 ……話し合い、助けになる、ねぇ。

 独りごちりながら、俺はだいぶ離されながらではあるが、アイリスの後を追う。アイリスが本気で捕まえようと追えば追うほど、猫はアイリスから逃れることだけに意識が向かっていく。

 アイリスの手が、また空を切る。その何度目かもわからない空振りで、彼女の銀髪が舞い、宙に汗が散る。しかし、幾度の失敗にも、その緋色の瞳に宿る闘志は、僅かばかりも陰りが見えない。その混血鬼の後ろ姿が、何故だか俺にはとても美しいものに見えた。

 やがて追われる猫の逃走先に、例の三叉路が現れる。三つの経路のうち、一つの道には、猫を追うアイリスが、俺から見て左側の経路には、克実が待ち構えている。三つ目の右側の道には、誰も居ない。

 そう、誰も居なかった。

「だ、ダメ、ですぅ! わ、私の、方に、は、こ、来ない、で、く、くださいぃっ!」

 両手を大きく振って、克実が自分の存在をアピールするかのように、大きな声を出す。猫は克実の方を一瞥すると、誰も居ない右側の道へ足を踏み入れた。暗がりに煌々と光を放つ自販機の上へ、三毛猫はその身を躍らせる。その瞬間――

「ここですわっ!」

 猫の動きを読んでいたアイリスが、宙に向かって跳躍した。

 伸ばされる手のひら。それに気づいて、三毛猫が振り返る。アイリスの声にならない声が響き、自分に迫る脅威を、猫がその目に映し出した。そして――

 猫の足はアイリスの手を踏み台に、更に空高く舞い上がる。逃げられたのだ。それを理解したアイリスの顔が、苦渋に歪む。それを振り返り、勝利宣言をするかのように、猫が鳴いた。

 そこに――

「ほーい、おつかれーっ」

 三毛猫が地面に降り立つ前に、瑠利子が猫を捕まえる。そう、これら全てが、俺の作戦だ。

 猫を三叉路に追い込んだとしても、二つの道、どちらに猫が進むのかわからない。克実の方に逃げても、なんとか捕まえられるかもしれない。しかし、運動能力の高い瑠利子の道に逃げてくれたほうが、勝算が高まる。だから、瑠利子がいる道を、猫が選びやすい状況を作り上げたのだ。片方の道には克実が待ち構え、もう片方の道には誰も居ないのなら、猫も障害が少ない道を選ぶ。そう、その選んだ道に、潜んだ瑠利子(罠)が待ち構えているとも知らずに。

 その結果は、見ての通りだ。

 瑠利子が捕まえた猫を嬉しそうに撫で回し、克実はその近くに寄るものの、猫に手を伸ばそうとしては引っ込め、また伸ばそうとして引っ込めるという事を繰り返していた。

 そして今回、一番の功労者であるアイリスは、両膝に手を当てて、荒い息を吐いている。俯いた顔を上げて、彼女は俺を一瞥した。

「じ、ジュースぐらい、奢って、くださる、の、ですよ、ね? 冬馬さん」

「……な、何?」

「い、いけませんか?」

「い、いや、いいよ。スポーツ飲料水でいいよな?」

 何についての了承をしたのか自分でもわからないまま、俺は猫が先程まで飛び乗っていた自販機に、スマホをかざす。一瞬、電子マネーの残高が残っていたか、不安が頭を過ぎったが、特に問題なく反応してくれた。鈍い音を立てて、自販機が缶ジュースを吐き出す。それを取り出そうと屈んだ俺に気づいた瑠利子が、両手に猫の前足を掴んでこちらに寄ってきた。

「あ、とーま、ずるいーっ! あーしもあーしもっ!」

「わ、私も、が、頑張った、ので、そ、その……」

「……わ、わかったよ」

 本気で残高を心配し始める俺をよそに、アイリスも猫の方へと近づいていく。

「瑠利子さん、わたくしにもその猫、抱かせていただけません?」

「いいよー、ってうわぁ! きゅーに暴れんなぁーっ!」

「ね、猫、猫ちゃん! 猫ちゃん、ま、また、に、逃げちゃ、いますぅっ!」

「た、頼むから逃がすのだけは勘弁してくれよっ!」

 姦しく騒ぎ始めた吸血鬼たちに辟易しながら、俺は自販機にスマホをかざし、新たに二つ音を奏でさせた。

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